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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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アヤルリ

ルリのお話です


クリステルと出会うことのなかったアヤメと、桜花軍に入ったばかりのルリ。

あったかもしれないもう一つの物語です。

 春。始まりの季節。

 ここは桜花国軍養成学校で、今は入学式の真最中だった。

 

 私も二年前は新入生としてここへやってきたのを思い出す。

今年はどんな子たちがいるのだろう。入学式が行われている兵舎を横目に、誰と連れ合うこともなく校内を歩く。


 訓練の合間の自由時間は貴重だ。春の柔らかい日差しとふんわりと吹く風は、苛烈な訓練中では真っ直ぐ感じることはできないから。

 

 養成学校の校舎裏を少し歩くと庭園が見えてくる。建造物や、平らにならされた地面はない。まるでお山の自然を切り抜いてきたような場所である。


 そこは大きな池を囲むようにして桜の木が植えてある。

桜は満開だった。

風が吹く度に梢が上下に揺れている。桜の花びらはゆっくりとたゆたい、そっと地面に落ちていく。

木々の葉が日を遮り、草の上には光と影の美しい斑点模様ができていた。

 

私のお気に入りの場所。

そこに一人の少女がいた。

 

 肩まで伸びた白髪がサラサラと風に揺れていて、陽ざしを受けて艶やかに輝いている。肌も髪の色に負けず劣らずで、どこか病的なまでに白い。ぱっちりとした瞳だけが、雪原の中、突然差し込んだ陽のように朱かった。

 見慣れない子だが、桜花軍の正装を纏っている。桜花軍の正装は太腿が露わになるほど丈の短い着物。帯の色は階級を示しており、女の子のものは白帯だった。新入生らしい。


「君」


 声をかけると、膝の上に顎を乗せてぼぅっとしていた少女は薄い唇を結んで顔を上げた。

 その表情は威嚇を示していた。

 見ず知らずの少女に睨まれ、途端に空気が緊張を孕む。


「・・・・・・なに?」

「君は新入生だろう? 兵舎で入学式をしているのではないのか?」

「うん」

「抜け出してきたのか? すぐに戻った方がいい」

「無理」


 ぷいっと顔を背け、再び池に視線を戻した。これ以上、話はしたくないという意思表示だ。出会って間もない少女に嫌われたらしい。


「――そうか」


私を近寄らせまいとしているのだろうが、刺々しい態度にかえって引き込まれる。

別に貶されたり無視されたりするのが好きなわけではない。人を寄せ付けまいとする姿に、親近感を覚えたのだ。

かつて、この少女のようだった人物に心当たりがある。


  私は少女に歩み寄り、すぐそばに腰を下ろした。



「え、なにしてんの?」


 少女は煩わしそうに言った。


「あたしが先にいたんだけど、休むならどっか他行って」

「そう言うな、ここは私のお気に入りの場所でな。座らせてくれ」

「あたしになんかよう?」

「いや、休憩時間を満喫しているだけだよ」


 射抜くような視線で私を見ていたが、やがて気だるそうに目を細めるとふいっと顔を背けた。

 互いに言葉を交わさず、沈黙の時間が訪れた。


 池が風に揺れて波打つ音、枝にとまる鳥たちの囀り、自然の音が耳に心地よい。桜花には四つの季節があるが、とりわけ春は好きだ。冬は山を越えていき、生命が野に溢れている。


「抜け出してきちゃった」


 突然、少女がそんなことをぽつりと呟いた。


「人がたくさんいる所って嫌なの、視線とか匂いとか駄目なの。これまで山で暮らすことが多かったから、慣れてないんだ」


 長い溜息をついて私を見る。


「そうだったのか」

「先生に言われてきたんでしょ? いいよ、怒られるのわかってて抜け出してきたんだし」


 警戒していた態度はなくなり、諦めたように微笑んでいる。

もうどうにでもなれ、と言うようだった。

私も息をついて、少女に向き合う。


「誤解をしていないか? 私は休憩しに来ただけだと言っただろう」

「もういいよそういう嘘」

「嘘じゃないぞ」


腰の曲がった木々が揺れ、桜の花びら舞う。花弁は膨れっ面をしている少女の頭にひらひらと舞い落ちた。白銀の髪に桜色が灯った。


「私もここが好きだ、気の済むまでいたらいい――だが、そうだな」


 立ち上がり、煩わしそうに髪をかき上げた少女に手を伸ばす。


「君が戻る気なら、一緒に先生に謝ってやろう。行くか?」

「・・・・・・」

「事情は聞かせてもらった、きちんと謝れば怒られない」


 そっと伸ばしてくれた手を握り、少女を立ち上がらせる。驚かせてしまったのか、やや目を泳がせていたが、私が微笑むとすぐに睨み返してきた。


 この少女は二年前の私と同じ目をしている。

 いきなり始まった新たな生活に不安を感じ、自分の体を硬くして心を疲弊させてしまっている。そうして世界を狭めてしまえば、理解し合えるものを遠ざけてしまう。わかろうとしなければ、わかってもらえず孤独になる。

 私はそうした生活に苦しんだから、この少女には同じ目に遭ってほしくなかった。だから、歩み寄ることにしたのだ。


「私はアヤメだ」


 少女は顔を伏せ、もじもじした後――


「ルリ」


 そう名乗った。


アヤメはルリの前ではお姉さんなのです

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