2-44 落下
2-44 落下
「ブラックストーンを商売の道具にするなんて…」
ロビンの口から思わず心の声が漏れた。
「おやおや?ロビン様も皆さんも、否定的なのですか?」
「あたしは別に否定しないよ。」
ドワーフのミナが当然と言わんばかりに、フェルナンデスに同調した。
「あなたはこのことを知らないかもしれないが、ブラックストーンは…」
ロビンが哀れむように諭すような口調で言いかけた。だが、フェルナンデスが片手を上げて制止した。
「ブラックストーンが、魔王の映し鏡レプリカントを降臨させてしまう触媒になるから危険だ…ということですかな?」
「なぜそれを?いえ、知っているのになぜ?」
「やはりそれだけが理由ですか。いや、そんな怒った目で見ないで下さい。そのことを軽んじてはいません、決してね。ただ…あなた方は、もう1つの大事な可能性を見落としてしまっている。わかりませんかロビンさん…」
クルスが急に立ち上がって、そして言った。
「ブラックストーンは魔力の生産をする…そんなまさか…そんなことが…」
「クルス様?どういう…あっ?」
「そうです。ブラックストーンとライタルストーンのような神霊力を宿した輝石、その2つの能力をあわせ持った新たな結晶の創造。つまりは永久魔力結晶を作り出すのです!」
「そんな危険なもの、絶対に人の手に余って、とても恐ろしい災を引き起こすわ!」
今度はシルキーが立ち上がって言った。
「かもしれませんな…」
「かもしれないってあなたね!」
「無責任…とでも?この魔導気球船にしても、あなた方が持つ勇者の証ライタルストーンも、人の歴史の最初、その元からあったものではありません。古の勇者ライト・ボイスが発見し、そして実用化するまでどんな危険があったでしょうか。それは誰にもわからなかった。それと、このことと何が違うのですか…」
「あたしたちドワーフもそう…そうやって危険なことに挑戦して、さまざまな奇跡の道具を作り出しているのは、世界に革新を促すためよ。エルフ族のように、自然に流されるだけの存在ではそれはわからないでしょうけどね。」
シルキーとミナが睨み合った。
この考え方こそが2種族の対立を生み出す根源的な理由であった。
「ハハハハハ…いやーすみません。つい、わたしも熱くなってしまった。いま魔獣の森は、魔月の雫で魔獣たちがいない。そこには、あるかないかもわからないブラックストーンの発見をしたいだけではなく、森が前人未到の土地ゆえに、そこには何か、きっとまだ見ぬお宝があるに違いない、というのが商人の発想です。そう考えて、あえてこの時期に船を出したところ、あなた方と遭遇しました。これは、我らの考えでは、幸先が良い、何かの前触れ…というのですよ。」
「それは奇遇だね。あたしたちドワーフも同じことを考えて、魔獣の森に向かう途中だったんだ。」
「なるほど…では、あながちわたしの勘もまったくの見当違いではありませんな。ドワーフが動いているとなると、逆にこれはうかうかしてられない、そういうことかもしれませんね。」
「では…あたしをこの船から放り出すかい?」
「そうしたい…というのは山々ですが、ふふふ、そんな野蛮なことはいたしませんよ。わたしたちはこれでも商人ですから。ドワーフ族は商売敵にもなりえますが、それ以上に良い取引相手でもあります。ただ、目的地に到着するまで、皆さんがこの部屋から出ないようにはさせて頂きます。」
そういうと、フェルナンデスはパチンと指を鳴らした。
するとドア越しに待機していた屈強な護衛たちが、ロビンたちを取り囲んだ。
「何を!」
抵抗するつもりのロビンの手をクルスが掴み、首を振った。
「ありがとう聖女クルスウルティマ…勇者様を止めてくれて。ここは空の上だ…それが互いの利益としては最良の選択だ。何、拘束したりするわけではありませんよ。この者たちの監視の元、目的地に到着するまでじっとしていただくだけです。目的地に到着したら、後はあなた方の自由は保障しますよ。」
「フェルナンデス様…いえメディティ様。あなた方のお家柄が、広く世間からどう呼ばれてきたか…今思い出しましたわ。」
部屋から出し去ろうとしていたフェルナンデスの顔から笑みが消えた。
「ほお?これは何と?」
「それは…やめておきましょう。ただの噂…それも言い伝えのような…」
「ハハハハハ…聖女様でも噂を信じるものなのですか。いや失敬。わたしも自分の家系のことなので、よーく知っていますよ。我が家は、魔女の家柄…大魔女メディアの家系とね!ハハハハハ…でもそれは、単なる噂に過ぎません。それでは皆様、ごゆるりと快適な空の旅を…」
高笑いをして、フェルナンデスが部屋の外に出ようとしていたその時だった。
魔導気球船の船体が大きく揺れた。そして、次の瞬間、遠くの方で窓ガラスが割れたような音が聞こえた。続けざまに警報音が船内全てに響き渡るように、けたたましく鳴った。廊下をあわただしく船の乗組員たちが激しく行き交う。
船体の揺れで倒れかけてドアの縁に掴まったフェルナンデスが、走り抜けようとした乗組員の肩を掴んだ。
「何だ?これは何が起こっている?」
「はっ御当主!これは…」
「あの者たちに聞かれても良い、ここで話せ!」
「はっ…本船はいま、飛竜…ワイバーンたちの襲撃を受けています!」
「何だと?」
「数は不明ですが、およそ20頭はくだらないかと…」
「ま、待て!どこへ…」
それを聞くが早いか、ロビンとシルキー、クロエは、護衛たちの手を突破して、制止するフェルナンデスの体を押しのけてブリッジへと駆け出した。
船内の乗組員たちは右往左往している。
廊下の窓の外を見ると、黒い羽をもつ何かが飛び交っていた。
3人がブリッジにたどり着くと、船長がなんとかワイバーンたちから逃げるように、乗組員たちに次々と指示を出しているが、船はすでに完全にワイバーンたちの群れに包囲されているようだった。
「船長さん!外に出られる看板はないの!」
「君たちは一体?」
「僕・わたしは、勇者のパーティーです!」
ブリッジ全員が、3人に注目した。そして歓声を上げた。
「おお!勇者様たちとは知らず、とんだ失礼を…」
「船長さん、一刻を争います!僕たちがワイバーンを蹴散らします!船長さんは、進路を探して、ここから脱出することに専念してください!」
「わかりました!おい!勇者様たちを甲板に案内してくれ!」
「はっ!ではこちらに!」
船長に指示された乗組員が、ロビンたちを先導するようにブリッジを出て行った。
後に続くロビンたちに船長が「勇者様、御武運を!」と声をかけ、ロビンは「任せてください!」と力強く笑顔で返した。
「この上です。」
「ではここまでで大丈夫です。後はお任せください。」
「勇者様。外は相当の気流があり船は常に不安定です。」
「わかりました!行ってきます!」
「お気をつけて、御武運を!」
「はい!」
船内の最後尾にあたる場所に甲板へと抜ける扉がある。ハンドル式で1つを開けると小部屋があり、次の扉があった。二重扉になっている。ロビンとクロエが、せーのと重い扉をあけると、50平米ほどの看板が広がっていた。
ギャーーーーー
看板に出た途端に、二頭のワイバーンが襲いかかってきた。
「エアアロー!」
襲いかかってきたワイバーン二頭のそれぞれの両翼を、シルキーが切り裂き、ワイバーンたちは勢いで地上へと落下していった。そして、さらに一頭、また一頭と、次々と狂ったように襲いかかってきた。
「なんだこれ?なんかおかしいぞ!まるで僕らだけを狙っているようだ!」
クロエがオリハルコンの矢で、次々とワイバーンに打ち続けながら言った。矢は正確にワイバーンの眉間、目などにヒットして致命傷を与えている。
その横で、シルキーがエアアローやジオトルネードを連発している。
「ほんとに!あっ…ロビン、それ?」
2人の中央の位置より少し前、ロビンは襲いかかるワイバーンと肉薄して戦っている。シルキーの立ち位置からまるでロビンに合わせて、ワイバーンが襲いかかってきているように感じられた。ロビンの腰にある道具袋から溢れ出る魔力をシルキーが感じた。
「えっ?何?」
「危ないロビ君!右だ!」
シルキーの言葉で一瞬視線を落としていたロビンに、クロエが咄嗟に注意を叫んだが間に合わず、ワイバーンがロビンの体に激しく衝突した。
ロビンは魔導気球船の甲板から、まるでボールのように転がり、そしてコップから溢れ出す、はかない一雫の水滴のように船外に押し出され、何もない無情の空へと放り出された。
「ロビ君!!」
上空に舞うロビンに対して、無数のワイバーンたちが一斉に群がってきた。
やはりロビンを狙っていることは確かだった。
が、ロビンの周囲に真空の刃が飛び交い、群がるワイバーンはすべて斬り裂かれた。
次の瞬間、すでに意識を失って頭から地上へと落下しているロビンに向かって、眩く光る美しい緑色の髪をたなびかせながらシルキーは甲板を走り抜け、そして何のためらいもなく船のヘリを蹴って飛び降りた。
「ロビーーーーーン!!!」
2人は真っ暗な地上へと落下して、その姿は消えていった。
ぜひ拡散をお願いできれば有難いです。




