革命前夜
いつか来る別離の試練。
そのときまで君と思い出を作っていこう。
笑顔をフレームに収めよう。
「恋」から「愛」に変わっていくまで
知世さんが春からアメリカ留学をすることが決まった。合格通知のメールを読んで、心が体を追い越してきた。気がついたら研究そっちのけで知世さんの大学に行っていた。夏休みの大学は人気がなかった。夏にしては珍しい涼しい昼だった。外で話をする。我慢できなくて「よかったね。よかったね。頑張ったもんね。」知世さんの頭をポンポンと叩き、クシャクシャに撫でる。最初会った時には飾り気のないショートカットだった髪はセミロングの黒いきれいな髪になっていた。光さんによって完徹をすることが減ったため肌もキレイになった。そんな大人の女性になりつつある彼女のまだあどけなさが残る大きな二重のうさぎを思わす目は俺の姿を写していた。それだけで胸が痛い。「ありがとう。一番、悠人に会いたかったよ。」時間が許す限り会い続けていたい、愛の言葉を囁いていたい。これから何度の夏を君と過ごすことができるのだろうか。ただ、この夏は君とじゃれ合っていたい。「知世さん、まずはお祝いをしようか。希望はある?」君との眠っていたストーリーを始める。「いつもの花火大会に行きたい」知世さんが明るい笑顔で提案をする。「了解。もっと遠出をしても良いんだよ。」知世さんが熟慮する時の癖の人差し指を唇に触れて考え込む。「温泉に行きたい。広いお風呂にゆっくりはいって、悠人と一緒の浴衣を着て街を歩いて、美味しいものをたくさん食べて、夜通し話し込んでいたい。」知世さんはゆっくりと続くささやかな幸せを願う。その願いをいくらでも叶えてあげたい。「この夏は花火で秋は温泉旅行で決定だね。」知世さんは研究室に行って予定が書かれているホワイトボードにデカデカと「椎名:本日都合により帰宅!!8/13:私用のため一日中不在。連絡をしたものは疲労破壊試験機行」と書いていく。思わず笑ってしまう。知世さんは「教授も殺しの麻生と言われているからこれぐらいだったら大丈夫だよ。」と鈴のように笑いながら話し、本屋で旅行のガイドブックを物色して喫茶店でプランニングにふける。関東からの車でのアクセスを考えて、紅葉と温泉、ワインが揃った山梨に行くことにした。詳しいプランニングは知世さんへのお祝いなので任せてもらった。東京のアパートに帰りPCで宿を探す。1時間ほど悩み、カップルプランでブリザードフラワーとケーキとワインのサプライズがある宿にした。ずっと二人きりで話しをしていたかったため、車の手配をする。普段兄貴が使っている父親のお古の車のレンタルを交渉する。「許す!!博士号取得までのゴールが見えてきたお兄様に極上のワインを買ってこいよ。」「祐奈さんと飲めるようにグラスも買ってくるね。」「お前が成長して嬉しいよ。」兄貴から小突かれて笑う。
地元の花火大会デートは恒例行事になっていた。今年も普段着ることができない浴衣を着る。暑いが知世さんに似合っていると言われてからはこの日だけは浴衣を着ている。「綺麗だね。」知世さんの浴衣姿を見て言葉が出てくる。知世さんが驚く。「去年までは「かわいいね」だったのに今年は「綺麗だね」なんだね。」今年の知世さんの浴衣は藤の花があしらわれていた大人の女性のものだった。髪もアップにセットされていて簪でまとめられている。化粧も上手になった。初めて会った時は無造作なショートカットに眼鏡に作業服姿だったから余計に知世さんがきれいな女性になったことが分かる。「悠人はかっこよくなったよね。芯が強くなった。」意外な言葉が返ってくる。「見た目はもとからカッコよかったよ。だけど、昔は壁を作っていて冷たいときもあった。今は雰囲気が和らいで誰とでも分け隔てなく接することができて外面だけではなくて内面も揺らぐことが減って内外ともにカッコイイ。」慣れない褒め言葉に思わず照れる。「努力家の知世さんがいてくれたからこそ、俺も一緒に成長できたんだよ。」知世さんは口をポッカリと開ける。その口をキスで塞ぐ。「やっぱり悠人はカッコイイ」その言葉をうまく受け流せるほどにはかっこよくない自分がいた。
23歳の誕生日を迎えた11月の上旬に山梨に一泊二日のドライブ旅行に出かけた。運転中、眼鏡を掛けている俺を見て「悠人。メガネ姿カッコイイ。やっぱり王道の黒縁メガネはいいよね。後で写真を撮らせて。」知世さんのヲタぶりは変わっていなかった。「今度出る同じ学会の時には眼鏡にスーツ姿で来ること。ネクタイは私が選ばせて。」ヒートアップした知世さんには何を言っても無駄なので空返事をする。途中休憩で道の駅に寄った。写真を撮られるのは苦手なので食らうならば毒までもということで知世さんを後ろから抱きしめた姿を俺の携帯のカメラでカップルに撮って貰った。知世さんに消されない内にパスワードをかける。頭一個分の身長差が知世さんに手出しをさせなかった。知世さんが膨れた顔で好物のソフトクリームを食べていく。それでもご機嫌斜めだったので宿までの間、運転を変わった。紅葉で彩られた景色と走りやすい道を運転していく内に趣味がドライブの知世さんが「久しぶりに山道を走るけど紅葉が綺麗で景色を見ているだけで楽しいね。さっきの写真だけど私にもデータをちょうだい。メガネ姿でラブラブな悠人は貴重だからね。」「分かりました。パスワードを外して今送るよ。」パスワードはDear.Tだったことは秘密だ。知世さんの携帯のメール受信音が鳴る。「ありがとう」そう言って楽しいドライブは続いていった。宿が近づいてきたので運転を代わる。宿を見て知世さんが驚く。「私のいつも泊まっている宿とぜんぜん違う。いつもの宿が宿ならこの宿は宿様様だ。」チェックインを済ませワイナリーに向かう。有料のワイナリーガイド付きの見学ツアーがあり貯蔵庫など雰囲気のあるエリアの見学ができた。途中、コルクの簡単な開け方のレクチャー等があったりして楽しい見学ツアーだった。試飲もできて試飲した5種類のうちから2本を兄貴と祐奈さんへのお土産と知世さんとの思い出用に買った。知世さんは悩みに悩んで赤、白、ロゼの三種類全てを買っていた。
宿に戻った。夕飯までの間、十分すぎるほどの時間を取って自慢の温泉を堪能した。俺はせっかくの温泉でも早風呂で自室に戻った。麦茶を片手に小説を読んでいく。知世さんは夕飯の時間ギリギリの19時になってようやく帰ってきた。内湯、露天、サウナのフルコースを堪能して「極楽とはこういうことだね」と呟いた。研究が佳境になるとなかなか湯船にゆっくりと浸かることができない知世さんにとっては幸せな時間だったようだ。自室でお互い慣れない会席料理を食べていく。自室なので最後は美味しくいただければよいと言うことで日本酒の酔に任せて食べ続けていった。食べ終わったら静寂が待っていた。
気づいたら照明を落としていた。
月の光だけがあたりを照らす
他の光はいらない。
あなたの輪郭だけがわかれば良い
指で君の唇に触れる。
唇を重ねる。何度も何度も。
柔らかな体を抱きしめる。
熱い体温を直に感じる。
次第に汗ばんでいく。
あとは夜の帳だけが知っていた。
気づいたら抱き合いながら眠っていた。
「おはよう」
どこか恥ずかしい。
浴衣がはだけている。
お互い真っ赤な顔をして浴衣を整える。
初秋は肌寒かった。
背中合わせになりながら洋服に着替えていく。
恥ずかしくて顔を合わせられない。
それでも一緒に朝食前に散歩に出かける。
水面に浮かぶ赤い紅葉。
河が赤や黄に彩られていく。
どちらからもなく手を結ぶ。
老夫婦から「可愛い夫婦さん」と言われ顔を見合わせ笑う。
左手の薬指の指輪に触れる。
二人の絆。
ワインと花束が革命前夜を告げていた。
FIN.
久しぶりの作品はBGMを前前前世 RADWIMPSをエンドレスでかけ流しました。
悠人と知世さんの物語です。
今まで書きたかったのですが書くだけの度胸が無くて書けなかった作品です
仕事帰りの電車の中で思いついて帰宅してから一気に書き上げました。
お盆休みがある会社が羨ましくなる今日このごろです・・・。
2017/8/15
クーラーと扇風機がお友達の夜
長谷川真美