アヤクリ 6
アヤメ視点に戻ります
皇女にも長期休暇がある。いつも頑張っている彼女には、こうした休日が必要だと思う。
束の間の休息をどう使うのかと聞いてみると、「実はもう決めてあるんだよ」と言った。
公園の入り口前には亀の銅像があった。散った桜の花びらが幾重にも張り付いてしまっている。どこかで子猫の鳴き声が聞こえた。
ほどよい気温の中、私たちは手を繋いで坂道を下った。昼下がりの陽が少しだけ眩しい。木漏れ日が光と影を地面に落としている。ふと、目の前を桜の花びらが通り過ぎていった。それを見るまで風に吹かれていることに気づかなかった。
重ねた掌が温かくて、嬉しくて、どうしても他の出来事を把握するのが疎かになってしまっている。
クリステル様は私の故郷が見たいと言った。
私と二人きりで、桜花を旅してみたいと。
意外にも許可はすんなり下りた。ヴェルガ国の同盟国となった桜花国には多くのヴェルガ人も駐在しているので、何か問題が起きても対処できるだろうということだった。
「気持ちいい風だね」
クリステル様が言う。
金色の髪が揺れ、午後の陽光を受けて白く輝いて見えた。色は重なると違うものに変わるのだなと思った。
「暖かいですね、桜花の春です」
「どう、久しぶりの故郷は?」
「離れていたのは僅かですが、なにもかも懐かしいです。あなたとここに来れたことが嬉しい」
心地好い風に吹かれて気持ちが上ずっていたためか、思わずそんな言葉が飛び出した。
「私もね、アヤメさんとここに来れて嬉しい」
三月の桜花国。桜の木が鮮やかに咲き誇り、風に吹かれた花びらが一斉に空へ舞いあがった。
「うわぁ」
はしゃぐクリステル様の声がすぐ隣で聞こえる。
微笑む顔も、髪も指も、温もりも、何もかもが愛おしい。全てがここにある。
ずっと隣で歩いて行けたら、こんなに幸せなことはない。
歩き疲れた私たちは、公園の芝の上に腰を下ろした。木にもたれかかり、木陰の下で肩と頬を寄せ合った。
「アヤメさんとこうして時間を過ごせるなんて思ってなかった」
「どういうことですか?」
「最初は嫌われてるって思ってたから」
「そんなことは――すみません、実は少し人見知りで」
「うん、わかってる。色々あったけどね、一緒に居られてすごく嬉しい」
「私の方こそ。こうして一緒にいられるなんて光栄すぎて」
「ふふ、そうだアヤメさん」
何か思い付いたのか、手のひらを合わせて微笑んでいる。
閃いたクリステル様が可愛い。
「私って今休暇中でしょ?」
「はい」
「このお休みの間だけ、敬語は止めて普通に話してみて」
「いくらなんでもそれは」
「いいでしょ、ね? ね?」
私の肩に小さな指を乗せ、ぐいっと迫るクリステル様。これは振り返ったらまずいやつだ。
「可能な限り善処を」
「ならクリステルって呼んでみて」
「今ですか?」
「今」
「ク、クリステル、さま」
無理だった。
「あはは、やっぱり無理かな」
「せめて“さん”とお呼びしても」
「わ、いいね。呼んで呼んで」
「クリステルさん」
クリステル様がとても嬉しそうな顔をした。
向き合っていたら、彼女はそっと瞼を閉じた。
ちゅ、と。そっと唇を重ねる。
「いつか結婚したら、ちゃんと呼んでくれなきゃ嫌だからね」
首を伸ばし、私の頬にそっと口づけをしてくれた。
やがてクリステル様は私の肩にもたれて眠ってしまった。
午後の風は優しく眠気を誘う。しばらくはこのまま眠らせてあげようと思う。
ううん、と彼女が呻いた。怖い夢でも見ているのだろうか。
柔らかい髪をそっと撫でた。
恐くない、恐くない、ゆっくりお休み。
桜と春の草の匂いの中で、どうか安らかな夢が見られるように。そう願った。
しまった。少し真面目な話になってしまいましたね、気をつけます。




