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「酒宴とは、たくさんの人たちが舞い踊って、お酒を飲む場のことです」

「だから、さっきのあの場には女も酒も用意してあっただろう」

「でも、楽しくありませんでした。楽しいのが酒宴なんです」

「あの領主は楽しげであったぞ」

「楽しそうと、楽しい、は違います。本物の宴は、私たちが帰るときに始まったものの方です」

「本物と偽物があるのか。宴とは複雑なものよ」

 馬の背に揺られながら、二人は長々とくだらない言い合いをしている。

 空には満天の星が煌めいていた。

 木々の間を通り抜ける風は冷たく、前後に寄り添っているのがちょうどいい。

「言うのが遅くなりましたが、来てくださって、ありがとうございました」

「我が美和にしてもらったことを考えれば、これくらい」

 なんでもない、と後ろから抱く腕に力を籠められる。美和は、心臓が焚火の中に入れた竹のように爆ぜた、かと思った。

「迷惑料に美和用の着物をくれるとは、あの男、なかなかもののどおりをわかっておる。星明りの下でも、そなたが輝いて見えるぞ」

 至近距離で微笑まれ、美和の頬に血が上る。今まで、人の顔の美醜にこだわりはなかったはずだ。が、竜神こそとても綺麗に見える。

「わ、私は、いつも通りの私です」

 頭がうまく回らなくて、いつものようにうまく切り返せない美和に、「そうか?」と首を傾げる竜神は、とても優しい声だ。

「……竜神様……」

「なんだ」

 虫の合唱。土を踏む蹄の音。背中に感じる鼓動。耳元に聞こえる竜神の呼吸。わざわざ村から駆け付けて、美和を守ってくれた人。

 今まで、そんな人はどこにもいなかった。いるとも、思わなかった。

 竜神はたった一人。美和に恋心を寄せてくれた人。好ましいと、言ってくれた人。

「名を呼ばれた気がしたが。気のせいか」

 竜神の声がする。視線をさまよわせた美和は、ぽつりと呟いた。

「まだ、お帰りになりませんよね……?」

 この気持ちの正体が、あと少しでわかりそうな気がする。引き留める力が、美和にあるとは思えないけれど。まだ、竜神にそばにいてほしい。

「我はまだ、酒宴というものがわかっていないそうだからな。美和がそれを開いてくれるまで、我はあの家に住むぞ。いいな」

 いいな、と決めつけておきながら、見上げると、その瞳は不安げに揺れている。

 美和は思わず吹き出した。

 竜神が人でないのは明らかだ。本当は、崇め奉った方がいいのかとも思ったけれど、あまりにも竜神がいつもと同じなので、美和は態度を改めるに至らない。

「そうだ。贈り物もまだしておらぬ。どうだ、その目の色を変えて見せるか? 領主の館では、散々な目にあったのだろう。嫌なものになっているのではないか?」

 竜神の心配そうな声に、美和は微笑んだ。

「私の目は、このままが良いです。目の色ひとつ変わったところで、今さら村に帰りたいとは思いませんし、何より、竜神様の鱗と同じ色でしょう? お揃いですね」

 途端に、竜神がこれ以上ないほどの上機嫌になった。ぎゅうぎゅう美和を抱きしめて、「揃いとは、嬉しいものだな」と囁いてくる。

 喜んでくれる相手がいる。子供たちに対するのとは違うその嬉しさに、美和はおずおずとその大きな手に、自分の手を重ねた。

 そこに。

「おい、後ろの二人。俺がいるのを忘れるな。聞いていて耳がかゆくなる」

 とげとげしい声に、美和と竜神は目を瞬かせた。

 目の前の馬に揺られるのは、希旺だ。領主宅まで竜神を案内し、事が済むまで待っていてくれた。

 正直、忘れていた美和は顔を真っ赤にし、竜神は甘い空気を壊されたと立腹した。希旺と竜神の言い争いが始まる。

 美和は首をすくめて、しょうもないやりとりを聞いていた。その間も、宝物を扱うように、竜神が美和を抱きかかえてくれていることが、何より嬉しい。

 やがて、明かりの灯った小屋が見えてきた。

 子供たちの影が、遠くで手を振っている。

 美和は振り返ると、希旺に対して目を吊り上げている竜神の手を、そっと引いた。竜神は美和を見下ろす。美和は微笑んだ。そして、少年たちを指差す。竜神は目を細めた。

「ただいま、だな」

「はい」

 答えた美和の声に呼応するかのように、風が二人の髪を揺らした。

 愛しい我が家まで、あともう少し―――。


【了】











≪おまけ≫


「美和、美和」

「なんですか」

「美和、こっちを向け。縫物をする手を止めよ。我が話しかけているのだぞ」

「よし、できた。はい? 何か用ですか?」

「うむ。これを見よ」

「……蛇の抜け殻ですね」

「そうだ! 我も、人の皮を脱いだら、このように干からびた殻が残るのだろうな!」

「……竜神様の干からびた姿など怖くて見たくありません」

「美和ならそう言うと思っておったぞ。我はこうして身の詰まった、生きのいい姿が最良と言いたいのであろう。我も美和のことがわかるようになってきた。旦那の鑑だな。うむ」

「私たち、いつ婚儀を上げましたっけ……?」

「そういうわけで、これを美和に進呈する」

「は」

「我の脱皮したものをやるわけにはいかんからな。本来の姿では今のように、美和に触れ、話をすることができぬ。まだしばらくは、我は美和と、こうして膝を並べて一緒にいたいのだ」

「竜神様……ありがとう、ございます」

「美和の照れた顔は、可愛いな。困った顔が秀逸と思っていたが、それ以上だ」

「そんなこと考えてたんですか」

「美和、顔が怖いがどうした?」

「……いえ。あの、竜神様」

「なんだ」

「珍しくもな、いえ、使い道のない、いえ、そうじゃなくて、えーと」

「なんだ、歯切れが悪いな。そんなに蛇の抜け殻に感動したのか」

「興味深いものをいただいたお礼に、こちらを差し上げます。贈り物交換です」

「ん? 今できあがったばかりの縫物か?」

「私の涙の真珠を領主様が返して下さったので、それを売ったお金で生地を買ったんです。竜神様、うちにある着物は着心地が悪そうにしていらっしゃるから」

「……この布、今着ているものよりずっと、手触りがいい」

「はい。絹とまではいきませんが、丁寧に仕事されたものです。ちくちくしないでしょう?」

「ああ……似合うか」

「お似合いです。着心地はどうですか」

「良い。……美和」

「きゃっ、りゅ、竜神様? どうされました?」

「我は美和に優しくされると、胸が苦しくなる。我は美和の優しさに触れるたび、おのれの器の小ささを思い知るのだ。美和は常に相手のことを考えているのに、我は自分のことばかりだ。嫌になる」

「そこまで大げさに考えなくても……」

「考えさせてくれ。我が、美和に優しくできるように」

「……はい」

頬を染めた美和は、力強い腕に抱きしめられたまま、その胸に顔をうずめた。



「俺たち、いつ出ていけばいいと思う? 腹減った、翔宇」

「みちゃ、だめ。ごはん、つくろ? 砂仁」

「わーったよ。あーあ、雄大、元気かな」


【了】

お付き合いいただき、ありがとうございました。

※お時間のある方は番外編「小咄」もどうぞ。

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