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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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アヤクリ 5

まだ付き合う前のお話


クリステル視点です

 数日経って、ヴェルガ皇国主催の社交パーティーが開かれた。


 各国の偉い人たちが集って、交流を深める特別な日だ。


 正直に言ってこういうのは苦手。窮屈な礼服に身を包んで、愛想の仮面をつけて。


 ホールは高い天井にシャンデリアが吊るされていて、その下数百人の談笑がざわめいている。早く終わらないかな、と思っていると目の前に或る国の王子がやってきた。


「クリステル様、退屈ではありませんか? よろしければ私とあちらでダンスなど」


 二十代くらいの紳士で、高級な礼服を着こなし、いかにも場慣れしてそうな雰囲気を醸し出している。私もすぐに社交用の笑みを作る。


「お気遣い感謝します。ですが私、ダンスはあまり得意ではなくて」


 これは本当のことだった。病弱で寝たきりだったから体力がないし、社交のダンスレッスンもろくに受けていない。


「ならば私がエスコートいたしましょう。あなたは私のリズムについてきてくれるだけでいい」


 そう言った王子は私の手を取った。

 急に手を握られてドギマギしてしまう。男の人の手は分厚くてゴツゴツしている。


「さあ参りましょう」

「あの――」


 胸にちくりと痛みが走った。 

 皇女として、こういった社交はうまくこなさなければいけないのに。


 それでも、私には、


 ――嫌


 そう思った時、

 私と王子の間に割って入った人がいた。


「クリステル様」

「アヤメさん」


 アヤメさんが王子の手をそっと制し、私の手を取ってくれる。黒いスーツを着込んだ彼女は目を見張るほど美しかった。王子も思わず見惚れてしまっている。


「顔色が優れないご様子、薬は飲まれましたか?」

「い、いいえ」

「それならばすぐに――非礼をお許しください、このお誘いは次の機会に」


 アヤメさんはかりそめの笑顔のまま、けれどきっぱりと拒絶した。

 こんな断り方をしたら相手が怒ってしまうのではないかと不安になったけれど、彼女の透明な瞳に呑まれた王子はあっさりと了承した。


「さあ、参りましょう」

「あ」


 アヤメさんが私をパーティー会場から連れ出してくれる。

 冷たかったはずの手が、柔らかくて暖かいものに思える。

 こんなに人がいるのに、ちゃんと私を見てくれていたんだ。胸がキュンと締め付けられた。


「アヤメさん大丈夫、一人で歩けるよ」

「いいえ、離しません」


 彼女はそう言った。

 優しいな、かっこいいな。


「ありがとう」


 思わず小声で言ってしまった。

 手を引かれているから表情は判らなかったけれど、アヤメさんの耳が真っ赤になるのが見えた。

 あ、こんな反応もしてくれるんだ。ちゃんとお礼を言ってよかった。


『ほら、あれでしょ桜花国の護衛って』

『まあ図々しい。クリステル様の手を握るなんて。文化のない国の猿は猿らしくしていればいいのに』

『ちょっと聞こえるわよ』


 方々からそんな声が囁かれる。

 しっとりと濡れたアヤメさんの手が少しだけ強くなった。


 私はむっとしてしまう。

 桜花国は文明無き弱小国である。悲しいことだけど世界はそういう目で見ている。


「・・・・・・」

「どうかお気になさらず、慣れています」

「私は気にします」


 私はアヤメさんの手を払い、うす笑いを浮かべる淑女達の元へ歩み寄った。


「世界には様々な国があり、様々な人がいます。そのような考えを持つのは愚かだとは思いませんか・・・・・・次に私の側近を蔑んだら許しません」


 その言葉に彼女たちは笑みを消して黙り込んだ。

 血相を変えて走り寄ってきたのは私のマナー教師だった。


 私の発言の非礼を詫び、そのまま私たちを部屋へ誘導。そこから一時間に及ぶお説教が始まった。


「アヤメさん、あなたにはクリステル様の警護をお任せしましたがセレティア国の王子の誘いを妨害せよとは指示していません。何をしたのかわかっているのですか、皇女たるものあらゆる国の王子の誘いは受けるべきで――」


 アヤメさんは床に正座して、「申し訳ありません」を繰り返した。


「そしてクリステル様、あなたは今一度ご自身の発言がどのような影響をもたらすかをよく考えて――」


 私も彼女に倣って「申し訳ありません」を繰り返し述べた。


 マナー教師がプンプンしながら部屋を去った後、私は思わず吹き出してしまった。


「うふっ、あはは――あはははっははは」


 いつになく声を出して笑う私を見てアヤメさんが目を丸くしている。


「ふふ、怒られちゃいました」


 驚いていた彼女はすぐに思い直し、俯いて言う。


「勝手な行動をお許しください、クリステル様のことを考えず――」

「いいえ、ちゃんと考えてくれていました。あなたには感謝しています、本心です」

「・・・・・・あの」

「うん?」


 アヤメさんはもじもじして、時折視線を逸らしながら言う。


「その・・・・・・庇ってくれてありがとうございました。嬉しかったです」

「お礼なんて、あなたは素敵な人だもの」

「まったく、あなたという人は」


 アヤメさんが笑った。

 私の言葉を聞いて笑ってくれた。それがとても嬉しくて、この日は忘れられない大切な日になった。





 そして付き合い始めた今、アヤメさんは色々な表情を私に見せてくれる。

 皇務の合間に、ふと隣に立っているアヤメさんに目が行き、なんだかもの凄く抱き着きたい衝動に駆られてしまった。

 キョロキョロと周囲を見回す。今この執務室には私たちだけ。ちょっとだけならいいよね。


「アヤメさん」

「はい、なんでしょうクリステル様」


 私と話すとき、冷たい表情を解いて微笑んでくれるようになった。


「ぎゅってしていい?」


 言葉の意味が分からなかったのかキョトンとしている。しかし、すぐに耳まで真っ赤にして抗議してきた。


「駄目です、このような場で。クリステル様は仕事中ではありませんか」

「でも、ちょっと息抜きを。アヤメさんを抱きしめたらやる気が出るんだ」

「いや、しかししかし――」

「ね? いいでしょ?」

「駄目です」


 むぅー、と私は頬を膨らませる。


「そんな顔をしてもいけません。なんて顔をしているのですか」

「じゃあ――キスして」


 ボン、とアヤメさんの頭から煙が出た。


「そ、それはもっと駄目――んっ」


 手を取って引き寄せ、その蕾のような唇に吸い付く。


「んっ、はっ」


 吐息が熱い。

 ああ、やっぱりこの人は特別。

 こうしているだけで怖いものや辛いことが吹き飛んでいく。ずっとこうしていたい。

 ゾクゾクと首筋が波打って、胸がぎゅっとなる。喉の奥が熱い。


「アヤメさん」

「ク、クリステル様、駄目だと、うっ」


 駄目、喋らせてあげない。

 今ここには私とあなただけで、あなたは私のものだもん。なんて、ちょっと独占欲が強いかな。


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