1-20 魔王?降臨
【20】魔王?降臨
「聞いたことがあるぞ。」
「な、何がですか、フィッシャー先生。」
「極端に魔力量が充満した場所に、小さなライタルストーンを置くと、魔力を吸収し過ぎて膨張して、最後は…」
「最後は?」
ロックズがゴクリと唾を飲んだ。
「最後は粉々になるって話を…」
「そうなの?そうなんですかフィッシャー先生?」
心配そうなウィル。
「誰から聞いたのですかフィッシャー元先生。」
「うーん、おれの死んだばあちゃんからだ!あれは、本当の話だったのかー。ばあちゃんスゲーな。よく知ってたな。」
「てっ感心してる場合かーい!」
冷静なキャラのはずのリブが突っ込んだ。
「先生方、あれは…?」
生徒の一人が指指す先に、誰も見たことがない異変が起こっていた。
瓦礫と化したゴーレムが一度消滅しては現れ、現れては消える。
過去の残照のようなゴーレムの大きな影が幾重にも重なって、そして渦を巻き、最後は暗黒の石ブラックストーンへと吸い込まれていった。
「何だこれは、俺たちは幻でも見ているのか?」
倒れていたゲミが、スゥーと空中へと浮き上がった。
「確かにわたしは止めを刺していない。ゲミ先生を動けなくしただけ。だけどあれはあまりに不自然…」
シルキーはあくまで冷静だが、少し上ずった声で言った。
「ゲミ卿ご無事で!」
捕縛されていたゲミの部下たちは、ゲミの姿を見て、周りの生徒をぶつかり飛ばして、一目散にゲミの元へと走り出した。
「お、おい!あれは何かおかしいぞ!危険だ、近寄るな!」
フィッシャーが声をかけた直後、空中のゲミは2人の男たちに一瞬で飛んで近寄り、そして、その3人に向かって明滅していたゴーレムの破片が、次々と集まって彼らを押しつぶした。
グ、グアーーーーー!!!!
そして、それは巨大な塊となって、徐々に形を成していく。
「あ、あれは!」
塊が形成されると、それは既にゴーレムではなかった。
それは一度形を成すと、まるでその存在が無きが如く人間たちを他所に、後ろを向き、最後にブラックストーンを手に取ると自らの胸へとはめ込んだ。
と、同時に、ドクンと大きな鼓動が一打ちされた。
そのあまりの衝撃で、生徒の何人かがその場で倒れ込んでしまった。
「あ、あれは何だ?」
「あれはな、魔王が1人、魔神ギガントロプスじゃ。」
その声に、全員が振り返るとそこには、ゼクス・オーリンとエリザベート・フォン・イメルダの2人が立っていた。
「学園長に教頭先生!」
「リブ先生、すまんなあ。間に合わなんだ。」
ゼクスがそういうと、大きなライタルストーンをリブへと手渡した。それはゼクスが、フィッシャーに出掛ける前に手渡したライタルストーンだった。
「ああなっては、もう彼奴を直接倒さん限り手遅れじゃ。つまり、あの胸にあるブラックストーンを破壊せぬ限りな。」
「そんなこと…」
次の言葉を言いかけて、リブは口を閉ざした。
「ま、魔王だって?」
「魔神ギガントロプス?」
「ここはセインデリアの光が届く人間世界なのに、魔王だなんて!」
「はははははは、これは何だ。力だ、力が全身にみなぎってくるぞ…信じられないパワーだ。だが…ここはどこだ?暗い、何も見えん。お前は…お前は何だ、何者だ?や、やめろー!やめてくれー!!うわーーーー!」
一瞬、ゲミの意識が戻った状態があった。
しかし、それも束の間、大きな闇へと飲み込まれてしまった。
「そうではない。このセインデリア世界には、いかに魔王であっても、おいそれと存在することなどできん。じゃがそれを満たすためには、ある3つの条件が揃うことが前提じゃ。逆にいえば、3つの条件が揃ってしまうと魔王がその場所に降臨してしまうことになる。1つはブラックストーン、あれが魔王を動かす核となるのじゃ。2つ目は魔王の活動できる莫大なエネルギー、つまりは魔力が一定の場所に一定量を超えること。最後は実体を得るための依り代、つまりは生き物の命がそこにあること…この3つの条件が重なる時、最もその条件によって最大化された状態の魔王、それを呼び寄せてしまうのじゃ。」
「どういう意味だ、まったくわからん。」
「そうじゃなフィッシャー先生。あれは、つまり…」
「魔王のレプリカ…つまり模造品ということよ。」
エリザベートが、さらりと説明した。
「あれが魔王の…」
「しかもレプリカだってー?」
「見ているだけで、こちらの心が、心臓が止まりそうだ…」
「皆の者、心を強く持て!ウィル先生、シープス先生、リブ先生、精霊の加護を降ろし、光の障壁を張るのじゃ。このままでは、生徒たちの心が闇に飲まれてしまう!」
「は?分かりました!」
ウィル、シープス、リブが協力して、精霊を降ろし、そして光の障壁を張った。
「イメルダ先生、フィッシャー先生、生徒たちを守るため我らが行くぞ!彼奴はまだ完全に実体化しきれておらん。今のうちに彼奴のブラックストーンを破壊するしかない。」
「はい!」
「おーーーやったるぜ!」
「わ、わたしも一緒に戦う!」
シルキーがそう言いかけた時、魔王に立ち向かうゼクスが、シルキーに向かって笑顔でウィンクした。そして、パーティーの組み式の時に、シルキーへとつぶやいたゼクスの言葉が彼女の脳裏によぎった。
(大丈夫だシルキー、僕だよ。賢者のオーリンだよ。もう心配ない。アルクスラインも死んではいないよ。)
彼女の目には、アルクスラインとともに戦ったパーティーメンバー、若き日のゼクス・オーリンの姿に見えた。
「待って!オーリン!」
それは凄まじい戦いだった。
ゼクスが、エリザベートが、フィッシャーが、そして、後方のリブ、シープス、ウィルがバックアップして、まさに魔法の大戦争と言えた。
ギガントロプスがその大きな腕を振るうと、氷の刄が雨のように生み出されたり、その影をまるで鞭のように使って、ゼクスたちを攻撃した。だが、ゼクスたちも負けてはいない。光のバリアーはどんな闇の攻撃からもゼクスたちを守り、そして、逆に負けず劣らず炎や雷の集中砲火で、ギガントロプスを圧倒した。
おそらくゼクスを筆頭にしたこのパーティーメンバーは、いまやアルバート国一のトップパーティーだった。それが故に、互いの攻撃や防御の魔法は拮抗し、そして互いに決め手を欠いた状態になっていた。
だが、ゼクスたちにとってそれは分の悪いことだった。なぜなら魔王には絶対的な負の魔力を半永久的に生成するブラックストーンをその体内に宿しているからだ。
つまりは、それを破壊しない限り、魔王の力が尽きることはない。人間であるゼクスたちには、確実に疲労が蓄積されて、徐々にだが劣勢になってきた。
戦いの中で、ゲミが遺した戦斧を見つけ、それを自分の武器としてから、フィッシャーの攻撃力は確実に変わった。ゲミの戦斧は、ミスリルで出来ていたのだ。ミスリルは、攻撃を加えれば加えるほど魔力を帯び、強度が高まる性質がある。フィッシャーは、光の加護で無敵の鎧と化し、果敢にギガントロプスへと立ち向かった。
だが、最初はおお振りだったギガントロプスの拳が、徐々に小さなフィッシャーを正確に捉えるようになってきた。
「危ない!」
リブがそう叫んだとき、ギガントロプスの右の拳をまともに受けてしまい、フィッシャーの体はまるでボールのように弾かれ、凄まじい勢いで壁へと激突した。
「フィッシャー!!!!」
だが、フィッシャーは、しばらくしてから崩れた壁の瓦礫の山の中から、元気に手だけを挙げた。リブは、ほーーーと安堵の息を吐いた。
シルキーが、魔王の拳を受けた瞬間から、風の魔法で、フィッシャーの体を護っていたのだ。
シルキーがフワリと風に乗り、さらにフィッシャーの周りの瓦礫を吹き飛ばすと、彼を抱えて、シープス、ウィル、そして、リブの元へと連れてきた。思わず、リブがフィッシャーに駆け寄り抱きしめ、そして泣き崩れた。
「おいおい、リブ先生。生徒が見てるぞ。」
「えっ?あっ?わたし…何を…」
「あ、あー何だ。こうやってみると、なんだか照れくさいけど、うれしーなー!」
「何よそれ!人を心配させといて、もう!」
「イテテ!リブ先生、俺はこれでもケガ人だぜ。シルキーが俺を護ってくれたとはいえ、アバラや何やら、全身の骨がイッチまってて…」
「あっごめんなさい!」
そういうとリブは、僧侶のエキスパートジョブを持つ生徒たちを集めて、フィッシャーを治癒した。
「皆の者聞くのじゃ、全員撤退せよ!」
ゼクスの声が全員の頭に響いた。
この世界は、大魔王の配下に魔王がいて、しかも魔王のレプリカントが、ある一定の条件下で発生する世界観にしています。




