第二話 石窯
彼女の名前は『めぁりぃ』、金色のひと、女の子だ。
「んふふ どう? やまガール だよ!」
今日のめぁはキラキラ瞳を輝かせて眩しい。髪を二つに束ねたおさげにし、オフホワイトの長袖シャツ、パステルオレンジのパーカーとラップショーツ。それにチャコールのレギンスとトレッキングシューズ。背中には帆布のリュックを背負っている。とても楽しそうだ。かなり浮かれてる。もうふわっふわだ。
『えっと…恰好いいね。山ガールって何?』
「やまに のぼるんだよ いってくる!!」
今にも飛んで行きそうな雰囲気だ。
『待って、待って、夜中だよ?今から?』
「うん そうだけど?」
慌てて声を掛けるボクにめぁは首を傾げる。
『じゃ…じゃぁ、ボクも一緒にいくよ!』
夜中に山登りなんて、とても危険なことだと思う。特にめぁはよく転ぶし…心配すぎる。このまま一人で行かせる事なんて絶対させちゃだめだ。
「そぉ? じゃぁ いっしょに いこっか
リュック に はいって はいって」
言われるまま、ボクはめぁのリュックに潜り込むと、一緒に山へと出発した。
『な゛ぁ゛ぁ゛!?』
思わず変な声がでた。
『ねぇ、めぁ…なんで浮いてるの?』
「ん? ころばない ように だよ?」
首を傾げてめぁが答えた。
リュックから顔を出したボクは、ちょっとだけ高い視線に違和感を感じた。視線を下に落とすと、30センチくらいだろうか…めぁの足は地面を離れていた。そのまま歩く位の速さで進んでる…
ひとって飛べるの?いやいや、聞いたことない。でも…あれ…めぁは初めて逢った時も浮かんでいた様な…あれ…僕は混乱した。落ち着けボク…とりあえず、どうして飛べるのかは後回しだ、先に状況を把握しよう。
「あかぁい ひ は ふいて なぃけど
あのやまへぇ のぼろぉ のぼろぉ♪」
めぁはご機嫌だ。歌いながら地上30センチをゆっくり進む。
『めぁ、めぁ、もっと高くは飛べる?』
「んん ほんき だしたら できるよ。
こうやって… ぐぐぐっと…」
めぁは力を込めると少しずつ加速する。グィィィンっと飛び跳ね、1階の屋根くらいの高さまで飛んだ。
『おぉぉぉ』
風がヒゲを揺らす。
「よし もっと いくよぉ ぐぐぐぐっ…」
めぁは更に力を込めると、2階~3階の屋根を越えた。浮かび上がる時は風の抵抗を感じるけれど、その後はゆったりした空気になる。めぁも力を抜いて浮かんでいる。
『めぁ、めぁ、速くは?速く飛べる?』
ボクもちょっと楽しくなってきて尋ねる。
「ん? どうかなぁ でんしゃ と
ならんで とんだことは あるよ?」
今度はぐんぐん加速する。ぐぃっと後ろに流されそうになり踏ん張ったが、これも抵抗があったのは加速する瞬間だけだった。その後は速度を維持したまま、ゆったりした空気の中を同じ速さで進んだ。
『おぉぉ たっのしぃぃぃ』
疎らに灯りをともす家や街灯、佇む木々や小さな川、広がる夜景を眼下にし、優雅に夜空を散歩する。初めて体験する不思議な光景に、思わず目を見開き口角をあげてしまう。
めぁと一緒に適当な歌を歌いながら山へ向かう。急上昇から急降下、右へ左へ急旋回、木々を越えたり、潜ったり、楽しく空を飛び回る。山の斜面をしばらく登ると、木々が疎らな岩肌が見えた。
「とぉちゃぁく」
めぁはゆっくりと地面に降りた。ここが目的地なのだろうか?ボクも続いてめぁの肩から飛び降りた。
『めぁ、山へはいったい何しに来たの?途中に綺麗な花が咲いてる場所もあったけど、ここには特に何も無いみたいだよ?』
じぃぃぃ…っと目を細めて辺りを見渡すが、目に映るのは転がっている大小の岩だけだ。めぁは背中を丸め、リュックに手を突っ込んで何やらごそごそしている。
「…ピッケル あたぁっく!」ズダァァン!
突然、めぁはリュックから取り出したそれを岩に向けて振り下ろした。小さな岩は火花を散らし、バラバラと砕けて辺りに飛び散る。
ボクは思わず毛を逆立てて目を見開いた。
「ひ の いし だよ…」
飛び散った欠片の中から、ほんのり紅く光る石を拾い上げてめぁは微笑む…
『うわぁ…綺麗だね…』
ボクは思わず見惚れて声を零した…
「でしょ… これ が ほしくて
ここまで さいくつ に きたん だよ」
めぁと一緒に破片を掻き分け、ほんのり紅く光った石を集めた。
「つよい いし じゃない けれど
これで じゅうぶん…」
両手一杯くらいの石を集めたところで、めぁは満足したらしい。
不思議な体験に戸惑ったけれど、めぁと一緒の山登り?は楽しかった。石の重みのせいなのか、帰路はゆっくり穏やかだった…
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目を覚ますとめぁの部屋だった。寝床はふわふわで暖かい。とても気持ちのよい朝だ。部屋の端にはリュックが転がされている。昨夜の山登り、空の散歩は楽しかったな。でも、ひのいしって何に使うんだろう。
「なぃ おきたぁ? あさ ごはん だよ」
すでに先に起きていためぁが扉を開けて呼びに来た。元気になってからは寝床ではなく、リビングで一緒にごはんを食べている。めぁはふと思い出したようにリュックを手にしてリビングへ。ボクはとことこついていく。
「パパ これも つかってぇぇぇ」
ズッテーーン ガラガラ…
「おぃおぃ、大丈夫かメアリィ」
転んで石をばら撒いためぁをパパが手を貸し助け起こす。二人とも慣れたものなのだろう、怪我もなく慌てた様子もない。あれ?今日は石が光ってない、何でだろう。
ゴタゴタしたが朝ごはんだ。めぁとパパはテーブルに着き、シリアルと彩り豊かな野菜のサラダを食べる。ボクはいつものカリカリと、一緒にレタスとちいさなトマト、それと刻んだゆで卵。昨夜出掛けたせいだろう、すべてペロリと平らげた。
「じゃぁ、パパは外に居るからなぁ」
「うん こっちは まかせてよ」
パパは集めた石を持っておそとに行った。
めぁは食器を片付けにキッチンへ、ボクはリビングでのんびり過ごす。
ん…めぁが中々戻ってこない。もしかしてごはんが足りなくてまだ食べてるのかな?意外と食いしん坊なのかも。
「なぃ パパ の とこ みに いこ」
しばらくすると、めぁは手を白い粉だらけにして戻って来た。そんなになるまで夢中で何か食べてたの?
玄関を出て、めぁの後ろをとことこ歩く。庭を横切り、裏山の方、丁度キッチンのあたりだろうか、家のまわりをぐるりと周った。そこで、大きな石の塊に躰を突っ込んでいるパパを見つけた。中で何かペタペタしている…何だろう。
「どうだ中々立派な石窯だろ。亀裂を埋めるのにめぁが集めた石はちょうどよかったよ」
「これで おいしい パン が やけるね!」
2人は話しながら石窯を覗き込んでいる。
ボクも中を覗き込む。石造りの部屋みたいで丸い天井が面白い、中々居心地がよさそうだ。野良だったらここを住処にしても良かったかも。拾った石がどう使われているのか分からないが、どうやらここでパンを焼くらしい。二人の嬉しそうな顔からすると、これは期待できそうだ。
「なぃ おきたぁ? あさ ごはん だよ」
すでに先に起きていためぁが扉を開けて呼びに来た。くんくん、焼けた何かのいい匂い。
匂いに誘われ、とことことことリビングへ。
「やきたて パン だよ! おいしいよ!」
めぁとパパはテーブルに着き、焼きたてパンと彩り豊かな野菜のサラダをとびきり笑顔で食べてる。ボクにも小さくちぎった焼きたてパンとミルクとチーズにささみ付き。ほんのり甘くておいしくて、笑顔の理由に納得だ。ボクはペロリとたいらげて、お皿に手を置きおかわりを要求する。食いしん坊はボクだったようだ。
『めぁ…なんか…ちょっと暑くない?』
「ん? そぉ?」
その夜、寝苦しさを感じたので寝床から顔を出してめぁに声をかけた。季節はまだ春だ、それどころかまだ雪も少し残っていたりもする。暑く感じたのは気のせい?いや、なにかある…くんくん…
『あれ?パン焼いてるの?』
「えぇ? やいて ないよぉ なんで?」
『めぁ開けて、なんか焼ける匂いがするよ』
扉をガシガシして開けてとねだり、匂いを辿って廊下を歩く…こっちだ、キッチンの方向だ。
キッチンに着くと窓が明るく揺れて見える。
『外だ、石窯だよ!』
「えぇ ほんとだ もえてる!?なんで?」
窓から外を覗いて声をあげる。めぁはボクを抱えて飛び出し、急ぎ石窯に向かった。
石窯の底で紅い炎が揺れている…
ズルリ…ズルリ……
炎が這いずり静かに動く…
炎は重そうな瞼を開き…
鋭い目付きで…こちらを睨む…
僅かに開いた口から…
低く重い音を立て大きな炎が吐き出された…
「サラマンダ だよ………」