少年
「父上ー! 」
オレが召喚された部屋(召喚部屋と呼ぶことにする)から出たオレが、警戒しつつ自称魔王に付いて廊下に出ると、突然前方から幼い声が響いた。
声のした方に目を向けると
そこには2本の小さなツノらしきものが額に生えた小学生低学年位の子供が、こちらに向かって走ってきているところだった。
「クロノ! 」
自称魔王が少し驚いた声を出す。
「父上! 術が成功したのですね! 」
クロノと呼ばれた少年は勇者をちら、と一目見るとぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる。
と、思えばオレの方に向き直り、ペコッと無邪気な様子でお辞儀をした。
「はじめまして! ボクの名前はクロノ! よろしくおねがいます! 」
オレはそれにつられるように、慌てながらも軽くお辞儀をする。
……一体この子は何者なのだろうか。
魔王のことを"父上"と呼んでいるところから魔王の息子なのだろうか。
しかし、魔王の少し恐ろしい雰囲気とは真逆の、無邪気な雰囲気をしているこの子は、とてもではないが魔王の息子とは思えない。
「ほれ、落ち着けクロノ。勇者が困っておる。」
「ああ!ごめんなさい!! 父上、これから歓待でしたよね?ボクが案内します!」
そう言ってクロノは走り出した……と思えばすぐに立ち止まりオレの方に振り向く。それはまるで先に行って主人を待つ犬のようであり、そう考えると微笑ましい光景であった。
「勇者よ、すまないな。あやつはお主が来ることをずっと楽しみにしていたからな。とても嬉しいのだろう。さて、我々も行くとするか。」
そう言って歩き出す自称魔王。その横顔は優しい父親そのものでクロノを大事に思ってるのがひしひしと伝わってきた。
そうして連れられた食堂だろうと思われる大広間。
先程の部屋とは違いそこには荘厳さは無いが、落ち着いた華やかさがあった。
「ルシフよ、勇者を任せる。勇者、こちらはルシフ。この者をお主に付けるので何かあったらルシフを頼るといい。」
装飾に見とれていたオレは自称魔王の言葉でハッと我に返り紹介された人物に焦点をあわせる。
そこには中性的な顔立ちで、銀髪の……いわゆる、美人がいた。
「勇者様、お席までご案内します。」
そう言って燕尾服を翻し歩き出してしまうルシフさん。その言葉と行動によって不覚にも見とれていたオレは現実へと引き戻され、慌ててルシフの後を追い、席についたのだった。
「さて、では改めて。私は魔王、魔族を統べる者だ。そして、勇者、お主を召喚したものでもある。」
「ボクはクロノと言います!」
「あ、えっと……よろしく、お願いします?」
「さて、こちらの紹介は終わったな。勇者、何か質問はあるか?今なら気分もいい。答えてやらんこともない。」
「あ、そうしたらなんでオレを、勇者を魔王が召喚してるんです?魔王と言ったら勇者の敵じゃ?」
「ふむ、そんなことか。簡単な話だ。私が倒されるなどありえない事だがな、勇者をこちらで召喚してしまえばその可能性が更に無くなるという理由だ。最初に面識を持った相手を倒すなんてことはやりづらいだろう? 」
「父上? ボクが友達が欲しいって言ったら自分もってフガっ!?」
いきなりクロノの口を塞ぐ魔王。早すぎて見えなかったぜ……。 素早い動きを見せた魔王には気のせいかその表情には焦りもみえる気がする。
その様子から察するに、クロノが魔王にとってとても不味いことを口走ったのだろう。
そのことから察するに……。
「つまり……友達が欲しかったと?」
その言葉を発した瞬間、クロノは首を縦に振り魔王は首を横に激しく振った。
「そそ、そんなわけ、ななな、ないだろう!?」
「ちょ、動揺しすぎじゃ!……というか、魔王ならわざわざオレを喚ばなくても周りにお付きの者とか取り巻きとかがいるんじゃないですか?」
「居ますけど……、でも対等にお話したり遊んだりする相手はいなかったのでずっと欲しかったんです!」
魔王の言葉を奪いながらクロノはこちらを見上げて懇願するような眼差しを向けてきた。流石にこんな目をされたら断れない。まあ、端から断るつもりは無いが。
「あー、それじゃあオレが友達1号かな? よろしくな! 」
「はい!よろしくおねがいします!」
言葉とともに差し出された手をクロノは握る。
「父上! 父上もですよ!! 」
そう言って繋いだ手の上に魔王の手を引っ張り乗せた。
「魔王も、よろしくな? 」
「う、うむ……。よろしくしてやらんでもない。」
今度はちゃんと握り返す魔王。その顔は心なしか赤く見えた。
「さ、さあ!宴だ!宴!今宵は勇者召喚成功の宴だ!無礼講だぞ!遠慮なくたんと食べるがいい!! 」
魔王の照れ隠しのようなセリフを受け、宴が開始された。