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【5 化学部入部】

はぁ〜、なんでそうなるかな? 朋日の溜め息は今日も数えきれないほど吐き出される。安息の地はどこにある!?

「ちょっと可愛い顔してるからって他のクラスの男子にまでちょっかい出さないでよ」

 きりりと形のよい眉を吊り上げひどい剣幕で(まく)し立てる。

 そう言われても、皆目見当がつかない朋日は目を白黒させていた。

「???」

「黙ってないで、なんとか言いなさいよ」

 更に別の子が言い募るのに、既視感(きしかん)を覚える。

 ―――そういえば、あの時も

 藤森の一件で呼び出されたときもこんな風に数人の女子と相対した。何ゆえ女の子は集団になるのだろう。

「あの、状況が見えないんだけど」

 なんとか言えと言われても、まず何の話なのかがわからないでは話にならない。

「とぼけないでよ、三組の藤森君がダメだったからって、次はうちのクラスの紀田君だなんて虫が良すぎるんじゃないのっ!?」

 ―――藤森がダメ?で、次が…紀田? ……!…勘弁してくれよ…


「恐ぇー、女が集団で一人を締め上げてるぞ」

 昼食を終えた一団がぞろぞろ教室へと引き上げていく中、一人が何気なく見た窓の外、女生徒の集団が険悪な空気を発していた。中庭は二階の窓から見下ろす形になるので女生徒たちは見られていることに気付かない。

「隣のクラスの里丘じゃねーか」

 また別の一人がはじめの男子生徒の肩越しに窓の外を見ていう。

「そういや俺こないだも見たぜ。藤森に近づくなって脅しかけられてんの。あっさり頷いてたけど、藤森とはどうなってんだろうな」

 また別の一人がいう。あっという間に窓には人だかりが出来ていた。

 その中に、まさか自分がその女生徒たちの話の当事者だとは知らぬげに紀田がいた。

 紀田は隣にいたクラスメートの話が気になるらしい。

「前にもあったのか?」

「一週間位前に、別のとこだったけど呼び出しくらってた。メンバーも違うみたいだな」

「あれってもしかしてうちのクラスの女子じゃないか?」

 前のほうの一人が指して言う。紀田もその集団に目を移した。確かにクラスメートの姿がある。

「本当だ、一番前にいるのって小泉じゃん」

「あいつら何やってんだよ」

「里丘、泣くんじゃねーの」

 別の誰かが心配そうに言うのが聞こえた。

「紀田、お前小泉と仲いいじゃん、止めてこいよ」

 言われるまでもなく、紀田は中庭へと猛ダッシュしていた。



「お前ら、一人を集団で囲んでなにやってんだ!」

「紀田君!」

 さっきまでの威勢はどこへやら、おろおろ狼狽(うろた)え始める。泣きだしそうな子すらいる。

 朋日は「しめた」とばかりに、(いきどお)る紀田のシャツをひっぱる。

「丁度いい、この子たちに説明してくれない? 誤解してるみたいなんだけど、聞いてくれなさそうなんだよね。あなたたちも本人の口からはっきり言ってもらった方がすっきりしていいでしょ。後、よろしくね」

 交互に目を移して話すと、泣く素振りなんて微塵もみせず後を紀田に任せて何事もなかったかのように去っていく。

 呆気に取られているのは女生徒だけではない。紀田もぽかんと朋日を見送った。



 朋日は中庭からその足で化学準備室に来ていた。

 ココ以外、構内で落ち着ける場所がない。

「松ちゃーん。ちかれたよー」

 松宮にカフェオレを要求しておいて、自分はだらりと机に張り付いている。

「…朋日ちゃん、一応君は学生なんだからそうそう化学準備室に入り浸らないように。いくら幼なじみでも、俺が先生だということに変わりはないんだから。特別扱いはしたくないんだ」

「そーだねー、また変な話になっちゃうと松ちゃんにも迷惑かかっちゃうだろうしな〜」

「変な話?」

「う〜ん、なんでもなーい」

「最近よくここにくるようになったのと関係あるのか?」

「おっ、なかなか鋭い指摘」

「ちゃかさない。朋日ちゃんがよく眠るのはストレスのせいだって、亨日が言ってたのを思い出したんだよ」

「六限は出るからさ〜、少し寝かせて」



「ねぇ松ちゃん、兄貴ってクラブ入ってたっけ?」

 二十分もそうしていただろうか。朋日はムクリと体を起こすと机に向かう松宮の背中に話し掛ける。

「ん〜? 亨日はいろいろ試合があると借り出されてたな。余計な力が有り余ってたからね」

 自分の調べ物もあるだろうに、律儀に返事してくる。

「亨兄は人付き合い上手いもんね」

「そのくせ特定のクラブには所属してなかったな」

「私がいたからだよ。親父も母さんも、滅多に家に居なかったし、小学生の私一人家においとくわけにはいかなかったんでしょ」

「あ、…ごめん、考えなしだった」

 くるりと向きを変えて殊勝な態度で頭を下げる。

「よいよい、松ちゃんは嫌みでそんなこといわないってわかってるから」

 冷めたカフェオレをぐいっと飲み干す。

「朋日ちゃんは、クラブには入らない?」

「そだねー図書室にも、もう行けないだろうし。考えてみるかな」

「運動部は?」

「あの連帯感がやーなんだよね。先輩後輩の縦社会も好きじゃないし」

「文化部は?」

「なにかお勧めある?」

「美術部とか」

「…私の成績知ってて言ってんの? 赤点ぎりぎりだよ」

「弱点克服にはもってこいじゃない」

「じゃない!」

 断言できる。芸術系にはぜぇーったい向いてないって。

「松ちゃん顧問してるクラブとかないの」

 なんとはなしに流れで話を振る。大抵の先生方は二つ以上のクラブを掛け持ちで受け持っている。

 顧問だけでなく、副顧問という役職が存在するからだ。

 ちなみに松宮は弓道部の副顧問に就いている。

「あるよ、か…」

「か?」

 言葉に詰まる松宮にん?と朋日が体を乗り出す。

「ダメ! 俺が受け持ってんのは同好会寸前の弱小だから活動も一人しかしてないし」

「へー」

 焦って妙な言い訳をしている松宮に朋日は腕組みをしてドッカと椅子の背もたれに背を預け、組んだ足をゆらゆら揺らしている。

 視線は斜め上を見ている。なにやら考え事をしているご様子。

 ざわりと走った悪寒に肩を竦め、松宮が恐る恐るきいてくる。

「何か、やなこと、企んでない?」

 足がぴたりと止まる。

 視線は松宮をロックしている。

「決めた。そのクラブに入る! 入部届け頂戴」

 差し出された手にずりっと後ずさる。

「しまった…」

 時既に遅し、迂闊(うかつ)にも問題児を一人補充してしまったようだ。



 思いたったが吉日。

 朋日は五、六限目の休み時間を利用して二年の教室へと来ていた。

「柳先輩ってこちらのクラスですよね。いらっしゃったら呼んでいただけます?」

 戸口の生徒をつかまえて化学部部長の柳を呼び出してもらっていた。

「柳ー、一年の子が呼んでるぞ」

 教卓の前で友人と話し中だった男子生徒が呼ばれて振り向く。

「おー」

 やたらとひょろ長い。

 第一印象はそんなカンジ。

 158センチの里丘とゆうに30センチは違うだろう。銀縁眼鏡の奥に細い瞳が、見えるともなく見えている。見上げる朋日を上から見下ろすと首をかしげた。

「どちらさん?」

「一年の里丘といいます。化学部の活動曜日を教えてもらおうと思って」

「月〜金、そんなのきいてどうすんだ」

「入部したのでよろしくお願いします」

 …………。

「は?」

「ではまた」

 軽く敬礼を送ると点目になった柳を残し六限目の授業を受けに教室へと戻った。

 その日の放課後、顧問一人、部長一人、部員一人という化学部は化学室へと集まっていた。

「というわけなんで、ひとつよろしく頼むよ」

 顧問の松宮が手短に挨拶を済ませる。

「本気なんだ?」

「はい」

 顔合わせを終え、お役御免とばかりに準備室へ引っ込もうとしていた松宮がふと思い出したように足を止めた。

「柳、先日みたいなことは、できればなしの方向で」

「失敗は成功の母です、松宮先生」

 きっぱり言い切る柳にこれ以上の言葉が意味を持たないことを悟り、内心松宮は空しくため息を吐く。

「…ほどほどにね」

 そんなやり取りに朋日は首を捻る。

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