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【0 転機】

「いやだ!」

 提案は即座に『拒否』という形で却下された。

「駄々こねるなよ。仕方ないだろ? 腕の骨がいかれちまってんだゾ。そんな腕でどうしようってんだ。それに、今年がダメでもまた来年がある」

 肩に置かれた手を払いのけ、自由にならない腕を忌々(いまいま)しそうに(にら)みつけた。

「来年? そんなこと、本気で言ってんの」

「俺達のやってる事が危険と隣り合わせだってのはわかってることだ。それだって自分の不注意が原因でやっちまったってんなら、自業自得だろうが」

 あまりに反論の余地がないその言い様に、ままならない現実に苛立ちが募る。

「わかってるよ! わかってるけど。……そう簡単に気持ちを切り替えるなんて、出来無いよ!」

 激情のまま手袋を叩きつけ出て行く後姿に、男はやれやれと溜め息をついた。

 あの頑固さは一体誰に似たのか。


 タイヤの焦げた匂いと耳慣れたエンジン音。

 空気よりも体に馴染んだそれを肌で感じながら、独りサーキット横のベンチにだらしなく(もた)れかかる。

 空を見上げ、流れる雲をみていた。

 想い浮かぶのは初めてグリップを握った時のこと。

 軽くスロットルを回したときの感動。体を震わせているのが興奮からか、緊張からか、それとも歓喜からくるものかはしれなかった。

 いや、全てだったのだろう。

 あの時から世界が変わった。

 自分の居場所を見つけた。

 そして、それがいつしか当たり前のことになった。

 まさか、こんな風に、走れなくなる日が来るなんて、思いもしなかった。

 真っ青な青空に薄い雲が浮かんでいる。

 風が強いせいか雲の形が変わるのが速い。

 ベンチの端に腰掛、右腕は力なく体の横に垂らしている。

 いつもは軽い腕が、今はやけに重い。肩から手首まで固められた石膏(せっこう)は動物園の(おり)に似ている。


 ―――走りたい


 ただ一つの欲求を、奪われてしまった。

 違う。

 奪ったのは自分だ。

 練習中のミステイク。

 ほんの些細(ささい)なミスが命取りになる。

 理解していたはずなのに、ミスを犯してしまったのは自分自身。

 目の奥が熱い。

 走っていなければ、走れなければ、生きている意味はない。

 この場所を離れたくはないのに、走れなければここにいることが辛い。なんて不毛なジレンマ。

 

 そして、苦渋の決断の時。

 この腕が治るまで。

 もう一度、走れるようになるまで。

 それまでは…。


「…あの話、考えてみた。…いつまでかなんて、はっきり言えないけど。行ってみる」






少しだけ加筆しました。

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