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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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アヤクリ 7

 とある夜。

 椅子に座った私の膝の上にクリステル様が乗っている。

 ちょこんと乗っているわけではない。いわゆるお姫様抱っこのような形である。


「えーと、どうしてこうなったのでしょう」

「私がこうしたかったからだよ」

「そうでした」

「アヤメさん好き」


 私の額にかかる髪を上げ、口づけをしてくれる。


「お、おでこに」

「嫌だった?」

「いいえ」

「えへへ、わーい」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 うぅ、嫌なわけではないのだが恥ずかしくて。胸がドキドキしすぎて気を失いそうだ。


――まさかクリステル様がこれほど弱かったなんて


 先刻、私が口にしていた酒にクリステル様は興味深々な視線を向けていた。


『アヤメさんお酒飲むの?』

『嬉しいことがあった夜は少しだけ』

『私も飲んでみたいな』

『では一口どうぞ』

『ありがとう』


 おちょこ一杯の、行ってしまえば雀の涙程度の量であったが。その後――


「アヤメさん好きー」


 腰を揺らしながらウキウキして笑っている。


 ソニアのようになってしまった。


「少し落ち着かれては、そこにハチミツの飴などありますので」

「あ、飴」


 机の皿に乗っていた飴玉をひょいと一つ取って、私の口元に運ぶ。


「あーん」

「いえ、私ではなく」

「いいから、あーんして」


 あーん、と言って飴玉を口に入れる。すると、


「じゃあ私に飴を食べさせて」

「ふお!?」


 コロコロと舌で転がしていた飴を飲み込みそうになる。


「できませんそんな――」

「あーーん」


 口を開けたクリステル様が近づく。


「ふむっ!」

「むちゅぅ」


 舌が唇を割り、私の口内に入る。


「えへへ、ありがとう。あまーい」


 微笑みながら悪戯をしたり、ちょっと子供っぽくなつかれたり。いつもと違うクリステル様を見ることができて、ああ幸せ。熱くなった頭でホケーっとした顔を浮かべてしまう。今度は私に飴を食べさせてくれないものだろうか。


 いや、いかん。このように締まりのないことを続けるなど。

 頭を振って煩悩を払い落す。


「クリステル様、このようなことを続けてはだめです」

「駄目なのぉ?」


 潤んだ瞳で首を傾げると、艶やかな髪が垂れ下がる。髪の甘い香りで、意思がゆらぎそうになるがぐっと堪えた。


「駄目です。あなたは泥酔している、実直に愛を育むならまだしも勢いに任せて本能のままになど、気高いあなたらしくない」←本編でモノノケの力に負け、本能のままにクリステルを抱いた人


「アヤメさんのこと好きな気持ちは変わってないもん。だからいいんだもん」


「よくはありません」


「ねえ、キスしよう」


 迫る顔を受け入れず、首を回す。


「い、いけません」

「アヤメさんとキスがしたいな」


 口元に手の甲を当て、頬を染めている。私が頷かないので不安になったのか、もじもじと体を揺らし始めた。

 くそ、可愛い。

 だが負けるものか。これはクリステル様のためでもあるのだ。


「ねえ、アヤメさん」

「・・・・・・」


 酔っている人には言葉で解いても駄目だ。態度でしめそうと考えた私はつーんと顔を背ける。


「アヤメさん、あの、怒ってる?」


 オロオロし始めたクリステル様。

 しかし心を鬼にしていると。


「っふ、ひっ、ひっく」

「え」


 泣き出してしまった。

 ポタポタと垂れる涙が私の胸に落ちる。


「だって、だってぇ、今夜はアヤメさんと一緒にお話しできるから、今日はお仕事頑張ろうって、ずっと思ってたんだもん――それなのに、楽しみにしていたのに、アヤメさんどうして、どうしてぇ」

「あの、クリステル様、泣かないでください。すみません、あやまりますから」

「ひどいよぉ、キスしたいよぉ」

「わ、わかりましたから・・・・・・キスしますから、だからお願いです。どうか泣き止んでください」

「うっ、ひっく、キスしてくれるの?」

「はい」

「えへ、やったぁ。アヤメさん大好き」

「え!?」


 顔を覆っていた手が離れると、満面の笑みだった。


「うそ泣きじゃないですか?」

「うそ泣きじゃないよ、本当に泣いてた」


 確かに鼻の頭が赤い。


「でもアヤメさんがキスしていいっていうからもう元気になったの。えーい」


 がしっと抱きしめられ、胸が押し付けられる。その柔らかさと肌の火照り具合に茫然としているうちに、椅子ごと倒れてしまった。背後にはベッドがあり、私たちはそこに倒れ込んだ。勢いから彼女の唇が私の耳に触れた。


「ク、クリステル様」


 熱い吐息が降り注いで変な声が出てしまう。


「耳は、やめ、てください」


 すぴー、すぴー、すぴー


 ん? 何かおかしい。


 もぞもぞと動いて顔を見てみると、クリステル様は眠っていた。


「はあぁー」


 私は安堵のため息をつく。





 彼女をベッドに寝かせ、布団をかぶせていると部屋のドアがノックされた。


『入ってもいいかしら』

「どうぞ、奥様」


 私が応えると、クリステル様の母君がドアを開けた。

 母君はクリステル様と瓜二つ。クリステル様も大人になれば、このように成長されるのだということが見て取れる。


「あらあら、もう寝てしまったの?」

「その。奥様、申し訳ありません。ほんの少しお酒を飲まれて」

「お酒ですか、何杯飲んだの?」

「一口です」

「たった一口? 駄目ねこの子は」


 ふふふ、と微笑む。


「でも、幸せそうな顔をしているわ」


 優しい手つきでクリステル様の頭を撫でながら言う。


「アヤメさん」


「はい」


「この子ね、あなたが来てからとてもよく笑うようになったの。小さなころから、あまりかまってあげられなくて。私はこの子の笑顔をほとんど見たことがない――少しあなたにやきもちを焼いてしまうわ」


「そんな。クリステル様は奥様のことをとても大切に思っております。お傍にいさせていただくことで、そのことはよくわかります」


「あなたが言うのなら間違いなさそうね」


奥様はクリステル様の頬に口づけをした。


「そう、至らぬ母を大切に思ってくれているのね。もっと甘えてくれても良いのだけど」


「・・・・・・クリステル様は今でも奥様に甘えたいのです。それでもご自身の立場と奥様の立場を考えて遠慮しているのだと思います」


「辛い役目を背負わせてしまったかしら」


「そのように捉えていないでしょう。どうか、起きている時もそうして頭を撫でてあげてください」


「ありがとう。あなたはいい子ね。これからもクリステルのことよろしくお願いしますね」


「はい」

 

 奥様は微笑んだ。


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