1-18 教え子
【18】教え子
扉に現れたのは、4人の教師たちだった。
それも、4人とも戦闘用の装備を整えている。
「学園のルールで、最終試験のダンジョンアタックに、最初に潜行したパーティーメンバーが、もし7日を過ぎても戻らなかった場合、何らかのトラブルが発生していると想定される。その際は、教師がレスキューのパーティーを組んで、派遣する決まりが学園にはある。」
シープスが淡々と説明した。
「そして、来てみたら…この通りだ。驚いたよ。まさかこんな事態になっていたとはな。生徒たち全員を拘束していたこの2人を、俺たちが先ほど捕縛した!」
フィッシャーが、縛り上げた2名の男を突き出した。男2人はそのまま地面に転がった。
ラストモンスターの部屋の外にいた生徒たちに悲劇が起こったは、ロビンが扉を閉めた30分ほど後のことだった。
ダンジョン内であるにも関わらず、ディーンの演説で安心してしまい、緊張の糸が途切れすっかり油断して、くつろいでしまっていた生徒たちの前に、ゲミを含む3人が突然現れたのだ。
そして、そんな状態では、まさに、生徒たちは、なす術なくあっという間に、この3人に制圧され拘束されてしまったのだ。
その後、ゲミ1人が、ロックズを伴いラストモンスターの部屋へと消えて行った。
残った2名の男たちは、ゲミから何か指示を言い渡され、生徒達の監視と巡回を交代で始めた。
フィッシャーたちが第7階層にやってきた時、この巡回中の1人と偶然居合わせ戦闘状態になったのだ。
だが、さすがに4対1。数の上でも圧倒して、瞬く間に逆に拘束したのだった。
そして、フィッシャーたちが、捕縛した1人を問いただし、生徒たちを見つけた。そして残りの1人を倒すと、やっと生徒たちは悪夢から解放された。
リブが、泣きじゃくる何人かの女子生徒を落ち着かせながら、事の次第を聴きとり、すべてを把握したフィッシャーらは、ロックズの扉のスキル魔法が解かれるのを今や遅しと待っていたのだった。
フィッシャーら教師パーティーが立っている、ラストモンスターの部屋の扉の前で、今しがた戒めから解放されたばかりのパルマンや生徒達が、教師パーティーの後ろから恐る恐る中の様子を伺うため、目を凝らした。
「ど、どーなってんだ?」
「なんか、さらにヤバイ雰囲気になってる。」
「わたしたち助かるのかな?」
そして、生徒達は中の様子を見て、さらに動揺を隠せずざわついていた。
「こ、これはあ。」
パルマンが、セリイグとロビンから預かったライタルストーンが、扉が開かれたと同時に、ラストモンスターの部屋の中に溜まりに溜まった魔力を吸収しはじめ、急速に光り出した。だが、ある程度光輝くと、突然真っ黒になり、そしてひび割れ、ついには割れてしまった。
(な、何だこれ?割れたぞ!やっべー、ど、どーするどーする??おれ何もしてねーし。でも割れたあ!優しいロビンはともかく、セリイグは理由なんか別で、絶対怒るヤツ確定だ。確実にボコられるぅ)
そう思ったパルマンは、すでに割れてしまったライタルストーンのペンダントのチェーンのみを慌ててズボンのポケットへとねじ込んだ。そして、誰にも見られていないかとキョロキョロした。誰も気づいてはおらず、ふうと息を吐いた。
「明らかに、こいつらはプロだ。しかも軍人だ。ゲミ、お前も元軍人、いや今も軍人なのだろう?」
「チッ。もたもたとしておるから、さらに厄介なことになったな。」
ゲミは、吐き捨てるように言ってディーンを睨んだ。ディーンは、思わず恐怖を感じ、ゲミから目を逸らした。
「これはどういうことか説明してもらおう!ゲミ先生…いや、ゲミよ。」
「急造パーティーであってもシングル達が4人…いかに俺がダブルSクラスでも、1人では少々分が悪い…か。」
「ぬかせ!保管室の前で、俺に、のされたのを忘れたか!」
「あれは、完全に油断していただけだ。生涯の汚点。だが、今は戦闘モードだ、お前になど負けん。それにそうだな、このディーン・シャイニーを入れれば、お前たちを全滅するなど造作もない!そうだなディーン・シャイニー!」
「えっ?わ、私が先生たちと戦うのですか?」
「何を臆するシャイニー。少なくともお前と俺が組めば負ける戦いなどしない。それにお前のパーティーメンバーが我が陣営に組みすれば、圧倒的な戦力になるのだ。わかるか?戦力なのだ、お前たちは。」
「戦力…」
「ディーン君、君は騙されているんだ!こちらに戻って来るんだ!君は道具にされようとしているのが、まだわからないのか?多分ずっとゲミ先生の言う通りにしてきたかもしれないけれど、今までどこかに疑問は感じなかったの!?」
「ロビン…」
「そうよ!わたしたちは勇者!大魔王を討伐して世の中を平和にする使徒よ!それがわたしたちの本当の役目!戦う兵器なんかじゃない!」
「オ、オードリー・クリスタ…」
「使えん小僧だ、所詮ガキはガキだな!」
ゲミはそう言うと、持っていた剣で、ディーンの左腕を躊躇なく切り落とした。
ウワーーーーー!!!!
騒然となった場から、その隙をついたゲミは、ゲミのすぐ側にいて動けないでいるクレアを抱えて、口を抑え、喉元に剣を当てた。
クレアの喉元にかすり傷がつき、血が流れ落ちた。
「クレアさん!」
「クレア!」
リブとフィッシャーが同時に叫んだ。
「おっと全員動くなよ!俺は軍人だ。命の駆け引きなどお手の物。生徒だからといって手加減などしない。この娘は人質だ。この人質の命が惜しくば、まず俺の部下を解放しろ!」
「言う通りにしましょう。」
リブは、ゲミによって斬られた刀傷を、ディーンが自らの治癒魔法で応急処置をしているのを確認してから、フィッシャーに即座に言った。クレアも、突然だったが、もともと気丈な性格はリブも知っていて、大きく騒いで下手に抵抗しないことも織り込んでの考えだ。そして、クレアからも一瞬、リブはアイコンタクトを受けた気がしていた。
「お、おいリブ先生!わかっているのか?あいつの言う通りにしたら、全員やられるぞ!あいつは自分の正体を隠すために、証拠となるこの場の全員を始末するつもりだ。」
焦るフィッシャーの肩をシープスが無言で掴み、首を横に振った。
リブ、フィッシャー、シープス、ウィルが順にうなづいて、さらに部屋の奥の方のシルキーと視線が合わさった。
「いいから、わたしにまずは任せて。」
ウィルが囁き、フィッシャーが静かにうなづいた。
「わかったわ、今からこのお二方を解放します。ただしその生徒と引き換えです。それは譲れません。」
リブが条件をつけた。
「良かろう。」
「では、まずそちらのクレアの方を先に解放してください。」
一瞬ゲミの視線が下がり、それと同時に、クレアが暴れ出した。
「大人しくしろ、今すぐ殺すぞ!」
ゲミがそう言い、クレアの喉元の剣に少し力を込めた。クレアは大人しくしてみせた。
「やれやれ。ダメだ!まずは俺の部下を先に解放しろ!言うことを聞かなければ、この小娘を先に殺す!どうする!」
「ズッケーゾ!クレアが先だぞ!」
「あんたが約束を守った試しなんか今までねーだろ!!」
「先生たち、先にこいつらヤッちまおうよ!」
「クレアがかわいそう!」
「早く解放しなさいよーこのゲミ男がー!!」
「そうよそうよ!」
生徒たちから一斉に野次が飛んだ。
「な、ナニーーーー、お前らーーー!」
「おーおー大した人気だなあ、あんたの過去の偉業の結果だな。人間信頼はなかなか作れんものだが、あんたへの不信感は一朝一夕ではないみたいだなあ。どーするリブ先生?」
「そうよねえ、生徒たちの言う通りかも…」
「ぐっ…勝手なことを。とにかく部下が先だ。それ以外は人質は殺す!今から10数える。カウントするうちに決めろ!」
「10、」
「待って!」
「待て!」
「わかったわ!」
「わかった!」
リブとフィッシャーが同時に制止した。
「今からこいつ等を解放する。」
ゲミから、嫌な笑みが溢れた。
「よし!最初からそうしておれば、こんな手間はなかったのだ!2人とも、こちらに走って来い!」
ゲミの部下たちは、フィッシャーが縄を解くと立ち上がった。縄から解放されると、部下2人はゲミのもとへと走り出した。だが1人の男が、一旦クルリと向き直り、フィッシャーにふたたび近づくと、フィッシャーをいきなり殴った。
フィッシャーはもんどり打って倒れたところ、リブが慌てて快方した。
「ふ、フザケンナーーーー!」
「フッ…」
フィッシャーを殴った部下の1人が、満足げにかすかに薄く笑った後、ゲミの元へとそのまま走り出した。ついに、そのままゲミの元へと辿り着いてしまった。
ゲミは、2人を労い、「良くやった!特にお前。フィッシャーを殴るとは、俺も胸がすっーとしたぞ!あいつ傑作だったなあ、ワハハハハハ!」と大笑いしながら受け入れた。
「さあ、生徒を解放しなさい!こちらはちゃんと約束を守ったわ!」
「馬鹿が!ほとほとお前たちは、勇者ごっこのそっち派だな!素直に俺が応じると思っているのか?小娘、お前には恨みはないが死ね!」
ゲミが言うが早いかの刹那、走り戻ってきた部下の1人が、クレアへと覆い被さった。ゲミは振り上げた剣を止めた。
「お前何を?」
驚くゲミの前で、部下の姿が、シープスとウィルへと変貌した。
「いいえ、あなたが約束を守るなんて、誰も思っていないわ!」
「なっ?」
ゲミの部下2人と思われていたのはシープスとウィルで、白魔道士のウィルの幻術だった。
先ほど、クレアの陽動により、ゲミの気がそれている頃、ウィルは自分とシープスが、ゲミから部下に見えるような幻術魔法を、ゲミへと放っていた。そして一方で、フィッシャーが部下をゲミからの視覚から隠し、さらに生徒たちが喚くことで、その時間を稼いでいたのだ。
シープスが、ゲミの一瞬の狼狽を利用して、ゲミの刀を短剣で弾くと、ウィルはそのままクレアを引き剝がし、そして、シープスがウィルを、ウィルがクレアの手を引いて、3人はともに駆け出した。
「ヤッターーーー!」
「ザマアミロ、間抜け!!!」
「ウィル先生、がんばれー走れーーーー!」
生徒たちは大歓声を上げた。
「シープスてめえ!俺を殴りやがったなあ!打ち合わせにはなかったろう!?」
「敵を騙すには、まず味方からってね。協力感謝ですよフィッシャー元先生!」
大声でなじるフィッシャーに向かって、シープスはウインクした。
「キャーーーーシープスセンセー!カッコイイ!!」
黄色い声援が、シープスへと送られ、怒れるフィッシャーを、まあまあとリブがなだめた。
「き、貴様らーーーふざけおってーーーー!もう許さん、全員殺してやる!!」
「今よ!」
シルキーが、ロビンとオードリーに合図した。
2人はその瞬間、これまでのダンジョン内の数々の訓練が脳裏へとよぎり、考えるよりも先に体が動いた。
「幻惑ダンス!ハイジャンプアタック!」
「ぐっ攻撃が読めん!だが、俺を侮るなよ!たかだかガキのスキル魔法などに遅れをとるかーーー!」
オードリーのフェイントに最初は戸惑ったが、ダブルSランクのステータスは伊達ではなく、すぐに目が慣れた。
ゲミは、頭上からやって来るオードリーと、そして、それと同時に地面スレスレで、高速移動でやってくるロビンの姿を、その目で捉えていた。
(フッ、なるほどダブルアタックか。まあまあのコンビネーションだが、所詮は子どものお遊戯だ。まるでスローモーションだ…)
そうゲミが油断した時だった。
「ダブル疾風!」
オードリーと自分に、ロビンが疾風のスキル魔法を重ねがけして、急激に2人の動きが早まった。倍のスピードだ。
「く、チクショー!」
ゲミは、なんとかオードリーのハイジャンプアタックに対応し剣で防いものの、ロビンの攻撃には直ぐには反応できず、それでもなんとか直撃をかわしたが、右足に傷を受けてしまい片膝をついた。
一方で、ゲミに攻撃を弾かれたオードリーは、弾かれた方の空中に、シルキーが作ってくれたスキル魔法の風の壁を見つけた。阿吽の呼吸が織り成すダブルアタック。オードリーはその風を蹴って、そしてゲミの頭上へとふたたび飛来した。
今度こそゲミの右肩を貫いた。
「グワーーーー!」
「そして止めの…エアアロー!!!」
最後はシルキーが、無数の真空の刃を放ち、ゲミを斬りつけた。
ゲミは全身から血を吹き出し、そしてその場に音を立てて倒れ込んだ。
3人のコンビネーションが見事に決まった瞬間だった。
「ヒューーーーカッケー。あいつらスゲーな…格上のゲミを倒しちまったよ。それに、こんなに息の合ったコンビネーション技はなかなか見られん…久しぶりにワクワクしちまった。こいつぁ大した大物パーティーになるだろうぜ!俺もこうしちゃいられんなあ。」
感心と感動を覚えるフィッシャーの横から、リブがフィッシャーの顔を下から覗き込んだ。
「何言ってるのセンセ。」
「はっ?な、何ですか??」
「だって、彼等はあなたの自慢の教え子たちなのでしょ?」




