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【1 出会い】

藤森との出会い。彼と出会ってから里丘の平穏な日々が変化していく。

 腰まで有りそうな長い髪を無造作に一つに束ね、図書室の中でも奥まった場所にある閲覧席に彼女はいた。

 空調の聞いた室内は、寒くなりはじめた外気を感じさせることはなかった。

 読書の秋とはよくいったもので、図書室は結構な賑わいを見せていた。

 しかし、放課後の図書室は閑散としていて、常連ばかりが顔を並べる。

「ここ、あいてる?」

 突然の来訪者は広々とした席を選ばず、何故か前後を書架に挟まれた彼女・里丘の前に陣取る。

 自習時間には人気の席だが、放課後ともなると里丘の特等席へと変わる。

「どうぞ」

 どけというなら話しは別だが、向かいの席くらい好きなだけ使ってくれとばかりに顔も上げずに返す。

「…xが…yは? ああ、xの二乗がこっちへ移項するのか、でyイコール。なるほどね」

 しばらく中学時の数学をふむふむと頷き解いていた里丘だが、向かいから飛んでくる視線に気付き頭を上げた。

「あ、ごめん。(うるさ)い?」

 いつの間にやらでていた独り言に機嫌でも悪くしたのかと思い謝る。

「いや、それって課題?」

 ノートを指差し尋ねてくる。

「ただの趣味。好きなんだ、計算問題って」

「変わってるっていわれない」

「そんなの気にしない」

 別に人の目など気にしない。『言いたいヤツには言わせておけ』というのは兄の口癖だ。

 ガラッとドアが開く音につられて目を向ける。

 長身のその人は脇に雑誌を抱えて入ってきた。

 人目をひくのはその身長だけが理由ではないことが遠目にもわかる。

「知ってる?」

「うん、かっこいーね。思わない?」

 じろじろと不躾(ぶしつけ)なくらい眺めておいて、質問に質問でこたえる。

「…俺、男なんだけど」

 その質問は普通、男にはしないんじゃないか、と声が語っていた。

「見れば分かる」

「……」

 あっけらかんと返ってきた言葉に、言葉をなくす。

 そこで説明不足だったことに気付き里丘が言葉を付け足した。

「格好がいいっていったんだよ。なんていうか、スタイル」

 首をひねる。

「体型?」

「違う、かな。形もいいんだけど、動きとかいろいろ。その人の色みたいなものかな」

 ああ、なるほど、と手を打つ。

「俺は?」

 苦笑して、向かいに座る相手に本日初めてまともに目を向ける。

「どうだろう。目に留まったものにしか、興味がいかないとこあるから。いい男だとは思うよ」

 聞きようによっては失礼だと思う言葉をさらりと伝える。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「数学好きなの?」

 気を悪くした様子もなく、再び里丘の手元に視線を移してくる。

「まあね」

「得意なんだ?」

「そうでもないよ。計算問題は好き、文章問題は嫌い。現国の文章問題は好きだけど」

 どちらも文章問題に変わりはないんじゃ?と素朴な疑問が浮かぶ。

「どこか違う?」

「現国は本を読むのが好きだから苦にならない。けど、数学の文章は何を言っているのかわからない。答えはでるんだけど、それを式に表わすのが苦手」

「答えはでるんだ?」

 そんなことがあるのかと目を丸くする相手に、質問で返す。

「そういうことない? 読んでるうちに答えはこれだ、っていうこと」

「ない」

 即答されるが、事実は事実。

「多分頭の中で式を組み立ててるんだとは思うんだけど、いざ、書こうとすると消えていく感じ。だから、答えだけが頭に残ってんじゃないかと思うんだよね」

「へー、すごいな」

 感心されても困る。特別なことじゃない。

「答えだけ残ってても仕方ないんだけどね」

「どうして」

「点数にはならない」

 そう、式がなければ答えが出ていても何の意味もなさない。答えよりも過程が大事。

「それは確かに」

 納得気に頷くその人に、こんな話しを真面目にしているのが可笑しくなる。

「面白い人だね。名前は?」

 学年章が同じ学年だということは教えてくれていたけれど、名札はないので尋ねる。名前を知らなければ呼ぶとき不便だ。

藤森(ふじもり) (さとし)

 聞き覚えがない。

 里丘にしてみれば他のクラスの人間とは関わりようがない上、興味もないので余程のことがない限り名前など覚えもしないというのが現実なのだが。

「藤森、いい名前だね」

 紫色の鈴なり状に咲く花が里丘の頭にイメージとなって浮かぶ。

「どこにでもある名前だろ」

「そうかな? 私の周りにはいないな。藤の花って好きなんだ。よくカンザシとかであるじゃない? あれが小さいとき欲しくって」

 七五三の時、そのカンザシをしている子をみて駄々をこねた里丘に兄がどこからかその花を持ってきて頭に飾ってくれた。

 なぜかおでこに紫のしみがのこり、おもっていたよりずっしりと頭に重かった。

 後からわかったことだが、あれは藤の花ではなかったらしい…。

「あ〜、あれね」

 知っているのか相槌(あいづち)を打つ。

「そう、あれ」

「俺んちあるよその花、母親が好きで道路沿いの庭にびっしりと」

 手振りを交えて話す。

「藤棚あるんだ。見頃っていつ?」

「4月から5月辺りかな。そうそう、帰った途端鮮やかな葡萄ににみえたことがあった」

 里丘の頭の中で藤の花のイメージが葡萄に化ける。うっとりと空をみつめ、つぶやいた。

「葡萄かあ、いいなー」

 葡萄をちぎる妄想に耽りそうになり、慌てて頭を振る。

「なにしにきたの?」

 図書室には別の目的で来たのだろうに、こんな話をしていていいのか。

「今更そこに戻るか? 読書」

 藤森が苦笑して答える。手には確かに本を持っているが進んだ様子はない。

「邪魔した?」

「全然。元々、俺が話しかけたんだし」

「そっか」

 安心して胸をなで下ろすと、正面でぷっと藤森が吹きだした。

「里丘ってへんなやつ〜」

 けらけらと笑っている。

 里丘は気分を害した様子もなく、藤森をみた。

「十人十色っていうじゃない。私が変に見えるのは、藤森の尺度で私を計ってるからよ」

「それはいえてる。でも、俺は普通だよ」

「私もね」

「自分のこと変だなんていうやつはいねーか」

「そういうこと」

 問題は解決したようだ。

「あれ?」

 そういえば、と首を捻る。

「名前教えたっけ?」

 何気なく名前を呼ばれてスルーしてしまったが、まだ名乗ってはいなかったことに気付く。

「いや、でも里丘目立つし」

「目立ってる?」

「ん、ああ。まあ、なんていうかいろんな意味で」

「ふ〜ん」

 追究する気はないのか曖昧(あいまい)に相槌を打つ。

「ん」

 里丘がふと何かに気付き顔を上げた。

 つられて藤森も天井を見上げる。

 図書室で音楽がかかるのは、一日に二度だ。

 開館と閉館の時間。時計に目を走らせると、長針と短針がまっすぐになっている。

「そろそろ閉館だ。今日は楽しかった。じゃ」

「また来てもいいかな」

 さっさと荷物をまとめ始めた里丘に藤森が尋ねる。

「どうぞどうぞ、学校の図書館だ、誰もダメとはいわないよ〜」





修正しました。

藤の花が何月に咲くか、知らなかったんです。(-_-;)

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