2-41 それは偶然に
【41】 それは偶然に
水中より鎌首を持ち上げたその姿は、蛇というよりも竜のようだった。水面に隠れて見えないが、見えている姿から想像して、ゆうに体長30メートルはあるだろう。黒光りする体表は、びっしりと竜の特徴である鱗で覆われており、怪しく光る青白い目、その頭上には二本の角が生えている。そして、シルキーたちのもとに駆け付けたクロエがオリハルコンのクロスボウガンを構えると、それをあざ笑うように巨大な口を開けた。そこには鋭く尖った牙が幾重にも並んでいる。
「2人とも大丈夫!こんなに近づいてるのに気づかなかったのか!」
「わからなかった、物音ひとつもなかった…」
「ドラゴンは魔力を宿した魔獣とも。未だにわからないことが多い謎の存在です。様子から察するとこの湖の主ではないでしょうか?」
「ドラゴンの種族は…余程のことがない限り戦わない方がいいって獣魔学で習ったけど…なんとなく今理解できたよ…」
「僕もそう思うけど…それは無理な相談のようだよっと!」
ドラゴン・アナンダが、巨大な口を開けたまま鋭く、ロビンたちに向かって攻撃してくる様子を見せたため、クロエが矢を射ると、素早く口を閉ざして鎌首を元に戻した。
クロエが、素晴らしい早業でオリハルコンの矢を立て続けに2本放ったが、矢は硬い鱗に簡単に弾かれてしまった。
「最初からシル君とクルス様を狙ってきてたから、歓迎ムードどころかバリバリ戦闘モードだったから…」
「逃げられれば良いですが一度試してみます?」
「一斉に散って、シルキーとクルス様はユニコーンたちを馬車のクツワにつないで…僕とクロエがドラゴンの気を引きつけ…る…から…あれ?スレイニプルたちがいない!」
「ロビ君、スレイニプルはもう…」
「ロビン様、クロエ様、なんとか5分持ちこたえてくれませんか?」
「わかりました!身体強化!疾風!」
「わかったよ!地の弓!」
「シルキー様、荷馬車まで走ってください!」
「はい!」
荷馬車につくとクルスは中にあった箱を開けた。中にはルードヴィッヒから預かったオリハルコンの武器防具一式が入っていた。
「シルキー様…過去のドワーフ族とエルフ族の因縁は知っています。でも今は緊急事態です。いかようも、どんなお詫びでもいたします。今はこれを使っていただきたいのです。」
「クルス様…お詫びはご無用です…」
「だめですかやっぱり…」
「違います、わたしが使いたいのです!」
ドラゴンの攻撃は、鋭いナイフのような牙による噛む攻撃、そして、強力な尾の攻撃の2種だった。特に尾の攻撃は強力で、鋭く尖った先端を槍のように連続で突くものだ。かわしたロビンの代わりに、すぐ側にあった岩を粉々にも打ち砕いた。そして器用に、その攻撃を交互に変化もつけて、間断なく仕掛けてきた。ロビンも、クロエも素早くかわして対応している。
クロエが先に放った地の矢に続いて天の矢を打ち込んだ。それは効果があり、ドラゴンはひるんだかに見えた。ロビンは襲いかかる鎌首や強力な尾の死角をついて斬り込んだが、硬い鱗を浅く傷つけただけだった。
ーロビン様、聞こえますか?ー
「これは?クルス様?」
ーはい、マーククリスタルを通して短い会話なら離れていても話ができるのですー
確かに言葉の最後がかすれて聞き取りにくい。原理は分からないがクリスタルが微かに振動しているように感じた。
ー今からシルキー様の精霊の加護で、風と水の力を送ってもらいますー
ーえっ?いま最後わからなかったー
ーシル君が何?ー
《風のエレメント、チャージします》
《チャージ完了しました、一定期間空を飛べるようになります》
《水のエレメント、チャージします》
《チャージ完了しました、一定期間水の上を移動可能になります》
その声がロビンとクロエの頭に響くと、オリハルコンで編んだブーツがブーンと反応した気がした。
「なんだ?何が起こったんだ?うっうわ!」
ロビンの足が急に浮き上がり、そして一瞬空中を駆けて着地した。
「うそーー!水の上走れるよ!」
ロビンが振り返ってクロエを見ると、クロエは水の上を走っている。そこにアナンダが追いかけてくる。
「こ、これまずいんじゃないのーーーーー」
アナンダの牙をかわすと、クロエが大空高く舞い上がった。
「すっごーーーい!飛んだーーーー!なんだこれーーーーー!だったら…このまま天の弓連弾!」
クロエの天の矢が、アナンダに刺さっている光の地の矢に目掛けて、何度となく落雷のように落ちた。
ーオリハルコンとマーククリスタルはー
ー感応しあって装備している人のー
ースキル魔法や加護の力を共有しますー
ーそうなの?だったら僕もあげるよイーグルアイ!ー
ー僕は身体強化、疾風!ー
ーわたくしは、癒しの風ー
《チャージ完了、一定期間、超精密、超高速度の視力視野が得られます》
《チャージ完了、一定期間、全身の筋肉が7倍になります。一定期間、身体の素早さが7倍になりますー
《チャージ完了、一定期間、受けたダメージを自動的に回復します》
ロビンたちの戦い方がこれを境に一変した。マーククリスタルを通して意思疎通が可能になっただけではなく、むしろ互いの視点や能力を共有できたことで、はじめて理解しあえたことがあったのだ。4人は、それぞれが相手の強みや弱みを共有することで、先の先までの戦術へと転換することができるようになった。
シルキーはジオトルネードのスキル魔法を発動して、それに水を巻き込み、超高圧に圧縮した水圧のカッターのようにして、ドラゴン・アナンダの硬い表皮を貫いた。
グギャーーーーーー!ドラゴンはたまらず水上でのたうちまわった。
空を駆け水の上を駆けて、そして、鋭くはっきりと天地の矢で傷ついた箇所を狙ってロビンが斬りこんだ。すんなりとオリハルコンの刃は硬い鱗を突破し大きな傷を負わせた。だが、代わりにオリハルコンの剣が折れてしまった。だが剣は再生する。そして折れた先のドラゴンに刺さっている刃も。
ロビンはこの時またもあるひらめきが生まれた。
「試してみよう…」
ふたたび水を駆け、ドラゴンに刺さったもう一本のオリハルコンの剣を、その体から渾身の力で引き抜いた。剣は再生されている。ロビンは両手に剣を持っている。
そして、一際高く飛び上がってドラゴンの目線で静止すると、二刀流で、そのまますさまじい連撃を繰り出した。
ウオーーーーー!!!!
だがその途中ですべての力が消え、ロビンは水の上に墜落した。
「ロビン!」
「ロビ君!」
「ロビン様!」
いっけーーーーー!!!
シルキーのジオトルネード、クロエの天地の矢が、ロビンを助けるように同時に放たれた。
黒く巨大なドラゴンは、しばらく鎌首をもたげていたと思ったら、遂には巨大な塔が瓦解するように崩れ落ちた。そして、大きな水しぶきをあげ、そのまま水没していった。
「やったーーーー!」
ー皆様お疲れ様でしたー
ーロビンは?ー
クロエが湖畔に戻ってきて、シルキーとクルスとハイタッチした。少しクルスがギクシャクしている。多分、神官にこの習慣がないのだろう。
「それ…着たんだ。」
「うん。まあね…ちょっとセンス悪いかもね…」
「ふふふ…そうかも。シル君の自慢のスタイルがちょっと隠れちゃうもんねー」
「こら!」
「へへへへー、うーんとロビ君は?」
おーーーい!
「ん?」
おーーーい!
「あ、あそこじゃない?」
おーーーーい!
「本当だ、なんかああしてると、ただの少年なんだけど…最後の二刀流は驚いたな。あの人ほんとうに只のビギナーズなのかな。」
シルキーとクルスは顔を見合わせ、笑いだした。
「なんだよ2人とも。僕は変なこと言ったか?」
「別に何もです、すみませんクロエ様。」
「ロビンはね。多分、最弱の勇者で…そして最強のビギナーズなのかもっ…て話!」
「何だよそれ?全然わかんないよーーー。」
ハハハハハ
「みんな、ありがとう。」
「お帰りなさいロビン様。お怪我は?」
「あったけど、すごいですね。全然治ってます。クルス様のおかげです!」
「それはそれは…ありがとうござい…ロビン様それって…」
「ドラゴンから引き抜いた剣先に…偶然にもこれが付いていたんだ。」
暗黒の石ブラックストーンが…




