【7 立入禁止令】
怪しげな実験を経て、どうにか化学部に落ち着いた朋日。
ひとしきり調べ物を終えた松宮は窓辺に椅子をおき、頬杖ついて眺めるともなく外をみていた。寒くなってきたというのに生徒たちは元気なもので、ふざけあいながらグラウンドのほうへ消えていく。
数年前まではあの中に自分もいたはずなのに、こうしてみると随分前のことのように思える。
「平和だなー」
思わず口をついて出た言葉にこたえる声があった。
「平和ねー、松ちゃん」
「うわあ!」
いつ入ってきたのか隣で同じように朋日が頬杖ついている。飛び上がった松宮に呆れ顔で朋日が言う。
「何驚いてんの」
松宮は「口から心臓が飛び出るかと思った」などといいながら胸を撫で下ろしている。
「いつからそこに」
「ホームルームが終わってからずっといるけど」
つまり、十分も前からそこにいるというわけだ。
「…そう」
気付かなかった松宮が鈍いのか、気付かせなかった朋日が凄いのか。
「亨日兄、帰って来てるよ」
「知ってる」
当然のようにかえってくる言葉に朋日が意味深に松宮を見つめる。当人、再びぼけら〜っと外の景色を眺めているので朋日の視線には気付かない。どうやら単に今日の松宮の様子がおかしいらしい。心此処にあらずといった具合だ。
「ふ〜ん、『知ってる』ね。会いにこないの?」
「別に、…用もないし」
「恋人でしょ」
「だ、だ、誰がそんなこと」
朋日の言葉に面白いくらい焦っている。ぶわっと汗が噴出す。
「二人見てればわかるよそのくらい」
「違う、…俺が、一方的に」
好きなだけだ、という声はわずかに聞き取れるくらいの音量で、真っ赤になって言い返す松宮はやたらと幼い。
「松ちゃん、かわいー」
うりうりと頬をつつく朋日に松宮は「大人をからかうな」と怒っているが、真っ赤になったその顔で言われてもちっとも恐くない。
「私、今日帰るの遅くなりそうなんだよねー、亨日兄一人で夕飯食べないといけないんだ。可哀想だとおもわない?」
「誰か、夕飯作ってくれる人いないかなー」
「彼女とかいないのか?」
「いないよー、でも亨日兄もてるから、ぼーっと指くわえて見てると、とんでもない女にひっかかってくるかもね」
「行くっ!」
「よっ、ガンバレー」
松宮を送り出した朋日は、松宮が帰ってしまい実験ができず昨日の結果をまとめている柳と背中合わせに座り、なにやら読書に励んでいる。
ある意味静寂であった。
それも突然の来訪者に破られる。
「里丘っ!」
扉を開ける音も乱暴に一人の男が飛び込んでくる。
「藤森、久しぶりー」
うってかわってのんびりと返す朋日に怒りに満ちた表情で藤森が詰め寄る。
「お前、飯田があの中にいたこと黙ってただろ」
さっぱりわからない、突然やってきて何を言い出したのかと首を傾げる。
「?」
「とぼけんな、俺に近づくなって言いに来た奴らのなかにだよ」
「あ〜」
先日の裏庭でのことに思い当たり、もうばれたのかと曖昧に相槌を打つ。
「やっぱり。どうして言わなかった?」
「待ってよ、何か関係あんの。結果的に両想いだったってことでしょ、問題はないじゃない」
怪訝に眉を寄せる朋日に藤森は納得できない様子で更に詰め寄る。
「ダチにんなこといわれて、のほほんとお付き合いなんてできるわけねーだろーが!」
その台詞に頭を抱える。
「…バカ。お前はキング・オブ・バカだ。先ぱーい、どう思う? 普通の男はダチより彼女優先だよねー」
振り返り先輩の意見を仰ぐ。
「俺は何をおいても実験優先だがな」
全く興味なし!といわんばかりに背を向けたまま返答してくる柳に朋日が慌てた。
「ちょおっと待て! この人は例外だ。見るな、聞くな、異常が伝染る。命が惜しかったら近づくな!」
実験結果をまとめていた柳が朋日の言葉に手を止めた。
実験簿と書かれたそれは、昨日の実験で蓋代わりにされ無残にも裏表紙がでろーんと融けていたが全く気にする様子もない。
一見神経質そうに見える銀縁眼鏡の奥はなんにも考えていないようにも見えるが一旦実験を始めると怪しい色に変わる。
およそ繊細とはいえない神経の持ち主だな、と昨日実感したばかりなのに失念していた。
いったいあの成分は何だったのだろう?
裏表紙が厚かったため中まで浸食してはいなかったが。
紙を溶かすほどの液体だったことは間違いない。
「俺はLEVEL4ですかい!?」
感染後、発病したら必ず死に至る細菌と同等の扱いをされて、ムキッと振り返る。言葉づかいが微妙におかしい。
「似たようなもんでしょ」
ばっさりきりすてる朋日に「否定してほしかった」と柳の顔には書いてあるが昨日の今日でそれは無理な相談というもの。
「だいたいゴーレムだかゴム人形だか知らないですけど本気で造ろうとしてる人間なんか細菌扱いで十分です!」
いじいじと机相手に拗ね始めた柳に追い討ちを掛けるような暴言を吐き続ける。
「楽しそう…」
そんなやりとりをきいていた藤森がぼそっともらす。
「里丘ここで何してんの?」
白衣に身を包んだ朋日と柳に気付いたのかきいてくる。
「あ、これ? 化学部に入部したんだよ〜ん。こちらが唯一活動している部長で部員の柳先輩。図書室行くよりこっちの方が近いし、(柳が)観察しがいがありそうだったんで思い切って入部してみました〜」
実害さえ無ければこんないい観察対象はいない。
ふふふっと楽しそうに笑い、白衣を見せびらかすようにくるりと回ってみせる朋日にいいことを思いついたとばかりに藤森が手を上げる。
「はいはいはーい! 俺も!」
「なに?」
なにが「おれも!」なんだ?と問い返せば、
「俺も入る!」
藤森がおもいがけないことを言い出す始末。
「はあっ!?」
「入部する!!」
「させるかー!!!」
やっと、やっと安息の地を発見したのに、荒らされてたまるかとつっぱねる。
「どうしてだよ?」
理由なんて聞くまでもないだろうに。
「彼女はどうする」
「別れた」
あっさり言い放つ藤森に、あぁあああ〜とうめきながら朋日が頭を抱え、しゃがみ込む。
「とばっちりがこっちにくるじゃねーかよー。そしてまた取っただの取られただのあらぬ疑いをかけられて平穏無事な学校生活に支障をきたすはめになるんだ」
悪口雑言。
こんなやつだとわかってはいたが、本当にどうしようもないほどこんなヤツだ。
あっけにとられて藤森はぼーぜんと朋日をみつめる。
「里丘って、口開くととんでもねー人格があらわれるよな」
藤森の失言に恐ろしい形相で睨みつける。
こんな性格さらけださせてんのはてめーだろうがと恨みを込めて。
「ぁあ?」
口から出たのは不良も尻尾巻いて逃げ出しそうな、不快感丸出しの声。
「こえー」
ざざっと引いた藤森(なぜか、柳も机の下に隠れている…)をびっと指差し言い放つ。
「うっさい。柳ちゃん、間違ってもこいつに入部届け渡さないでよ!」
柳を見る瞳からはビームが出そうだ。
「おぉおー、段々格が落ちていくー」
苦悩している柳を尻目に、朋日は更に藤森へと最後通牒をたたきつけた。
「藤森は化学室立入禁止!」




