【3 問題勃発】
藤森との出会いから約一週間。早くもなにやら不穏な気配が。
「里丘さん、ちょっといい?」
昼休みが半分過ぎた頃だった。昼食を学食で済ませ、戻った教室で、午後の授業が始まるまで少し寝るか、と机に顔を伏せた里丘に声がかかる。
「はい?」
見慣れぬ女子に呼び出され、ついてきて欲しいと言われる。断る理由もないのでてれてれと後に続く。
連れ出されたのは校舎の裏。上履きのまま出れるので不自由はない。
そこには数人の女生徒たちが集まっていた。剣呑な空気になにごとだろう?と首を捻る。
呼びに来た彼女はくるりと向き直ると開口一番。
「藤森君と付き合ってるの?」
率直でいいが、面識もないのにもう少し話の持って行き方というものがあるだろうに。
思いつつも、心当たりのないことに首を振る。
あっさりと否定されて、用意していた言葉が出せないのか、一同にしらっとした空気が流れた。
「……」
「……」
互いに妙な間ができる。
「いつも一緒にいるじゃない」
そんな空気に負けじと後ろで控えていた女の子が口を開く。
―――その為の要員か?
「別に」
いつもといわれるほど引っ付いて回った覚えなどない。
ここ一週間ほど図書室で他愛ない話に不毛な花を咲かせている程度だ。
「放課後の図書室で一緒にいるのを見た子がいるのよ」
また、別の子が言い募る。
「最近ね。暇なんじゃない」
だからなんだというのだ、藤森の予定なんか知ったことではない。
「近づかないでくれる。彼のこと好きな子とかに迷惑でしょ」
何が誰にとってどう迷惑なのかは知らないし、自分から近づいた覚えもないが反発するのもアホらしい。
ようするに、藤森に会わないようにすれば彼女たちの気持ちは納まるのだろう。
「いいよ」
これ以上の口論は時間の無駄。その条件を承諾すればすむのならば、と頷く。藤森に合わないからといって里丘に不都合なことは特別ない。
反論されるかと身構えていた女の子たちがほっと息をついたのがわかった。
終わりかな。とその場を立ち去るために背を向ける。
その背に後ろから声がかかる。
「ありがとう」
お礼を言われる筋合いはないが、わざわざこんなところまで呼び出してくれたのだ。それくらい素直に受け取っておこう。
「いえいえ」
振り返らずに手を振る。
彼女たちの表情までは見ない、関係ないことだから。
そんなことには髪の先程の興味も沸かない。
「藤森」
偶然にも、五限目の移動教室からクラスへ戻る藤森を見かけたので面倒なことはさっさと済まそうと呼び止める。
「よお、珍しいな。里丘から話しかけてくるなんて」
「まあね」
確かに。
藤森とは図書室以外の場所で話をした記憶がない。
彼女達が心配する要素など二人の間には微塵もないのだが。
「放課後、図書室行くんだろ」
恒例となりつつある図書室通いに、連れができたのもそれはそれで楽しかったのだが事情が変わった。
「私はそのつもり。そのことで話があるんだ」
「なに?」
移動していく群れの中に先刻の女子達の姿を見つけて言葉を濁す。
藤森と同じクラスの女子だとは思わなかった。
まあ、考えてみればその方がしっくりいくのだが。
「場所変えない」
「おう」
午後の授業が終われば放課後まで話す機会はない。今の内に話しておいたほうが懸命だろう。
「で、話って?」
人気のないところまでひっぱってきたところで藤森が尋ねる。
「彼女、飯田さんだっけ、告る気無いの?」
「話がみえねーんだけど」
突然そう切り出した里丘に面食らっているようだ。
遠回しにいうのはやめだ。藤森には直接話したほうが妙な誤解を生まないですむ。
「藤森のこと好きな子がいて。放課後、私と会ってるのが気にいらないみたい」
里丘の歯に衣着せぬ物言いにさすがに察したのか眉をひそめる。
ここまで言って気がつかないならこいつは馬鹿だ、と決めきっている里丘の期待を裏切らない。
「何か言われたのか」
「うん」
「別に気にしなきゃいいじゃん」
気にはしていない、実害はなかった。…といえるかどうかは甚だ疑問だが。
「そうなんだけど。藤森を好きな子にしてみれば、不安なんじゃないの」
例え現在二人に友情以上の感情が無くとも、藤森は男で里丘が女だという事実は変わらない。何がきっかけで進展するかわからないからこそ彼女達は不安に駆られる。
「ああ、そういうことか」
「そういうこと」
理解していただけたようだ。
「言ったの誰?」
藤森の眉間に寄ったシワが不快を示しているのはいやでも見て取れる。
「教えない」
聞きそうだとは思ったが、ここで答えるのは不味いと頭が判断する。あの中には例の彼女もいたのだ。
「俺そーいうのムカつくんだよね、俺に直接言えばいいじゃねーか」
そうそう、言えば藤森がどういう行動にでるかわかるから。言わないで済むことは言わないに越したことはない。
「それができるならとっくにやってるでしょーが。告白するのって勇気いるっしょ?」
言われて、藤森が言い澱む。
彼自身、告白に踏み切れていないのだからその心理はよくわかるのだろう。
「…」
好きな人に対して臆病になるのは誰でも同じ。彼女たちが特別じゃない。
偽善でも、傷つく人が少なくて済むのならその方がいい。
「説明終わり」
「迷惑かけたな」
すまなそうに頭を下げる藤森に里丘が笑う。
そんなの迷惑のうちには入らないよ。
「かまわない。じゃあね」
―――放課後
「で、なんでまた来てんの」
いつも通り姿を現し向かいの席に座った藤森に、おいおいといった表情で里丘が話しかける。
これでは、彼女たちの前で藤森を連れていったことが逆効果になる。
事実とは関係ない妬みもソネミも受ける筋合いはない。
「やっぱりおかしくない? 俺たちが会おうと会うまいと関係ねーじゃん」
思ったよりシワの少ない脳ミソで考えたらしいが、少ないシワは急には増えないものだ。
「そんなの女の子たちには通用しないよ」
「ダチなら普通だろ」
口を尖らせてもダメ。
「考えが浅いねー。異性間での友情はありえないって子たちにそんなのが通じるわけないって」
「里丘もそう思ってる?」
んな訳ないじゃん。
「思ってないよ。一般論ってやつでしょ、基準が誰だかしんないけど私は藤森のこと特別な感情で見たことない」
「俺だってそうだよ」
女の心理は単純で複雑なのだよ藤森君。里丘は物分かりの悪いワトスンに謎を解く鍵を与えるときのホームズのような心境である。
「面倒だな。また、明日もここに来る?」
「当っ然」
がっちし顔の横でガッツポーズをつくる藤森に里丘は頭を抱えた。
―――やる気満々のこいつを、誰かどこかに埋めてくれないか?
「わかった、私は明日からここには来ない。できるだけ早くコトが解決することを祈るよ」
言い残すと荷物をまとめて図書室をあとにする。
―――翌日の放課後
「藤森ー、今日は彼女のとこいかねーのかよ」
何のクラブにも所属していない藤森は、ぼーっと窓の外の雲を、見るともなしに見ていた。
ドンと背中をつかれ衝撃で勢い余って額を机にぶつけた。
痛〜い痛〜いおデコをさすりさすり恨めしげな顔でギロリと見上げればにやにやと笑うそいつ。
鈴木が立っていた。
「か〜の〜じょ〜?」
鈴木は隣の席の椅子を引きずり寄せ座ると、このこの〜とわき腹に食い込むほど強く肘でつついてくる。
―――だから、痛ぇっての!
「そんなもんできた覚えも、作った覚えもねーよ」
否定する藤森に鈴木がわき腹をつつくのを止め、机に腕を突きその上に顎を乗せて言ってくる。
「ここんとこずっと通ってたじゃねーか。用もないのに楽しそうに図書室。彼女できたんじゃねーの? クラスの女子共が噂してたぞ」
その根も葉もない(根はないが葉はあるか?)噂のせいで俺は里丘のペースを乱しちまったんじゃねーか。
苛つく気持ちが机を叩く。
「里丘とはそんなんじゃねーよ。ただの友達だ」
里丘とは放課後の図書室でしか会ったこともねーし。別に彼女にしたいと思ったこともない。ただ、話していると楽なのだ。
好きな子相手に話すのはドキドキするし、ちょっと緊張したりもする。何より楽しい!
でも、藤森にとって里丘はそういう相手ではない。
話せば話すほど、何というか『男友達』という感覚が強くなっていく気がする。本人に言ったら拳が飛んできそうだ。
さばさばしているところも、口の悪さも、考え方も。里丘は藤森にとって間違っても恋愛の対象にはなりえない、色恋とは無縁のところにいる存在だ。
「えっ! お前が会いに行ってたのって三組の里丘か!?」
―――何だ? やに食いつきがいいな
里丘の名前を出すと鈴木の眼の色が変わる。
「紹介しろっ!」
「はあ?」
これは予想外の反応だ。
「俺、あーいう子タイプなんだ。静かで控え目で可愛いけど、一人でいること多いしなんとなく話しかけずらいとこあるじゃん。その点、お前を通してだったら上手くいきそうな感じしねー?」
―――里丘の本性を知らないと、こんなそら恐ろしい台詞を吐くヤツもでてくんのか?
里丘は可愛い。
目はぱっちりで真っ黒い髪が腰まである、『黙って』座っていれば日本人形のようだ。身長は150後半くらいでスタイルもいい、ウフフと上品に笑い、『黙って』立っていればどこのお嬢様だといわれてもおかしくない容姿をしている。それは認める。
が、そう、この『が』が問題だ。
言い換えるならば「しか〜し」でも可。
確かに外見は文句のつけようがないほどに可愛い。が、『黙って〜〜すれば』というのが必須だ。
話してみなければ判らないギャップというものが、人には多々ある。鈴木の考えるようなイメージを持って里丘に接したら理想がガラガラと音をたてて崩れていくのは想像に難くない。
憐れみを浮かべた目で藤森は鈴木を見た。
「…しねーよ」
お前のためにも、里丘だけは紹介しないでおいてやる。
鈴木、理想が理想でありつづけることを祈るよ。
藤森の肩を掴みガタガタ揺さぶり紹介しろといい募る鈴木の声を遠くで聞きながら、藤森は心に固く誓った。