アヤクリ 11
ソニピアの勢いで
完全におまけです
今日は武芸指南ということで、ヴェルガ軍訓練所に招待された。
桜花軍ではない異国の人達に技や奥義を見せるわけにはいかないが、簡単な“型”くらいなら披露しても問題はない。
使用する武器が異なるため、サムライと騎士の戦い方も違う。
よほど珍しいのか、私の一挙手一投足に「おぉ~」という感嘆の声が上がる。島国である桜花国の武芸は、これまでほとんど他国に伝わったことがないためだろう。ちやほやされているようで、少し得意な気分になる。
訓練が終わった後、ぜひにと声を掛けられ、「飲み会」に参加したのは、そういった喜ばしさからであった。
まずかった。
彼らはなんというかーー飲み方が野性的であった。
酒豪揃いで誰一人酔い倒れることなく、そのくせ酒癖が悪く管を巻く。
そろそろ失礼する、と何度も行ったが、「主役がいなくなっては困る」と言われて出るに出られなかった。
ようやく解放されて城に戻った時は10時を回っていた。
「遅いです」
クリステル様が笑顔で言う。
ゾクゾクと首筋に悪寒が走った。
笑顔で言う時は割と本気で怒っている証拠だ。最大をLEVEL-5とするなら、今はLEVEL-4くらいだ。これはまずい。
「申し訳ありません。本当に申し訳ありませんでした」
床に正座した私はひたすら頭を下げた。
「・・・・・・」
返事がない。
「あの、クリステル様」
「なんですか?」
まずい。二人でいる時なのに敬語だ。これも怒りLEVELの上昇を表している。
「その、ルリはーー」
「ルリさんが何ですか?」
「い、いえ、なんでもありません」
飲み会の場にはルリもいた。遅くなりそうだからクリステル様に伝言を、と頼んだのだが・・・・・・この様子だとルリからは何も聞いていないようだ。
「あの、申し訳ありません。全て私のーー」
言いかけた私は目端で何かを捉えた。机の上に何かがーー
それを見た瞬間、私の鼓動が跳ね上がった。
机の上には、クリステル様が私のために作ってくれたであろう晩御飯があった。
皇女の教養として料理を習っている彼女は、時たま私のためにご飯を作ってくれる。
振る舞ってくれる日は、決まって料理の教育のある日で・・・・・・それは、今日ではないか!?
そうだ! いつもは料理教育は週末に行うが、今週は他の教養の都合で本日に変更されていたのだった。
私としたことが、失念していた。
きっと、私を喜ばせようと心を込めて作ってくれたに違いない。
「もう、冷めてしまいました」
悲しそうな声が漏れる。
なんたる。
なんたる不覚。
完全に非は私にある。クリステル様は忙しい皇務を終え、疲れているはずなのに食事の用意をし、私をずっと待っていたのだ。
「もう、アヤメさんなんて知りません」
ぷいっ、とそっぽを向いてしまったクリステル様に謝罪しようとした時、扉がバアン、と開いた。
「わふぅ~、クリステルさ~ん」
酒瓶を抱え、千鳥足になっている未成年が現れた。というか、ルリだった。
「アヤメちゃんからでんごーん、帰り遅くなっちゃうっれ言っれらー」
普段の半眼で気だるげな表情は微塵もなく、頬を染めてニコニコしている。ついでにフラフラもしているが。誰だこいつは。
というかこいつも結局、飲み会の波に呑まれて抜け出せなかったのか。
私の横をすり抜け、クリステル様に抱きついた。唖然としていたから、止める暇もなかった。
「ルリさん大丈夫ですか? だいぶお酒を飲んでーー」
「ほら、クリステルさんにおみやげ~」
「んむっ!? んんっ!!」
「なっ!? ルリ!!!」
ルリは瓶の中身を口に含み、そのままクリステル様に口づけた。
「えへへ、おいしい?」
頬笑むルリに対し、クリステル様はその場にへたりこんでしまった。
「・・・・・・ルリ」
「あれ、アヤメちゃんだぁ、なんで? 遅くなるんじゃらいの?」
「遺言はあるか?」
「ゆいご、え、なり? 聞こへらい」
刀を抜いた所で、クリステル様がしくしくと泣き出す声が聞こえた。
「う、うぅ。うぅぅぅ」
両手で顔を覆い、肩を揺らして泣き出してしまった。
「ひろい」
ひろい? そう聞こえた。
「ひろーい(酷い)、アヤメさんひろいぃぃいい」
あ、これは。
前もこんなことがあった。
クリステル様はお酒に弱い。たった一口でこれだから、そもそも体に合わないのだ。
・・・・・・・・・・・
ひとまずルリは部屋に返してきた。落とし前は後でつける。
と、それよりも優先すべき問題が目の前にある。
「アヤメさんなんて嫌い、大嫌い」
「うっ」
酔っているとはいえ、クリステル様に言われるとかなり刺さる。繊細な私の心がバラバラとみじん切りにされていく。自分でまいた種とはいえ、ものすごく悲しい。
大人が四人は座れるほどのソファの両端に、私たちは座っている。未だ泣き続けるクリステル様と、ひやひやしている私。
今日は泣く方に入ったらしい。しかも、怒っている。言葉を間違えれば、もっと大変なことになる。
「あの、クリステル様。今日は私は、ソファで寝ましょうか?」
ピクリ、とクリステル様の肩が揺れる。
「どおして?」
「その、今日は、私と一緒にいると不快ではないかとーー」
ビクビクしながら答えると、キッと睨みをきかせたクリステル様が振り替える。胸がドキリと跳ねた。
鷹の目のように鋭い視線が、しかし次の瞬間にはぐにゃりと歪んだ。
「ひっ、ひっ、ひっ、どおし、て、そんなこと言うの? 私のこと、嫌いになったの?」
「いえ寝ましょう! 一緒に寝ましょう!」
バケツに溢れんばかりの水が貯まっているのを想像してほしい。クリステル様の紺碧の瞳に涙が溢れていく。今にも溢れ落ちそうだ。
「うそ、うそうそうそ! ソファで寝るって言ったとき、えうっ、嬉しそうだった、もん! ひっ、うぅ、久々に一人で寝られるのが嬉しいの? 笑ってたもん、ひぅ」
「いえ今のはーー」
「愛想笑いぃ。愛想笑いをしたのね。アヤメさんは、私に愛想笑いするんだ、うっ、うわぁあん」
駄目だこれは。まともに話していてもらちがあかない。
ここは、行動で示そう。
「クリステル様と一緒に眠ることが嫌なはずありません」
彼女を抱き抱えそのまま部屋内にある簡易浴室へと向かう。
「さあ、体を洗いましょう。歯も磨いてからベッドへ」
「うぅぅ」
涙が染み込んだままでは可愛そうだ。軽くシャワーでも浴びれば、幾分か気分も良くなるだろう。こうも酔っていては一人での湯浴みは危険なので、付き添うことにする。
「あの、クリステル様」
私の腕にしがみついて離れなくない。
「これでは着物が脱げません」
「んー!? んーんー!」
離そうとしたら、抗議された。
着物を脱ぐときも、湯浴みをするときも本当に難儀した。
ベッドについてからも、腕を離してくれる気配がなかった。
ぴっとりとくっつく肌から彼女の体温が伝わってくる。泣き止んではくれたが、私の腕を掴んでずっと俯いたままだ。
「クリステル様」
呼び掛けて髪を撫でると、スリスリと腕に頬を擦り寄せてくれた。それが、話を聞いてくれる合図のように思えた。
「今日は申し訳ありませんでした。お詫びに、なんでも言うことを聞きます。約束です」
彼女は私の腕を抱く力を込めた。
やがて、静かな吐息が聞こえてきた。
私も彼女を抱き締めて、作ってくれた夕食に目をやる。
机の上の料理は、とても綺麗に盛り付けられている。一人料理をしているクリステル様の姿が浮かび、やるせなくなってきた。
クリステル様が泣いていると、私まで悲しくなる。もう絶対に、今日のような間違いは起こさないと誓おう。
頭に口づけをし、静かに瞳を閉じた。
【翌朝】
クリステル「うぅぅぅ//////」←全部覚えてるやつ




