どぶの塊。3
昔、僕が中学生の頃。
父が僕に対してモザイクも規制もかかってない、年齢視聴制限まっしぐらな戦争の映像を見させてきた。
その後に何勝手に見てんだ?これはお仕置きが必要かもしれないなぁ....
理不尽極まりない理由で首を絞められて殺されかけた思い出の一ページがあるけれど。
今、月の淡い光で頼りなく灯る僕の部屋には、
その時の人間のバラバラな死体に酷似していたものがあり。
それならば誰なのかと外身を見つめてみても、
散らばっている肉のような欠片と、滴る液体。
そして僕が知っているかつての友愛の縫われたハンカチがそこに転がっているのみで。
友愛のハンカチをくれた彼らに何があったのか不安に思うこともなく、腕に付いていた水滴を遠くへ向かって払い。
払うと水滴ではない、びちゃと、聞き馴染みのない音。
頭がどこまでも深く晴れない霞がかかったようにぼんやりとしていて、深く考えることが出来ない。
違う。
嘘をついていた。
自分に。
深く考えたくない。
それでも、目には入ってくる。
分かっている。
自分が何をしたのかも、僕がこれからどうなるのかも、どこまでだって逃げたくなる気持ちも僕にあって。
いつの間にか、頭の中の錯覚の霞がそんなものは無かったとでも言うかのように晴れていた。
そうすると目の前の惨状など容易に見えて、何日もご飯を食べていないのに胃袋の中身を吐きそうになって。
右手に持ってた携帯が落ちて、どろりとした水のような音と一緒に鈍い音を立てた。
携帯に月の光が反射して僕を写す。
分かっている。
目の前のバラバラ死体が彼女で彼であったことも、
自分がどろどろの生渇きの血で今も暖かくて怖気がするほど肉片が付いている、左手のナイフをどんな風に使ったのかも。
彼等の制服も鞄も血まみれで千切れている、その理由も。
自分が心底愉しそうに笑っている訳も。
「ああ...また。そっか。」
頭からあの光景が消えない。離れない。
しっかりと殺した感覚が今も手の中にある。
生温い血の温度、ぐちゃりと刺した時の異様な感覚。
耳を防ぎたくなるほどの、嫌な音。早く消し去りたいのに、僕に自殺を勧めるためかいつまでも残り続ける。
彼らを殺した時のことを振り返る。
人を殺すことには、既に慣れてきていた。
金の使い道にも僕の貧相な頭じゃ思いつかなくて、ただひたすら犯罪を犯して、罪を被せて、自分でも何をやっているのかわからなくなって。
でもまあ、やっぱり何かを変えるには何かをするしかないんだろう。
そう思って、彼らを殺した。
彼らとは連絡を取っていなかったけど、見つけるのは簡単だった。
前と変わらず、僕が見たのは平凡な高校で、周りの友人達に囲まれて、元気に笑ってるように見えた。
僕が、こんな思いをしているのに。
二人を呼び出すと、彼らは泣いて僕に抱きついてきた。
重くて、嫌で、気持ち悪い。触るな。
近くに買った新しいマンションの一室に彼らを連れてきて、一緒にお水と称したお酒を飲んだ。
彼らは、直ぐに落ちた。
中々、酒は弱いようだ。
正面から殺してもよかったはずだけど、こうして、寝てる間に殺すのが一番苦しみがないだろうし。
包丁を持つ手が、震えた。
お酒だけじゃ、足りなくて。
使うとは思っていなかったけれど、これに頼るしかない。
僕は口にそれを入れて、飲み干す。
ああ、最高にいい気持ち。
二人は、その後一度も起きなかった。
もう、わかるだろう。
浮かび上がってくる自己嫌悪はとまらない。お腹の中から何も無いものはずなのに何かが上がってきて、口から吐き出した。
ああ、胃液だけ。喉が痛い。嫌だ。
(そうだ、ここから飛び降りたら、何もかも解決するのかな。)
二三歩の距離を歩いて、僕の体が容易に落ちることのできる窓を開けた。
ここから、一歩足を踏み出して、自然に身を任せて一瞬待つだけ。
僕は冷たい地面に座り込んでいた。
自分へ思いつくだけの罵倒を思い浮かべて、飛び出すのをやめた。
ああ、意気地無し。こんなことも出来ないのか。
目を瞑っても過ぎる自分への罵倒と憎しみ。
自分勝手だ。気持ち悪い。消えろ。今すぐ死に絶えろ。汚い汚い汚い汚い......死にたい。
瞼を開けると太陽の眩い光でこの階全体が光っていた。美しい景色だと思いつつ天井の水晶が視界に入ってしまう。
変わらない犯罪者の顔がそこにあった。
ああ、ひどい顔。
これから先、僕はどうするんだろう。
決して、何一つ乗り越えられてなんかいなかった。