【6 謎の物体X】
安息の地を求めてさまよう朋日。図書室から化学室へと舞台を移す。
白衣に身を包んだ二人は、広い化学室の中「こっそり」という表現がピッタリなほど隅のほうの実験台で、なにやら実験を開始していた。
「柳先ぱーい、なんか煮立ってますよー」
実験開始から焼くこと煮ること数十分。
原形とどめぬそれは、ビーカーの中おどろおどろしい色を揺らめかせながらバーナーによって熱せられ噴き零れんばかりに煮立っていた。
かなりの時間火にかけられ、水分も多少飛んでいるはずなのに、それは量を減らすどころかますます重を増しているようだ。
「ぐつぐついいだしたらガス止めて」
グツグツ?
頭をぐぐっと横に逸らしビーカーを眺める。
……そういうことは先に言ってくれ!
既にそれはぐつぐつを通り過ぎて、ぼっこんぼっこん、マグマのように波打っている。
「ビーカーから謎の液体溢れそうですっ」
「蓋っ!」
せわしく、別のビーカーを掻き混ぜながら指示してくる。
「蓋って言っても、あ、これでいいか」
辺りを見回し、手近なもので封印する。
蓋というよりはその方がしっくりくる。
いまにも飛び出してきそうなそれはバーナーをどけた今も変わらず沸騰している。
「何、作ってるんですか?」
後ろからのぞき込むと緑色のこれまた、まがまがしい液体を黙々とガラス棒で混ぜている。
「……」
段々粘り気が増しているようだ。
「練り消し?」
時々横に置かれたフラスコの、透明だがトロリとした液体を入れては、訳の分からない文字の書かれた紙を千切り入れ、ぶつぶつ呟いている。
「アラ……、エッ……」
声が小さくてよく聞き取れない。
「粘土?」
高校生にもなって、それはないだろうと思うがどうみてもソレは油性の粘土。
保育園の時使用したアレ、そのものだ。少々どろりとしてはいるが。
「……」
「実はただの消しゴムとか?」
掻き混ぜる手の速度は増していく。カチャカチャとガラス棒がビーカーにあたる音も速さを増す。
「静かに!」
試験管たてから順に、緑、茶、透明、赤の何で作られたのか知りようも(知りたくも)ない溶液がビーカーの中へ注がれる。
バーナーの火が落とされてもくつくつと煮え立つビーカーの中では、またもどよーんとしか表現出来ない色がゆらゆら。
ぽこっと時折可愛いらしい音をたてて弾けている。
「?」
ぽこっという音が、ぽこぽこっと早いものに変わり、もりっと音をたて盛り上がる。
「!?」
それは、もりもりっと成長を続けビーカーに納まるはずもない質量で盛り上がり、ピクピクと蠢き。
「!!!!」
パァーン!
一瞬、閃光を放ち。次の瞬間、激しい破裂音と共に弾け散った。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!」
二人飛び上がって抱き合う様はコメディー以外の何物でもない……。
「柳さんって、マッドだったんですね」
散々な実験結果のあと、服にまで染みを残し飛び散った謎の液体を雑巾で拭き取りながら里丘が表情もなく感想を述べる。
「何をいう、神秘の生物を造り出そうというこの心意気がわからんのか」
自分は焦げついた実験道具をたわしでごしごしと洗いながら弁明する。
「神秘の生物というよりは謎の物体じゃないですか! 叫んでたのは誰でしたっけ」
恨みを込めて柳を見る。
ナメクジをつぶしたらでてきそうなねろんとした液体を、ひたすらねちょねちょと雑巾で集めていた里丘が、それを振り上げ今にも投げつけそうなのを察して流しの向こうへ隠れる。
驚くほどの俊敏さで。
そして、目から上だけを実験台からだして言う。
「……あれは、喜びの声だ」
恐怖のあまり叫んだとは口が裂けても言えない性格らしい。
里丘の肩ががっくしと落ちる。
「はあ〜、明日からは一人でしてくださいね。邪魔にならないよう端のほうで本でも読んでますから」