2-43 メディティ
【43】 メディティ
ロビンらパーティーは、魔導気球船へと乗り込んだ。ロビンたちが船に乗り込もうとしたとき、ミナ・ルーンは、気球船へと乗り込もうとする人の背を押しのけて、我先にとタラップを駆け上がっていった。ロビンたちの一番最後に、商人が先にタラップを上がり、後から護衛たちが周囲を警戒しながら乗り込んで、気球船の扉を閉めた。
「錨を上げろ!緊急出航!」
商人がブリッジの船長らしき人に声をかけた。船長がそれを受けて、即座に次々と何らかを乗務員たちへと指示している。
「魔獣の群れがやってくる!急がないと間に合わない!あっ来た、あそこ!」
ミナが、足が届かずブリッジの丸窓の縁へと掴まってぶら下がり、外を見て叫んだ。ロビン、クロエと商人の男が、窓へと一斉に駆け寄り同じように、別の窓から外を見た。
「何も見えないけど。」
ロビンが呟いた。
「いえ、来ます!」クルス、「いやいる!」クロエ、「あれですか…」商人、の3人が同時に言った。
湖の対岸付近の地形が変わったように見えた。
最初は見えにくかったが、湖の両側から黒い何かが、だんだん膨張していき、どんどんと広がるように押し寄せて来るのがわかる。魔獣の群れだった。数にして数千体はくだらない。すぐにもここの場所へと押し寄せてくる勢いがある。
フェンリル狼やガルーダのように足の速い魔獣たちではなく、それよりは動きはゆっくりとしているが、大小様々な種類の魔獣たちの大群であった。
「うっうわあ!もっ、もうだめだ!」
船外の様子をロビンたちと同じように目視した乗務員が、大声を上げて床にへたり込んだ。歯をガチガチと鳴らして震えて立てないようだ。そこに商人が、ツカツカと歩み寄り、彼の手を取ると片手で引っ張り上げて起こした。
そして、その肩を強く叩いた。
「魔獣の群れは見ようと見まいと必ずここにやって来ます!目の前のことに向き合いなさい!船長、出航準備どうなっていますか!」
「出航準備完了です!ベルン号、出航します!」
船長がそういうと、フォーーーーーンという音が船内全体に広がりやがて消えた。次の瞬間、船は静かに浮き上がり始めた。
「少し揺れます!全員何かに掴まってください!」
船長は素早く全員に指示した。
すると次の瞬間、船は一気に浮上し空へと舞い上がった。だが…
ガタガタン
ガリガリ…
グルアァアアアーーーー
ギャオーーーーーー
魔獣の爪や牙が魔導気球船の船底に微かにあたり、浮上する途中、船体にぶつかり軋む音、魔獣の叫び声が入り混じって大きく揺れた。上空まで上がると徐々に音は遠ざかって静かになった。
「危ないところだったねロビく…あっ今そっちは見ないほうがいいよ。」
クロエが片手で自分の目を隠しながらそういうと、手すりに両手で掴まっていたロビンが反射的に振り返って、そして固まった。
「大丈夫ですかレディー、お怪我はありませんか?」
「はい、わたしは大丈夫です。」
商人の男がシルキーを抱きしめていた。肩と腰に手が回っている。
「なんとお美しい…わたしが出会ったことのない美しさだ。どんな宝石よりも美しい…」
「…ありがとうございます。でも、そろそろ離していただけますか?自分で立てますので…」
「そうでしたね、ただわたしはこのまま離れないほうが…いや、これはこれは失礼を。」
そういうと男はシルキーを名残惜しそうに手放した。シルキーは男から離れると自分の両腕を掴み、くるりと後ろを向いた。
表情はロビンからは見えない。
「では皆様、私の部屋で話しましょう。どうぞこちらに。」
男にシルキーとクルスが後ろから続き、ロビンとクロエ、ミナの目の前を、シルキーがうつむいたまま通り過ぎた。
3人はその後に続いた。
「ロビ君、ロビ君てば…」
「なんだよクロエ!」
「なんか怒ってんね。」
「別に…怒ってなんかないよ。」
「いんや怒ってる!そりゃ仕方ないけど…相手はちょいと男前の、しかもめっちゃ金持ちそうだし。そこへいくとロビ君はただの勇者…比較になりませんなあ。」
「そんな!い、いやそうじゃない。あの人、いくら船に乗せてくれた恩人だとしても、シルキーにやたらと馴れ馴れしいから…シルキーだって嫌なんじゃないかな?」
「えっマジ?マジで言ってんの?かーこれだから坊ちゃんなんだよ。女子はね、どんなに強い女子でも、リードしてくれる男子に惹かれるもんなんだよ。乙女心がわかんないとシル君、取られちゃうよ!なんせ倍率はどこいってもバカ高いんだから。そこへ行くと、シル君には敵わないまでも、美少女クロエのオネーサンの僕がここにいる…って聞いてるロビ君!もう!」
「ふっ、フラレタ…」
「あっ君ミナ・ルーン…ミナとか言ったな。今バカしたろ!」
「…してないよ。」
「いや、したろ!」
「だからしてないって言ってんでしょ…巻き髪オバサン…」
「オバ!?」
「だって、わたしたちより年上なんでしょう?勇者学園の卒業生より上だとしたら、あたしよりよっぽど、オバサンでしょー?」
「君ね!花もうらやむ乙女にオバサンとは!そんなら君は…ミニサイズのミニ子だ!」
「あー失礼ね。でもあんたより、あたしの方が出るとこ出てるでしょ!」
「うっ!ほ、ほんとだ…で、でもミニ子はミニ子よ!」
「なにさ、このオバサン!」
ギャーギャーと2人が騒ぐのを他所に、一同は商人が入っていった部屋へと続いて入っていった。
全員が着席したものの、何が起こったかというほどのドンヨリした雰囲気に、さらに一同沈黙している。クルスが間を取ろうと声を発した。
「どうかされましたかクロエ様?」
「別に…です…」
顔がふてくされている。それ以上聞くなという態度だ。止むを得ず、クルスは次に移った。
「そ、そうですか…そうですね。ではミナ・ルーン様は?」
「あたしも何も!」
ミナも同じだ。特に明後日の方角を向いて答えていた。
「え、えーと…ロビン様?シルキー様も…お隣同士で座っていてうつむいていらっしゃるし…皆さんどうされたのでしょう…」
「ハハハハハ!」
急に男が笑い出した。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたな。申し遅れました。わたしはこの魔導気球船のオーナー、フェルナンデスと申します。まあ皆さんに手早く説明するとしたなら、メディティ家第77代当主フェルナンデス・フォン・メディティといえばわかりやすいでしょうか。」
えーーーーーあのメディティ!どーりで、部屋の内装もすごいもんねーーーー
ほぼ全員がハモった。
「はいそうです。それは良いとして…皆さんはどちらに?」
「それは…」
ロビンが言いかけて、クルスがそれをすぐに遮った。
「魔獣の群れが押し寄せたために、アルバート王室がわたくしの身を案じてくださり、故国ウルティマツオーレへの帰国をとご指示いただきまして。道中の安全の為に、勇者学園の卒業生の方々の、ロビン様たちの勇者のパーティーを護衛につけていただいて。ですが、その途中で魔獣に遭遇して戦いになったのです。そこへ…」
ミナにクルスが視線を投げた。ミナは少しふてくされたまま、いままでの経緯を話した。
「あたしは、森で魔獣の群れと出くわして、仲間とバラバラにはぐれてしまって。必死で逃げていたら、マーククリスタルの交信を微かに感じて辿ってみたら…」
ミナはマーククリスタルを埋め込んだ腕輪を見せた。
「そしたら、僕たちがいたってこと?じゃあ魔獣の群れは、君を追いかけてきたのかな?」
ロビンが尋ねた。
「そうだし悪い?だけど相手は魔獣でそんな言い訳も通じない相手だし、それに勘違いしたのはあたしだけど仲間だと思っても仕方ないでしょ?マーククリスタルは、あたしたち黒ドワーフ族だけの不出の技術なのに、どーしてあんたたちが持ってるの?それにタンタリバロメッツのロープとか…」
「それは、アルバート国王様からロビン様たちにと頂いたものですよ、ミナ様。」
「そう…なら仕方ないわね。12王国には、それぞれ黒ドワーフ族が古の契約と友好の証として、武器防具を毎年のように献上してますからね。それなら仕方ないです。」
「まあ、夜光玉は、全世界においての救難や集合する時の緊急の合図。止まらないわけにはいきませんからね。」
「そのおかげで助かりました、お礼を申し上げます。」
「いえいえ、お救いできたのが光栄にもウルティマの神官様ですし、勇者のパーティー御一行とは…こんなに珍しい組み合わせにご縁をいただくことは滅多に…いや生涯に一度あるかないかの幸運ですし…取り合わせといえば、シルキーさんはエルフ族、ミナさんは黒ドワーフ族とは…これはこれで非常に興味深いこと。」
シルキーが顔を上げて、フェルナンデスを睨み、ミナの顔に視線を向けてふたたびうつむいてしまった。クルスが、少しため息まじりに、クロエに視線を移すとクロエは両手を挙げた。
「ところでメディティ様は?どこに向かわれるところでしたか?」
クルスが間髪入れずに質問した。絶妙のタイミングだ。フェルナンデスは少し考えてから言った。
「わたしは月の山脈へと向かう途中です。」
「月の…月の山脈…ですか?」
ミナ以外の全員が急に反応した。フェルナンデスはそれに気づいたが、無視するように穏やかに話している。だが明らかにその目つきは鋭くなった。
「はい。正確には、その麓の魔獣の森…と言われる辺りです。」
「なぜそこに…」
「魔獣の森には昔から暗黒の石ブラックストーンが埋まっていると実しやかに言われていまして…それを採取するために。今ならば、いや今しかないと。」
「ブラックストーン?」
「おっとシルキーさん、いかがされましたか?」
「ブラックストーンがあるとして、そんなものを採取して、一体どうするのですか?」
「いえ、それはわたしどもは商人です。商人の目的はただ1つですよ…商売の為です。」
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