3-39 そこにいるの
【39】 そこにいるの
「みんな森へ入るよ!」
シルキーが叫んだ。相変わらず馬車の振動はない。
オルフェンブルーとスレイニプルは力強く迷いもなく森へと入っていった。まるでそこに道があると知っているように。ユニコーンたちには、馬車がゆうに入る道幅がまるで見えているようだ。
「大丈夫かなルードヴィッヒ団長…」
ロビンがポツリと去りゆく景色を見ながら呟いた。もうガルーダも騎士たちも追ってこない。
「大丈夫だよロビ君。あの人は強いよ。」
「それより皆様、このまま森を進むと魔獣たちとの戦いは避けられそうもありません。準備はいいですか?」
クルスには害意を感じ取る力があるようだ。
「おお!」
上空を埋め尽くすガルーダと、地上でそれを迎え撃つ騎士や冒険者たちの戦っている姿を見送りながら、ロビンたちは大森林へと馬車ごと突入した。そして、鬱蒼とした樹々や枝葉によって、それは覆い隠され遂に王都も戦場も見えなくなった。
「どうやら僕たちには、そんなに感傷に浸ってる時間はないようだね。」
「お次は?」
「フェンリル狼のようです。」
「馬車はどうする?止める?」
手綱を握るシルキーが尋ねた。クロエが何事かを思案するように、拳を作って口に手を当てた。そして考える材料を得るようにクルスへと確認した。
「フェンリル狼って何だっけ?」
「フェンリル狼は魔獣犬属性で集団での狩りが得意な種ですよクロエ様。」
「へえ魔獣犬かーじゃあ決まった。馬車は止めるなシル君。僕たちには時間が無いんだ。とにかくぶっ飛ばそうよ!攻撃は僕たちに任せて、シル君は手綱をしっかり頼むよ!ロビ君、クルス様、とにかく頑張っていこー!」
考えた結果だ。ロビンに否定の気持ちはないが、軽いなーと思わずにはいられなかった。それにしても、クロエがやたら元気に見えた。
「なんか元気だねクロエ、どーしたの?」
「だってロビ君。あんなやな奴ら[ルードヴィッヒ以外の騎士団の騎士たち]と離れられて、もーサイッコーに幸せじゃないか!」
「だけどこの先はずっと魔獣や魔物たちが襲ってきますよ、クロエ様。」
クルスが真面目に返した。さすがは聖職者だ。だが…
「なんか…」
「なんか?」
「なんか魔獣の方が親近感わくってゆーかー、それにこのままちょっとぐらい観光できる時間あるかなーって。えへ。」
えへ、じゃねー!急ぐっつったろ自分!しかも今の今!観光しねーよぜってー!
ロビンも、シルキーも密かに思った。今更ながら、クロエは結局何も考えていないのだと。
フェンリル狼は10数頭がまとまって、巧みな連携をとり、地形を活用して狩りを行う非常に狡猾で知恵ある魔獣だ。まず群れを3つに分ける。2つのグループが獲物を左右から同時追い立て徐々に進路を絞る。そして獲物の逃げる先にはボスが待っていて、最後は全てのフェンリル狼で一斉に襲いかかる算段だ。おそらくほとんどの獲物は、これで一貫の終わりで絶対に逃げられないだろう。
このように先のガルーダにしても、フェンリル狼にしてもBランクパーティーで相当苦戦する相手と言われている。だがロビンたちは…
「すごいですね、クルス様の絶対障壁は、名の通り絶対に破れないですか?だけどこちらの攻撃は素通りするのに不思議ですね。」
フェンリル狼たちは、すごいスピードで馬車へと突進するように立ち向かっては、何か壁にぶつかったように弾かれている。もんどり打って苦しんでいる。そして、起き上がりふたたび追いかけては、同じ繰り返しをしている。
「ああこの祈りのことですね。絶対障壁…という名前ではないのですが。この祈りは、ウルティマの加護の力を依代にして、相手の精神に働きかけていて物理的な障壁ではないのです。だから相手が無生物、道具の類なら攻撃は避けられません。それに敵とはいえ相手も傷つかないので、何度倒れてもわたしたちを追ってきます。」
そう言えばガルーダもフェンリル狼も直接攻撃だ。でも害意をもつ敵から精神的な防御をしているとはいえ、本当にそこに壁があるようにフェンリル狼たちは、馬車の1、2メートル手前で頭や体をぶつけているようにしか、ロビンには見えなかった。
「クロエ何してるの?」
クロエが、オリハルコンの矢を見て眺めている。矢は両手にそれぞれ1本づつある。
「やっぱりだ。こうすると増えるんだ。」
クロエがオリハルコンの矢を二本重ねて同時に折った。すると折った矢がそれぞれに自動修復されて、驚くべきことに矢が4本になったのだ。
「弓矢が一本しかないなんておかしいなと思ってたら、ルードヴィッヒ団長さんの言葉を思い出したんだ。粉々になっても再生するって。」
い、意外!クロエが考えてる!ロビンの目が恐ろしいくらい見開いていたのをクルスは見逃していない。そして振り向くとシルキーも同じ表情をしていて、クルスは思わず咳き込んだ。
「へ、へえ面白いね。僕もやってみてもいい?」
「いいよ、ほら。」
「ありがとう。あ、あれ?折れない。おかしいな。身体強化!うーん折れない。な、ん、で、だーーーー。フゥー。どうしても無理だ。クロエは馬鹿力なんだね。」
「し、失礼だなロビ君!これでもか弱いレディーなんだよ僕は!」
「ロビン様、おそらくオリハルコンのそのボウガンを持っている人しか、矢は折れないのかもしれまん。クロエ様、ボウガンと矢を貸してください。」
クロエは顔を赤くしながらクルスにクロスボウガンと矢を手渡した。受け取ったクルスが矢を持ち折ると、オリハルコンの矢はいとも簡単に、まるで小さな小枝を折るように粉々に折られていった。そして矢は再生し、30本ほどになった。
ほかの3人は、おーーーーーーと声をあげ思わず拍手した。
「ま、そんなことは置いておいて、こっちをなんとかしないと…ね!」
クロエがフェンリル狼を、出来上がったばかりのオリハルコンの矢で狙撃した。
狙いは正確で百発百中、一度も外さない。
また、その威力は凄まじく、狼たちが直列に並んだときでも三匹同時に貫いて、しかも矢はその後ろの樹へと突き刺さり、針穴に糸を通すようにさらに貫通した。
「これは負けてられないな。身体強化。そして…疾風。」
今度はロビンが身体強化をした上で、疾風のスキル魔法を使い、馬車を飛び降りてはフェンリル狼を斬りつけ、そして疾風で素早く馬車へと戻る戦法を編み出した。
オリハルコンのおかげで、スキル魔法を使ってもまったく疲労感がなく、むしろそれ以上に効果が強力になって働いているようだった。ロビンは、これなら何十回やってもスキル魔法が使い続けられる気がした。そして剣とその切れも問題なく、刃こぼれ一つもしなかった。
この戦法に慣れてくると、今度はロビンは木から木へと飛び移って1人で戦い始めた。
勇者学園のダンジョンでは、ほとんど撹乱しかできなかったのに今は1人の戦士として戦っている。そんな自分に、ロビン自身が驚いた。
「あれが群れのリーダーか!」
一際大きなフェンリル狼が、馬車の行く手を阻んでいた。
仲間をやられた恨みで相当殺気立っている。全身総毛だっていた。
ふと、ロビンは意識せず身体が動くままにやってみようと思った。
木から自然に落ちるに任せ、そして、地面すれすれで今度はその地面を大きく足で蹴り、疾風と身体強化のスキル魔法を同時にかけて、まるで風が流れるように、牙を向いて襲いかかってくるボスのフェンリル狼を斬り抜け一閃した。
ザーーーーーという音ともに木の葉が大地を覆う地面をしっかりと足でとらえ、剣を振り切った。木の葉が雪のように舞い散った。
そしてロビンは、最後にその剣を振り返し、音もなくその柄へと収め、クルリとフェンリル狼を背にして立ち歩みだした。
疾走していた馬車が、何処かで引き返して、そのロビンの元へとゆっくりと戻ってきた。
「すっごいねロビ君!」
「えっ何が?」
「何がって、さっきの剣の技だよ技!凄いなんてもんじゃなかった。なんという技なの!」
「ああ、あれ?別に…技なんかじゃなくて、さっきふと思いつきでやってみただけだよ。体や剣が流れるままにしてみたら、どうなるのかなって。」
「ええ、あれ思いつきなの!でもめちゃくちゃカッコよかったよ!それに綺麗な型だった…そうだね、音に聞こえた…そう剣聖みたいだった!」
クロエがそういうと、クルスも笑顔で小さく拍手してくれていた。
シルキーが御者座から飛びおり、うつむきながらロビンの元に歩み寄ってきた。
そしてロビンのいきなりその両手を握った…顔を上げたその目には大粒の涙が輝いていた。
「やっぱり…やっぱりそこにいるのね!ロビンの中に…ロビンの中にアルクスラインが!」




