1-6 シルキーの真実
【6】シルキーの真実
ロビンに続いて、シルキーの登場に全校の生徒たち全員からザワつきとため息が漏れた。それもそのはず、シルキーは輝く緑色のロングヘアに、均整のとれた容姿、透明感ある、誰もが出会ったことのないほどの絶世の美少女だからだ。
そんなシルキーを従えるかのように、現れたロビンは、何処にでもいそうな、黒髪の、まだ幼さが残る優しい目をした少年であった。特に男子生徒は、やっかみで批判の視線を投げた。
「ロビン・クルソンと言いましたね?」
教頭が冷たく声をかけた。
「はい、教頭先生。」物怖じなくロビンは答えた。
「あなたは今まで何をしていたのですか?」
詰問している口調だ。
「その、すみません。僕の・・・不注意です。」
「不注意?組み式と卒業試験はあなたにとって何ですか?その答え方によっては、評価というよりも、即時この場で退学処分にします。何故だかわかりますか?」
「・・・歴史ある伝統の組み式で、先生方や同輩、後輩が参加している大事な儀式だからです。」
淀みなく答えた。
「全く足りませんが・・・そんな大事な儀式だというのに、わかっていて参加しなかったのですか?わたしの信条は知っていますね、ロビン・クルソン?わたしは無知で愚かな者、学園のルールを破る者、この学園の名を貶める者を絶対に許しません。」
「はい・・・」
「では、あなたを今から確かめます…勇者とは何ですか?」
唐突の質問で、全校生徒と全教師たちがざわめいた。至極真っ当な、最も根幹な質問であり、ゼクス学園長ならともかく、よもや、あの、教頭の口から発せられるとは、誰しもが思わなかったからだ。
「勇者とは、勇気ある者のことではない。勇者とは、人々を害する者が現れ、救えなかった時を想像し、恐れる者のこと。勇者とは、人々を害する者の前に立った時に、仲間を信じることができない弱き心を恐れる者のこと。勇者とは、いかなる時も優しき温かな手を忘れず、それを正義と思える者のこと。」
ロビンは、後ろにいたシルキーが、いつの間にかロビンの隣に立っていて、剣聖の勇者アルクスラインの名言を諳んじているのに驚いた。
彼の父も勇者であり、繰り返し繰り返しそれを聴いて幼い頃から育ってきたからだ。
「あなたは?誰ですか?この学園の者でなないですね?名前は?」
「シルキー・・・です。」
「姓名は?と質問しているのです。どうしました?早くお答えなさい。」
シルキーは少し考えてから
「・・・ドリエル」
と小さく応えた。
「ドリエル!?ドリエルがあなたの姓なのですか?」
シルキーはうなずく。
「どうしたリブ先生?」
フィッシャーが、無言で口を抑えるリブを見て尋ねた。だが、リブはシルキーを凝視して何も言わない。
「まあ良いでしょうシルキー・ドリエル。と、しましょうか。確かにエルフ族のようですから、言わんやその姓名だとしても、良いかもしれません。確かめる術は、私を含めて、この場には誰もいないでしょうし。ただ、あなたが、その名を口にして、恥や畏れの心がないのでしたら…という話ですが。今は問いません。で?質問したのは、あなたにではなく、ロビン・クルソンの方にです。」
ロビンは、一字一句違わず、シルキーと同じことを話し、
「剣聖の勇者アルクスライン様のお言葉で、僕の父から子どもの時に教えられた言葉です。」
と最後に添えた。
今度はシルキーが、ロビンの方を見て驚いた顔をした。そして、懐かしそうに少し目を潤ませた。
「違います。私が聞きたいのは、そんな理念的な話ではありません。勇者がどんな社会的な存在であるか?もっと稚拙な言い方をすれば、どんな職業か?という質問ですロビン・クルソン。」
その質問に、シルキーはムッとした。ロビンもあまり良い顔ができなかったが、繰り返し授業で教えられてきた内容をすぐに答えた。
「勇者はパーティーを組み、大魔王の脅威から国を守り、死すら恐れず国王と大臣貴族の方々、そのご領地や財産を守る存在です。戦闘のない時は、国の経済を活性化させるべく働き、王国の治安のため、組織を作って、その特殊な能力を最大限駆使します。」
そう答えたロビンの顔を見て、シルキーはうつむき、握りこぶしをした。
「まあ、良いでしょう、40点の回答です。やはり、あなたではその程度の生徒ですね。まあ、勇者の原則は理解しているようなので…もちろん後者の回答です…ギリギリ及第点で評価を受けさせることにしましょう。ただし…あなたは今は1人ですね。どうしますかロビン・クルソン?あなたでさえも、知っている、もはや常識です。パーティーの定義は2人以上から。これでは、いずれにしてもパーティーになっていないので、評価はできませんね。」
「わたしがいます。」シルキーがさらに一歩出た。
「あなた?フフフ。あなたは何を。あなたは我が学園の生徒ではありません。」
「わたしは!」
「エリザベート教頭先生、お待ちください。」
全校生徒が振り向いた先、大講堂の入り口に、白髪白い長髭の学園長ゼクス・オーリンがいつの間か静かに立っていた。
「学園長!」
「学園長だ!」
「ゼクス学園長先生!」
生徒と教師たちから、絶大な尊敬を集めるその人は、大賢者のエキスパートジョブであり、世界唯一、千里眼や瞬間移動、時間旅行者のスキルホルダーとも噂される、ゼクス・オーリンであった。齢150歳とも200歳ともいわれている。偉大な術師であるゼクスは、滅多に生徒たちの前に現れることはない、この学園においては神にも近しい存在であった。
「これはこれは、ゼクス学園長。」
「こちらこそ、エリザベート教頭お久しぶりですな。」
「はい・・・まったく。」
言葉少なに、2人は挨拶を交わした。若干、教頭の方が気後れしている。いつもの威厳が少なくなったように感じられた。
「そのエルフ族の・・・いや、それは失礼な言い方ですな。その女子生徒は、紛れもなくうちの生徒じゃ。」
「学園長、いきなり何をおっしゃるのですか?」
ゼクスは、話しながら歩き始めたかと思うと、一瞬で、ロビンとシルキーの後ろに立ち、2人の肩をそっと抱いた。その手は大きく温かった。
そして小声で、シルキーに何かを告げると、シルキーは振り向き顔を紅潮させた。そして小さくうなづいた。
ゼクスは、ロビンの肩を抱きしめながら、
「良くぞやってくれた、ロビン・クルソン君。君は立派な勇者の素質がある。」
とロビンを優しく力強く労ってくれた。
学園に入学して一度として誰かに認められたことはなく、それ以上に、尊敬してもやまないゼクス学園長から直接褒められたことは、本当に例えようもない幸福感だった。ロビンも、感激のあまり声にならない声で「あ、ありがとうございます・・・」と答えた。
「学園長、それはあまりにも条理に合わぬお言葉では?まさか、学園長だから・・・という絶対権力を行使されるのでしたら、わたしはあえて申し上げるべきことはありません。ただ、それがまかり通ることになりましたら、全校生徒の前ですし、担任の先生方も、今後の学園の風紀はどうなることかと・・・」
とても嫌な言いまわしで、大きな扇を広げて口を見せずに、教頭は言い放った。
(心配せずとも良い良い)小声でロビンに言った。
「そうですな、イメルダ・フォン・エリザベート教頭。いや、イメルダ先生。」
「えっ!あっはい。」
急にファーストネームを呼ばれて、エリザベート教頭は顔を隠してドギマギした。そんな呼び方ができるのは、学園内で広といえど、ゼクス唯1人だけだからだ。
「イメルダ先生と、そうじゃな・・・そこの新任のお三方、あと…シープス先生、ゲミ先生にもお越しいただこうか。」
ゼクスの後に、教頭とゼクスに名を上げられた5人の教師たち、そして遅れて、ロビンとシルキーが、待機場にはいっていった。ゼクスの魔法で、組み式の状態から、一瞬で大講堂のディスプレイを模様替えした。組み式後の恒例、大晩餐会の式典へと早変わりさせていた。生徒たちは、3日間の疲れや眠気を忘れたように、嬉々としてはしゃいだ。
勇者といっても、まだ年端もいかない少年少女たちで当然であった。
ゼクスは、待機場に入ると、すぐに魔法で円卓を作り皆を着席するよう促した。
そして、やはり魔法で円卓の上に、食事や飲み物、デザートなどを一瞬で用意した。
「ささっ腹も空いたことじゃ、他の生徒たちも楽しんどる。わしらもまずは腹ごしらえしながらやりましょうぞ!」
ゼクスがそう笑顔でいうと、「かーーーー話せるお方だな学園長さんは。」とフィッシャーが、そして続いてゲミが堪らず食べ始め、シープスとウィルもお互いに顔を見比べて、後に続いた。
堅物のリブ、ロビンとシルキーもナイフとフォークは置いたままだ。もちろん、エリザベート教頭も。サングラスの奥で、ゲミを睨み、ゲミは渋々手を止めた。
その光景をニコニコした表情で眺めていたゼクスは、急に真顔になって、待機場の隅にいて小さくうずくまっている、オードリーと男子生徒2人を呼び集め、自分の隣へと優しく座らせた。
「さっ食べなさい。スープが冷めると美味しくない。」
とオードリーにニコニコしてまず勧めた。オードリーは、堪らず泣き出した。
ゼクスは「辛かったの、よう堪えた。でも仲間を恨んではならぬ。堪忍が大事じゃ。堪忍、忘れてはならぬぞオードリー・クリスタ君よ。」と優しく頭を撫でた。
「時にイメルダ先生よ。このシルキー、いやシルキー・ラグ・ドリエル君は、立派な我がアルバート学園の在学生じゃ。ただし、かなり昔のな。」
「嘘・・・ドリエルってやっぱりハイエルフの・・・それもラグ王族?」
リブが再び驚いて絶句した。
リブでなくとも、無論、エリザベートも例外なく、そのことの重大な意味はわかった。ラグとは、エルフ族を束ねる王族の名前で、しかも、高等の白魔法、黒魔法、精霊魔法を自由に操るハイエルフであるためだ。人として最高のエキスパートのクラスが、トリプルSクラスなら、同等以上のクラスがハイエルフである。教師たちとエリザベートも、それが事実なら誰も太刀打ちはできない存在だ。
「わ、わかりました学園長。ですが在学生・・・というのは、あまりにも無茶な理屈では?わたしの記憶で、ここ20年、シルキー・ラグ・ドリエルの名前はありません。また50年ほど前からの生徒名簿にも。」
「さすがはイメルダ先生じゃ。素晴らしいご記憶じゃ。皆もこのように、イメルダ先生のように生徒想いでいてもらいたい。」
(よく、言うぜこの爺さん。何も分かってねえ!何が生徒思いだ!大事な生徒なら、何で平気な顔で石に変えちまえるんんだ!)
フィッシャーが、ガツガツと大皿を平らげながら心で叫んだ。
「んー方法はともかく、本当のことじゃがな。」
と、フィッシャーに向けて、ゼクスは白いあご髭を触りながら、笑顔で言った。
フィッシャーはギョッとした。
(まさか他人の心が読めるのか?いや、まさか、な)
「シルキー君は、約250年前の生徒じゃ。当時、大魔王軍との戦争が激化し、もう少しのところで倒せる時代だった。各国協力体制で、我がアルバート王立学園にも学徒動員がかかり、在学生が招集されたのじゃ。シルキー君は、ちょうどパイシーズクラスの途中で、休学してしまった1人なのじゃよ。」
「それは・・・わかりました。でも250年も前であれば名簿もなく、証明できかねます。学園長のスキルホルダーなら確認されたかもしれないので、楯つくことは致しませんが・・・」
「いやいや、それには及ばんイメルダ先生。ロビン君、君はどこでシルキー君を見つけたのかな?」
「は、はい。シルキーさんは、勇者アルクスライン様の慰霊碑の近くで発見しました。」
それを聞いて、エリザベートは、ハッとした。ゲミもシープスも同時だった。その場所の近くにあるものがあるからだ。
「まさか・・・」
「そうじゃ、シルキー君は石化していたのじゃ。」
慰霊碑の隣、大きな高い階段のある建物…石化した生徒たちの保管室があった。
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