狼と狐
ぼくが行なった、知り合って1時間もたたない少女に金の無心をするというこの上もなく図々しく、そして恥ずかしい頼み事を、リリーは、「いいわよ」とあっさりと了承してくれた。
「え、いいの?」あまりに簡単に答えたため、ぼくの方があたふたしてしまった。
「当然よ。困った人を助けるのは貴族として、人として当たり前のことでしょ?」とリリーはこたえた。
「…ありがとう、恩にきるよ」ぼくは先程とはまた違った意味の恥ずかしさに顔を赤らめながら答えた。
「じゃあいこうか。体は動かせる?医者の人は頭を軽く打っただけでそれ以外の外傷はないって言ってたけど…」とリリーはその先をいうのをためらった。おそらくその「けど」の先はぼくの記憶喪失に関することだろう。
「すこぶる快調だよ。今ならボクシングのインターハイチャンピオンでもノックアウトできそうだよ」実はまだ少し頭が痛いが見栄を張ってぼくはそう答えた。
「そう。大丈夫そうね」とリリーはいい、「じゃあ行きましょう」と続けた。
ぼくの心配していた病院の診察代は彼女が言葉通りき会計の時に何かを書き、「ここにお願い」と言って支払ってくれた。
「あなた何が食べたい?肉?魚?」とリリーが病院を出た途端聞いてきた。
「なんでもいいよ。俺はご馳走になる側だから君が食べたいものを食べなよ」
「そう?ならカフェノーリッジに行きましょう。あそこの新作食べてみたいの」
「なら、そこにしよう」
ということでぼくとリリーはカフェノーリッジなるところに昼食をとるために行くことになった。
ぼくは2人で歩きながら街並みを観察した。ほとんどが石造りの建物で、大通りには馬車が走っている。ぼくはタイムスリップしたような気分になった。ぼくがあまりにも物珍しそうに周りを見回すものだからリリーは呆れたように「あなた本当に記憶喪失なのね」といった。
「そりゃもちろんさ」とぼくは答えた。「そんであとどれくらいかかるの?」
「もうすぐそこよ」と彼女は目の前の瀟洒な建物を指差した。
明らかな金持ち専用のところだなとぼくは思いながら「ここに入るの?」ぼくは恐る恐るたずねた。
「そうよ」
「俺にはこんな洒落た店は…」
「何をいってるの。あなたどこでもいいっていったでしょ?ほら入るわよ」
ぼくは強引に引っ張られながら店に入った。カフェノーリッジの内部は外観に負けず劣らずの瀟洒っぷりだった。そしてリリーは一番眺めの良い窓側の席に座った。その窓からみえるコバルトブルーの空と緑がかった青い海。そこには日光が反射してキラキラと輝いている。そしてその海を背にしたリリーの姿は例えようもないほど美しかった、ぼくは思わず「時よ止まれ、お前は実に美しい!」と呟いた。
「なんかいった?」というリリーの言葉がなければぼくは自分の幻想の中に永久につながれていたかもしれない。それほどリリーと海と空は美しかった。
「なんでもないさ、で、君は何を頼むんだい?」
「私は新作のパフェをもらうわ。エイジは?」
「俺も君と同じやつを」
彼女は頷き、そこにあったベルを鳴らした。すぐに精錬された仕草の店員がやってきてテキパキと注文を取り付けた。
注文が来る間にぼくはリリーからこの国に関すること様々なことを聞いた。
まずここはローザンヌ王国の領土の一つ、アマルフィーだということ。そして彼女はアマルフィー魔法学園に通うぼくより2個年下の18歳の学生だという。そして彼女の家について彼女が言及しようとしている時に突如として獰猛な叫び声がぼくの真後ろから聞こえてきた。振り向くとまるで狼のような大男が酔っ払いと気狂いを一緒にしたような感じで怒鳴り散らしていた。そしてその前には狐のような顔をした男がニヤニヤしながら座っている。その狼はこのピザに針が入っていた、俺が食って怪我をしたらどうしてくれるんだというようなことを喚いていた。すぐそこでは美人の店員がオロオロしながら立ち尽くしている。僕は見かねて徐に立ち上がって狼と狐のところへ歩いて行った。