オーク退治(2)
俺は森の木々の陰から出て、洞窟の入り口に一人で向かっていく。
見張りのオークは、すぐに俺に気付いたようだった。
だが洞窟の奥に逃げ込むことも警告の声を投げることもせず、その豚面にニタァっとしたいやらしい笑みを浮かべて、棍棒を片手に鼻息荒く俺のほうへと向かってきた。
オークは凶暴で残虐、そして愚鈍なモンスターだ。
やつらは弱者に対して暴力を振るう絶好の機会を、逃そうとはしない。
敗北が明白であるならともかく──人間の戦士が一人で現れたなら、たいていのオークは命の危険に怯えることよりも、思うままに暴力を振るう残虐な楽しみを優先する。
そしてエレンのように、俺の闘気を身に浴びて恐怖するほどの鋭敏さも持ち合わせていない。
「──フゴォオオオオオッ!」
オークは俺の前まで一目散に駆け寄ってくると、その手の棍棒を振り下ろす。
単純だが、鎧を着た兵士を一撃で、物言わぬ肉塊へと変える威力を持った攻撃だ。
俺はそれを、左手を前に出して受け止めようとする。
「──バ、バカ! 何やってんだよ、よけろ! 相手はオークだぞ!」
エレンはまだ混乱しているようで、背後からそんな声を投げてくる。
シャリっと剣を鞘から抜く音と、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
だがそんなエレンの心配をよそに、オークの棍棒の一撃は、俺の手のひらでしっかりと受け止められた。
ずしっと重たい衝撃が左腕に伝わってきたが、どうということはない。
「はあっ……!? な、なんで……!?」
エレンの困惑した声が聞こえてくる。
一方でオークもまた、同様に困惑しているようだった。
自慢の腕力によって一撃で叩き潰されるはずだった人間が、腕一本へし折られることもなく平然と立っているのだ。
「──フゴォオオオオオオッ!」
オークは棍棒を両手でつかみ、力いっぱいに俺を押し潰そうとしてくる。
その両腕の筋肉が盛り上がり、ビキビキと血管が浮き上がった。
だが当然、俺はぴくりとも押されない。
「あきらめろ。俺のほうがパワーは上だ、圧倒的にな。──ほらよ」
「フガッ……!?」
俺はオークの棍棒を、少し弾みをつけて、闘気を乗せた片腕の腕力だけで押し返した。
オークはそれで押され、後ろ向きによろめく。
「──くたばれ」
俺はそこに、右手に握った聖斧ロンバルディアを振り下ろした。
一撃両断。
頭頂から股下までが真っ二つになったオークの体は、血を噴き出しながら左右に分かれて倒れていった。
オークは人間を殺すし、人間はオークを殺すものだ。
邪悪な性格を持つオークとは、人類は古来より命の奪い合いをしてきたのだから、そこに躊躇いはない。
「……ふぅ」
俺は戦闘が終わって一息をつく。
それを見ていたエレンが、さらなる驚きの声を上げる。
「うっそぉ……!? オークを上から下まで、真っ二つ……!? ゴブリン相手じゃないんだよ……!?」
俺はそんなエレンのほうへと振り向いて、ニッと笑いかける。
「どうだ、エレン検定員。あんたの目から見て、俺の実力はDランク合格ってことでいいか?」
「いや、ていうか……えっ、意味が分からない。何なのこれ、どういうこと? ボク、騙されていたの? ドッキリ? ていうかダグラス──キミはいったい、何者なの? こんなの、まるで──」
エレンはぽかんとした顔で──それと同時に、陶酔したような目で俺を見つめていた。
それは憧憬する英雄を見るような、そんな眼差し。
俺はそんなエレンに、少し格好をつけて答える。
「別に何者でもないさ。長年地道に冒険者を続けてきた、しがないおっさん冒険者だよ。ちょっとばかり途方もない幸運に遭遇しただけのな」
「……はぁ、幸運」
エレンはなおも腑に落ちないという様子で、ぽかーんとしていた。
俺たちはその後、洞窟に潜む残りのオークを掃討して回った。
念のためにミィナが前に立ち、罠に気を付けながら洞窟を進んで、オークに遭遇したら俺が前に出て蹴散らし薙ぎ払う。
その様子を後ろで見ていたエレンは──
「ははは……なんだこれ……。オークの群れが、一人のEランク冒険者の手で虫けらのように薙ぎ払われていくとか、意味が分からない……。これじゃボク、とんだ道化だよ……は、ははは……」
などと、光彩を失った瞳とともに半笑いになっていた。
そして見張りから数えて四度目のオークとの遭遇で、群れのリーダーと思しきオークの上位種に出遭った。
一丁前に魔法使い風のローブを着て、首飾りをじゃらじゃらと下げ、杖も持ったオークだ。
俺はそいつも、取り巻きの二体の通常オークとともに、適当に薙ぎ払った。
その際、初級の攻撃魔法ファイアボルトを一発だけ撃ち込まれたが、少しやけどをした程度で、それも【治癒能力】ですぐに癒された。
俺は群れのボスと思しき魔法使いオークと取り巻きを倒し終えると、その行き止まりの広間で、ミィナとエレンのほうへと振り返る。
「これで、この洞窟のオークは全部ってとこか」
「だと思うにゃ。この洞窟には、ほかに道はなかったにゃ。ここが終点のはずにゃよ」
「じゃあ依頼達成でいいな。──エレン、もう一度聞くぜ。Dランクへの昇進試験は、合格ってことでいいか?」
「……はぁ。当たり前じゃん。こんなのを見せられて、ボクにどう不合格にしろと……」
エレンはがっくりと肩を落として、大きくため息をついていた。
だが、それからエレンは、その拳をぐっとにぎる。
それからキッと、決意を秘めた眼差しで俺を見つめてきた。
ん、なんだ……?
俺が疑問に思っていると、エレンはつかつかと、俺の前まで歩み寄ってくる。
そして俺よりも幾分か背の低いエレンは、毅然とした目で俺を見上げて言う。
「ダグラス。あなたに頼みがある。ボクのお願いを聞いてほしい」
「お、おう。何だかわからないが、聞くだけは聞くぞ」
なんだなんだ。
エレンは何か深刻な事情でも抱えていて、その解決を俺に手伝ってほしいとかそういう頼みだろうか。
などと思っていたのだが──
次にエレンの口から出てきたのは、俺が予想だにしていなかったものだった。
「ダグラス──ボクをあなたのお嫁さんにしてほしい! ボクはあなたに心底惚れたんだ。ぞっこんなんだ! ボクはあなたに蹂躙されたい! めちゃくちゃにされたい! お願いだ──ボクをあなたのお嫁さんにしてくれ!」
「……はあ?」
俺が間の抜けた声をあげたのは、無理からぬことだったと思う。





