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【9 朋日大激怒】

予感的中! 沸点が少々高めな妹・朋日。それだけに、キレタ時のアイツはヤバイ。。。兄・享日の不安が現実のものとなる。

 けだるい疲れは体だけでなく脳まで蔓延(まんえん)し、眠気を誘っている。

 気分転換に、と昼食は中庭へ足を運んだ。

 まばらに人影もあったが座れないほどではない。良さそうな木陰に陣取りベンチに座ろうかとも思ったが、一面には芝がはってあり直に腰掛けたほうがゆっくりできそうだ。実際そうしている人のほうが多い。

 木製のベンチに寄りかかり、足を伸ばす。芝生がふくらはぎをちくちくと刺激するが痛いというほどのこともない。

美味(おい)し〜そ〜」

 広げた包みの中、松宮が用意してくれた(正しくは亨日が作ったものを松宮が詰めただけの)弁当の蓋をぱかっと取り除くと、栄養にも気を使ってくれたのか見目も鮮やかな内容に手を合わせて感激してしまう。

 喋りがかなりトロクなっているのは食欲と睡魔の間で戦っているせいだ。

 周りには数人ずつ女の子たちのグループが存在していた。

 どんなに神経が鈍っていても感じる視線、そちらを振り向くと見覚えのある集団が目にはいる。

 いらんものを見てしまったとばかりに目を伏せ、小さく舌を鳴らす。

 前方三メートル位のところに、来たばかりなのか誰一人座ることなく立っている。

 しばらくひそひそとやっていたが、

「声、かけてあげたら」

 と一人が言ったのをきっかけに「一人じゃ可哀想だし」「誰か誘ったら」「〇〇が行きなさいよ」などなど。

 わけのわからない同情を口にし、あげく誰が誘いに行くかという相談まで始めた。

 ぷち、ぷちと忍耐の緒が一本、また一本と切れていく中、延々続くかと思われた話し合いはそう長くは続かなかった。

「お昼、一緒にどう?」

 気の弱そうな子が押し出されるようにして声かけてくる。

 こりゃまた、頼み事をされたら断れなさそうな子が来たもんだ、と一応愛想笑いを浮かべる。

 あそこまで迷惑そうに言われた後、そ知らぬ顔で一緒に弁当を囲めるほど無知でも厚顔(こうがん)でもない。

「なんで? いいよ別に」

 簡潔に断りの言葉を述べる。

 ちらりと集団に一瞥(いちべつ)をなげると、にーっこり笑顔をはりつける。本人いたって悪意はないのだが、目が笑ってないのが怖い。

「せっかくの美味しいものが不味(まず)くなっちゃうでしょ」

 ピキッ

 音をたててその場が凍りつく。

 悪魔モードに突入した朋日はそんなことには頓着しない。

 只今、朋日はストレスにより、バラの(とげ)状態と化しております。

 色とりどりのお弁当を前に回復しかけていた症状が彼女たちの出現により更に症状を悪化させてしまったのだ。

 そんな最低最悪の朋日に声をかけてしまったのは彼女たちが不運だったとしかいいようがない。

 自覚がないものだから、よもや自分の言葉で空気が固まってしまったことなど一切気付いていない。取り出した箸で無造作に弁当をぱくつく。

 懇切丁寧に断わりをくれてやったのだ、これ以上はなにを言う必要もないだろうと少女たちには目もくれない。

 目の前でぱくぱくと弁当を消化していく朋日に、徐々に少女たちの石化も解けていく。

 昼休みには限りがある。固まっている場合じゃないと現状に立ち返り、本来の目的のため輪を作りいつものようにとはいかないまでもそれぞれに弁当を広げた。



 午後の授業が始まっているというのに、教室に朋日の姿はなかった。

 それもそのはず、昼食の後満腹感に強力な睡魔が襲い、ベンチの上に腕を交差させ、組んだそれを枕代わりに惰眠(だみん)を貪っているのだから。

 そよぐ風は優しく、邪魔するものはなにもない。

 教室では、英語教師がまたかと諦めの境地でため息をついていたが、快眠中の朋日に届くことはなかった。

 ぱしゃっと顔で弾ける冷たいものに、雨?と重い目蓋をゆっくり押し上げる。

 木々から覗く空は青く、雲もちらほら在りはするが雨を降らすほどではない。

 気のせいかと目をつぶると、またもぴちゃっと頬に冷たいものを感じる。そして耳に届いたくすくすと(あざけ)るように笑う少女たちの声。

 何? と頭を起こす。

 頭が重い、典型的な寝不足の症状だ。だが、何も寝不足だというわけではない。

 強くストレスを感じると眠気が強くなる、朋日の体質のようなものだ。

 ちらちら星が舞う中、少女達は顔に(さげす)むような表情を一様に浮かべて取り囲むように立っていた。

「約束を破ったあんたがいけないのよっ!」

 言って、持っていた紙コップを中身ごと投げつけてくる。

 咄嗟(とっさ)に手を出し()けようとするが、中の液体までかわすことはできず髪と肩にオレンジ色の液体が降り注ぐ。

 突然の仕打ちに状況を把握することができない。

 ―――約束? 破る?

 彼女たちは何をそんなに怒っているのか。

「藤森君には近づかないでって言ったでしょ。アイを泣かせるなんて許さない」

 ―――アイ?

「紀田君になにいわれたかしらないけど、調子にのらないでっ!」

 口々に(ののし)る声が、キーキーと頭に響く。

 寝起きの頭には刺激が強い。

 それでなくても神経が昂ぶっているときに聞く金切り声というものは耳元で鐘を鳴らされるのと同じくらいイタイ。

 およそ二十人はいそうだ。それも藤森派と紀田派の二組が共謀したのか、単に鉢合わせしただけなのかは計りかねるが、一斉にしゃべり始めたときにはぶちっとはっきり朋日の耳に理性の音が切れるのが聞こえた。

 どうしようもない、沸き上がるこの感情を抑える術など、もう見つからない。

 抑える必要なんてない! 

 いつもは感情をセーブするはずのリミッターもブンと振り切れて一向に抑制する気配がない。

 ざっと立ち上がると気後(きおく)れしたのか一瞬引いた人波をかきわけて、理科棟へと飛び込んだ。

 後ろからは「逃げるな」「卑怯よ」と罵倒する声が追いかけてくる。

 徒党を組んで一人を取り囲むのは卑怯とは言わないのか?

 逃げ出すつもりは毛頭ない。

 いい加減、こんな馬鹿らしいことには終止符をうちたかった。

 勝手に勘繰って、訳の分からないことを押しつけて、挙げ句に約束を破ったと報復され、これで怒らなければいつ怒るんだ!

 教室隅にある掃除用具入れを開ける。取り出したバケツにたっぷりと水が溜まるのを見て、怒りは納まるどころかそのバケツの中身と同じ位溢れんとしている。

 グイッと持ち上げつかつかと中庭へと来た道を戻る。

 バケツの重さなんて感じなかった。ただ、このいっぱいになってしまったイライラを全部ぶちまけてしまいたかった。

 バケツを持ち上げた朋日が次にどういう行動をとるか知り、逃げ惑う少女たち。追いかけて理科棟まで入ってきていた数人の少女がわれ先にと狭い出口をめざす。たかが水だ、朋日がかけられたジュースに比べれば、ベタベタすることもない。

 全然マシというものだ。(こういう考えが既にキレているということなのだろう)

 そこまで逃げ惑う姿をみるのは滑稽(こっけい)であった。

 頬が引きつっているのは笑いをこらえているせいかもしれない。

 戸口に立つと勢いをつけて振りまわした。

 色はついていないものの、朋日と同様、いや、それ以上に浴びてしまった者もいる。

 それでも怒りは納まらない。蓄積された分余計に、消化し損ねてしまったのだ。

 二・三日放っておいてくれたらすべてキレイに消化され、こんな危険な状態にはならなかったのに。

 集団になると途端に強気になる少女たちが、鬱陶(うっとう)しくてたまらない。

 朋日の身体の周りに白いモヤがかかってみえるのは錯覚などではなかった。

 怒りの余り体温が上昇し気温の低さとあいまって、熱気が目に見え出ている。

 幼い頃から年の離れた兄の後を付いて回っていた朋日、兄が喧嘩する度に加勢していたのは伊達じゃない。

 こみあげる思いは感情と共に怒濤(どとう)のように吐き出される。

「ざけてんじゃねーぞてめーら! 人が大人しくしてりゃつけ上がりやがって! 約束だぁ? 誰に恋しようが勝手だけどなぁ、人様に一々つっかかってくんじゃねえよ!」

 グァアーンと叩き付けられたバケツは無惨にもグニャリと形を変えて中庭の隅へと転がっていく。

 見送る少女たちの顔が蒼白になり、逃げ出したいが腰が抜けて立てないもの多数。あまりの迫力に蛇ににらまれた蛙と化してる者多数。もろもろの事情でその場から動けなくなってしまっている。

「二度とその(つら)見せんな! 女だからって容赦(ようしゃ)はしない。ああなりたくなかったら、声もかけんじゃねえ!」

 当然ビッとさされた指の先には先刻のバケツが。

 まだ足りない、言い足りない、やり足りない、言葉でもバケツへの八つ当たりでもまだまだ解消できないこの胸のムカツキ。

「あぁぁぁあ! ムカツクッ!」

 回し蹴りの要領で振り回した足が狙い通りクリーンヒット、ドアは枠ごと中庭へふっとぶ。

 ガラスが砕けなかったのは奇跡に等しい。

 前列の少女の鼻を(かす)めるように地面に叩き付けられたそれは風を起こして動かなくなった。

 誰一人として声を出すものもいない。いや、出せないのだ。皆一様に青ざめ、恐ろしい化物にでも遭遇してしまったかのよう。

 徒党を組んでタイフーンになった気でいたのに、それをも上回るハリケーンに遭遇して、何もできないで通り過ぎていくのを待つ事しかできない普通の人間だということを実体験して。

 貴重だが、できれば二度とこんな目には会いたくないと心底怯えるほどの恐怖を。

 それほどまでに朋日の怒りは(すさ)まじかった。


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