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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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アヤルリ 2

先生はさほど怒らなかった。

 

その代わりと言うように、ちょっとした相談事を持ちかけられた。

 手違いで新入生の数と寮部屋の数が合わないらしい。二人一部屋が基本であるが、無理やりにでも三人詰め込んだり、或いは部屋を一人で使用している上級生としばらく同室にさせるということで解決しているようだった。

 

私は一人で部屋を使っている。

要するに、しばらくルリと同室になってくれないかということであった。


「私は構いませんが」


 そう言って振り返り、ルリの様子を伺う。私と目が合った途端につーんとそっぽを向いてしまった。特に否定も肯定もしなかったものだから、その案件は進められた。

 先生と話し終えた後、ルリはとことこ歩いて行ってしまう。


「待て、私の部屋はわかるのか?」


 慌てて呼び止めると、気だるそうな瞳でこちらを見る。


「何号室?」

「椿の間の三号室だ」

「わかった、後で荷物持って行くから」


 それだけ言うと、どこかへ歩き去ってしまった。同室になるといっても、私と意思疎通する気はまるでないようだった。

 まあそれでもいいかな、と思う。ルリにはルリの考えがある。無理に距離を詰めようとすれば、溝はかえって深まってしまうように思われた。彼女が何か困っていたら、そっと後押ししてあげるくらいが適度な関係かもしれない。私はルリが心を開いてくれるのを気長に待つことにした。


 夕刻。窓から差し込んだ夕日が東側の壁を照らす頃、小さなノックの音が聞こえた。

 襖を開けると、ルリが荷物を抱えて立っていた。


「遅かったな」

「・・・・・・」

「どうぞ」


 そう言ったが、ルリはなかなか入ろうとしない。荷物を抱えたまま、部屋のあちこちに目を凝らして鼻をひくひく動かしている。借りてきた猫かこいつは。そう思うと少し笑える。


「八畳部屋だ。今日から半分はお前のものだぞ」


 そう言って微笑むと、おずおずと部屋に入ってきた。

畳を踏みしめて私の横を通り過ぎ、荷物を降ろすとぺたんと座り込んだ。恐らく初めてのことばかりで気疲れしているのだろう。


「押し入れに座布団がある」


 そう言うとルリは座ったまま押し入れを開け、座布団を一つ取り出すと、きゅっと抱きしめて畳の上に寝ころんだ。窓から部屋に伸びた夕日がそんな彼女の体を照らしていたが、やがて光はゆっくりと引いていき、影がのしかかるようになっていた。その姿が、ひどく寂しそうに思えた。

 会話はほぼなかった。

 互いに無言のまま、翌日の準備をしたり、食事をとったり、湯あみしたりして、気が付けば布団の中に入っていた。


「電気消すぞ?」


 既に布団に潜り込んでいるルリに一応声をかけてから消灯した。

 疲れていたようだが、もう眠っているのだろうか。それならそれがいい、睡眠は何よりも大切だ。

 私も布団に入り、目をゆっくりと閉じた。


 その夜――もぞっと何かが布団の中で動いたのを感じ、目を覚ました。

 気のせいだろうか、何かが腕に巻き付いている気がする。不思議に思って布団をめくってみると、ルリが私の腕を抱きしめながらすやすやと眠っていた。


「ル――ルリ?」


 いつの間にか潜り込んできたらしい。白銀色の少女は、その見た目に反して温かかった。

 気持ちよさそうに眠っていて、何か食べる夢でも見ているのか口をムニョムニョ動かしている。昼間みせた警戒心は微塵もなかった。


「っぷ」


 思わず吹き出してしまった。と、その声でルリが目を開ける。


「あれぇ」


 半目でぼうっとしていたルリは目を擦ってからもう一度だけ私を見て、もの凄い勢いでベッドから飛び出していった。油断しきっている猫をつつくと、シュポーンと飛び上がることがあるが、まさにそれと瓜二つであった。


 ルリは自分の布団へ戻ると、すぐに潜り込んでしまった。


「大丈夫か?」


 返事はなかった。

 ならばこれは夢ということにしておこう。

 私は先刻よりも少しだけ温かい気持ちで、眠りにつくことができた。



 翌朝、早朝に目覚めた私は井戸の冷水を肌に叩きつけた。身が引き締まる。これをしなければ一日が始まらない。

 部屋に戻ると、ルリが布団の上に座っていた。


「おはよう」

「・・・・・・はよ」


 ほう。会話はないが、挨拶くらいはきちんとしてくれるらしい。基準がよくわからなくはあるが。

 畳に座して、手鏡で髪を梳いていると――


「あ、あっ、あのさ」


 ルリが言った。


「あたし寝相悪くて・・・・・・それに、寝てる時のことって覚えてないから・・・・・・だから昨日何があったか全然覚えてないから」


 うぅ、とどこか呻きながら私を見る。

 何も覚えていないか、ならそういうことにしておこうと思った。


「そうか。私も昨日は寝ぼけていてな、何があったのか忘れてしまった」


 そう言って、ルリを見る。彼女は少し恥ずかしそうに私を睨み、またつーんとそっぽを向いた。


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