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第4部エピローグ

 いかがわしい宿でご休憩をし、アウローラの発情状態を収めた俺は、聖剣使いの少女とともに宿を出た。


 司教ジルドの邸宅に戻ると、事後処理はすでにだいぶ片付いているようだった。


 ジルド司教や地下にいた竜神教徒たちは逮捕された。


 またジルド派の聖職者たちの何人かが、地下の部屋でダークエルフの女性や少年を虐待していたため、彼らもまた重罪人として逮捕に至り、ダークエルフたちは保護された。


 それらすべての逮捕や保護の指揮を執り行っていたのは教皇オリヴィアだ。


 聖騎士団の兵士たちが忙しなく走り回る中、玄関前の庭にいた教皇オリヴィアは、帰ってきた俺たちの姿を見つけて穏やかに微笑む。


「おかえりなさい、二人とも。話は聞いています。アウローラさん、落ち着きましたか?」


「は、はいですの……」


 聖騎士アウローラは俺の隣で、心底肩身が狭いといった様子で小さくなっていた。

 その様子を見て、教皇オリヴィアはなおも朗らかに笑う。


「聖騎士アウローラ、そう申し訳なさそうにしないでください。聖騎士ルーナ──首輪が外れて正気に戻った副団長から、鞭使いの能力に関しては聞き及んでいます。あなたは誇るべきことをしたのです。胸を張ってください」


「誇るべきこと……でも……私は……」


 アウローラは、表情を曇らせてうつむく。


「……私は、あの鞭使いの女性の命を、この手で奪いましたの……。種族は違えど、あの人もまた私たちと同じ『人』でしたわ……。彼女がたくさんの罪もない人々の命を奪ったことは、もちろん許されることではないですの。でも……」


「……そうですか」


 オリヴィア教皇はそうつぶやき、口元に手を当ててしばし考え込む仕草を見せた。

 それから「うん」とうなずいて、アウローラにこう言葉を返す。


「いろいろと伝えたいことはありますが、老婆心はほどほどにして、今は二つだけ。一つ、自分を責めてはいけません。二つ、自らの正義のあり方についてはあまり短絡せずに、より良き道を考え続けてください。私からは、それだけにしておきます」


「……はい。ありがとうございます、教皇様」


「結構。──あ、そうそう、もう一つ忘れていました。聖騎士アウローラ、あなたにはこの国の多くの人々の生命と平和を守った英雄として、後日に叙勲をいたします。今は納得がいかないかもしれませんが、ひとまず形式的にでも受け取ってください」


「はい、分かりましたわ……って、はい?」


 寝耳に水だったようで、きょとんした様子を見せるアウローラ。


「え……叙勲、ですの……? 英雄……私が……?」


 一方でオリヴィア教皇は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ええ。だってそのぐらいの格付けは必要でしょう? 聖剣の力を得たあなたは自らの身の危険も顧みずに戦いに挑み、この国の多くの人々を救いました。事の是非はどうあれ、あなたが戦わなければより多くの人々の身に理不尽な不幸が襲い掛かっていたのは、紛れもない事実です」


 それには俺も、横から口を挟む。


「おとなしく叙勲されておけ、アウローラ。社会的な地位やら格やらは、マルコみたいな理不尽なやつをぶん殴るときにも使える。この教皇の婆さんがいいお手本だ」


「おじさまがそう言うなら……でも、私が……現実感がありませんわ……」


 アウローラはどこかふわふわとした様子で、ぽけーっとしていた。

 ロンバルディアと出会ってからすぐの頃の俺も、こんな感じだったのかもしれないな。


 だがそんなことを思っていると、教皇オリヴィアが今度は俺に言ってくる。


「他人事のように言っていますが、冒険者ダグラス。あなたもですよ」


「は……? 俺もって、何がだ」


「ですから、叙勲です。あなたのかわいらしい奥さんたちから、あなたがこの国で行った数々の功績について、さんざん聞かされましたよ。聖騎士アウローラを叙勲しておいて、あなたを無視できるわけないでしょう」


「お、おう、そうか」


 まあ、道理ではあるが。

 アウローラにもこう言ったばかりだし、素直に受け取っておくか。


 と、そんな話をしているうちに、やがてうちの嫁たちもこちらに駆け寄ってきた。

 これまで別の場所で、後始末の手伝いをしていたようだ。


「あ、二人とも戻ってきてたんだ。──で、アウローラ、うちの旦那の味はどうだったかね? ほらほら言ってみ?」


「ひゃうっ……!? あ……あう……そ、それは……」


 早速エレンがアウローラに背後からへばりついて絡み始め、獲物となったアウローラは顔を真っ赤にして小さくなる。


 そんな大蛇のように獲物に絡むエレンの後頭部を、セラフィーナが杖でぽかりと叩く。


「いてっ。もーっ、セラフィーナ。そんなにぽんぽこ叩かれたら、たんこぶできるよー」


「エレン、ダグラス様の妻として相応しいだけの慎みを持ちなさいと、いつも言っているでしょう」


「セラフィーナみたいに、乱れるのはベッドの上でだけにしろって?」


「ぬぐっ……ま、まあ、そうです」


「どっちにしろ、白昼堂々するような話じゃないにゃ……」


 ミィナのジト目のツッコミに、オリヴィア教皇がくすくすと笑う。

 その笑いは、やがてその場のみんなに広がって、楽しい空気が訪れる。


 ──良いこと悪いこといろいろあったし、すべてが最善ではないが。

 ひとまずこれで一件落着か。


 俺は夕焼け色に染まり始めた空を見上げ、ほぅと一つ息を吐いた。



 ***



 後日、聖騎士アウローラと俺たちは、聖王国の首都にて叙勲を受けることとなった。


 与えられるのは聖アドリアーナ勲章という、聖王国建国期の聖女の名を冠した勲章だそうで、結構な代物らしい。

 俺たちはともかく、アウローラには聖騎士としてかなりの箔がつくだろう。


 聖都の大聖堂前広場で多くの人々が見守る中、教皇オリヴィアから勲章(メダル)を首にかけられる儀式を受ける。


 なお教皇の法衣をまとった婆さんの姿は、なるほど見事な威厳を放っていた。


「聖騎士アウローラ。このたびの働きは見事でした。この国の人々を代表して、お礼を言います。どうもありがとう」


 まずはアウローラが勲章をかけられる。

 教皇の前で片膝をついた聖騎士アウローラは、それを恭しく受け取った。


「ありがとうございます、教皇様。ですが私はたまたま聖剣に選ばれ、力を与えられたからここにいるだけですの。この国の人々を守るため、日々命懸けの尽力をしているのは私だけではありません。聖騎士団のすべての聖騎士、そしてすべての兵士たちの代表として、この勲章は受け取らせていただこうと思いますわ」


 アウローラのその言葉に、周囲から拍手と称賛の声があがる。

 聖騎士の少女はそれを、背筋を伸ばして受け取っていた。


「立派になりましたね、聖騎士アウローラ。今の言葉は人からの借り物ではない、あなた自身の心からのものと感じました。一人の英雄との出会いが、あなたを変えたのでしょうか」


 そう言って教皇オリヴィアは、俺のほうへと向き直る。

 その流れでこっちを向くのはいかがなものかと思うが、文句を言える空気ではない。


「冒険者ダグラス。あなたたちを救国の英雄として、ここに讃えます。そしてあらためて、国民の代表としてお礼を言わせていただきます。本当にありがとう」


 教皇の手で、俺の首にも勲章がかけられる。

 すさまじくむず痒いが、ここはおとなしく受け取るよりほかにない。


 さらにミィナ、エレン、セラフィーナへも、勲章が与えられていく。

 三人とも嬉しそうに、少し誇らしげにそれを受け取っていた。


 広場に集まったたくさんの人々からは、大きな拍手と歓声が浴びせられる。

 それはいつまでも、長く長く鳴り響いた。



 ***



 そして別れのとき。

 アウローラが住む都市の市門の前で、俺たちは聖剣使いの少女と道を分かつ。


「アウローラはやっぱり、聖騎士としてこの国を守ることを選ぶんだね」


 エレンがそう問いかければ、アウローラは大人びた微笑みで返す。


「はいですの。おじさまについて行きたい気持ちもあるけれど、でも──私はおじさまと一緒にいると、頼り切ってしまうから。私はここで、聖騎士として一人前になりますわ。いずれ立派になって、おじさまと並び立てるように」


「そうか。──じゃあ、達者でな。またいつか会える日まで」


「はい、おじさま♪」


 俺の別れの言葉には、そう満面の笑顔で返してくる。


 いや──

 そうでもないのか。


 気が付けば、アウローラの瞳から涙があふれ出していた。


「あ、あれ……? おかしいですわね……泣かないって、決めてましたのに……涙が、勝手に出てきて……」


 服の裾でぐしぐしと拭うアウローラ。

 だがその涙が止まることはなく、次から次ととめどなくあふれ出る。


 俺はアウローラのもとに歩み寄ると、その体をぎゅっと抱き寄せる。

 そして涙をいっぱいに溜めた少女の頭を、よしよしとなでた。


「またいつか、アウローラが納得できる自分になったときに会おうぜ。でもなるべく、俺が爺さんになる前までには頼む」


「ひぐっ……うわぁああああああんっ! おじさまっ、おじさまっ、おじさまぁあああっ! ありがとうございましたっ……ありがどうございまじだぁああああっ! 絶対に一人前になって、まだおじざまと会いまずの──うわぁあああああああんっ!」


 アウローラは幼い子供のようにわんわんと泣きじゃくった。

 俺はそれを、泣き止んで落ち着くまで、ずっと抱き締めていた。


 やがて、泣き止んだアウローラとも別れて、俺は三人の嫁たちと合流して旅の空の下を歩き始める。


 また四人での──いや、ロンバルディアを含めて四人と一振りでの、気ままな旅の始まりだ。


「ダグラスの追加のお嫁さん候補、これで何人目にゃ? オーレリアにクロエ、アウローラに……竜人族も数に入れると……ひの、ふの、みの……」


「あははっ。うちの旦那は、世界中の美女や美少女を食べて回る気かな?」


「エレン、人聞きの悪い言い方をしないでください。英雄が色を好むのは、何も悪いことではありません」


『うむ、セラフィーナはよく分かっておるの。我の主たる英傑は、そのぐらいの器を持ち合わせているべきじゃな』


「ボクだって悪いとは言ってないよ。食べつ食べられつ、お互いが幸せになればいいんだよ」


「エレンに任せておくと、貞操観念と倫理が迷子になるにゃ……」


「あら、珍しく駄猫と同意見ですね」


「だから駄猫と呼ぶなと言ってるにゃ! ふしゃーっ!」


「ほらほら、喧嘩すんなよ」


「「「はぁーい」」」


 三人まとめて抱き締めると、おとなしくなって逆に俺に抱きついてくる嫁たち。

 最高に幸せなこの時間。


 こんな時間がずっと続けばいい──俺はそう思っていた。




 だがそんな俺の往く先、空のかなたには、今や黒い暗雲が立ち込めていた。


 それは俺の今後の行く末を占うようで──


以上で第4部が終了です。

いかがだったでしょうか。


正義とは何かに葛藤しながら迫りくる美少女たちを次々と(いやーん)するおっさんの生き様を描く、倫理観が対消滅して行方不明になった本作を読者の皆様なりにお楽しみいただけましたら幸いです。


作品を気に入っていただけましたら、書籍の購入や、下の☆☆☆☆☆などで応援いただけると嬉しいです。


次話からは第5部(最終部)の開始となります。


なお第5部連載中は、ちょっとした仕掛けの都合上、最終話更新までは感想欄を閉じようかなと考えています。


よろしくお願いします。

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