ソニピア 8
湯浴みを終えたソニアが部屋に戻ると、既に室内の灯りは消えていた。
電気をつけようとして、やっぱりやめた。
完全な暗闇ではない。カーテンの隙間からは、夜の街の灯や月明かりが漏れていて、机やベッドの輪郭はなんとなくわかる。
完全にヘソを曲げたピアが先にベッドへ入ってしまっていた。
ソニアはゆっくりとベッドに体を沈め、こちらに背中を向けているピアに抱きついた。
「ピアちゃん」
ソニアはピアに触れていながら心を読まなかった。
スリスリ、と肩におでこを擦り付ける。
「大好き」
髪を分け、見えた首筋にキスをする。
腕の中のピアがビクッと跳ねた。
「私が悪かったよ、だから機嫌なおして。お願い」
「ソニアさんは」
「んん?」
「私のこと、幻滅したりとか」
「ないない。私もピアちゃんとキスしたいよ。ずっとしたかったんだけど、もうちょっとピアちゃんが大きくなってからにしようかなって思っててさ――」
ガバッ、とピアが跳ね起きる。
「あれは、その――ちょっと考えがよぎっただけで」
「そなの? 」
スルリ、と伸びた手がピアの頬を撫でる。
「じゃあ、まだやめとく?」
頬笑むソニアに見つめられ、ピアは俯いて顔を赤くする。
「・・・・・・します」
「お、する?」
「ソニアさんと、してみたい・・・・・・ソニアさんじゃなきゃ嫌です」
「えへへ、ピアちゃん」
ソニアは立ちあがり、カーテンを明けた。月明かりが射し込んで、部屋の景色が一変する。
「なな、なんでカーテンを!?」
「え? 暗いとピアちゃんの顔見れないから」
「見なくていいですからぁ」
顔が火照る。きっと耳まで真っ赤だ。それを知られたくないピアは、両手で顔を覆う。
「ほっ、と」
ギシッ、とベッドが揺れ、ソニアの香りが近くなる。白く、温かい腕が首筋に巻き付いてきた時、ピアはアワアワと動揺した。
「ピアちゃん、大好きだよ。これからもずっとそばにいてほしい」
手をどけてみると、ソニアの顔が目の前にあった。
こんなに近くで彼女の吐息と温もりを味わえている。きっとそれは、とても特別なことで。月光に照らされる赤い髪も、しっとりとした潤いを思わせる翡翠色の瞳も、なにもかもが綺麗で。
ピアはそっと瞳を閉じた。
ソニアの両手に頬を包まれ、いよいよその時が来たのだと息を止める。
「・・・・・・」
しかし
「・・・・・・」
それは、いくら待ってもいっこうに訪れない。
薄く瞳を開けてみると、ソニアがじーっ、と唇を凝視していた。
「あの、ソニアさん?」
「あ、ごめん」
「私の顔、なにか?」
「違うの。ピアちゃんの唇、綺麗だなって思って」
ボーン! とピアの頭が爆発した。ソニアの手を払い、枕に顔を埋める。
「もう! 恥ずかしいこと言わないでください!」
あぁ恥ずかしい、恥ずかしい。
ピアは枕を力の限り抱き締め、体を縮ませる。
「あはは、ごめんね」
背後からはいつもと変わらないソニアの声。
「私はこんなに恥ずかしいのに、ソニアさんは緊張とかないんですか?」
枕から顔をあげ、ソニアの方を見た瞬間、
「ん、んん!?」
キスをされた。
あまりのことに、ピアは固まって動けず。瞳を閉じたソニアの表情と、唇から伝わる温もりに目を見開いた。
「緊張しないわけないよ」
唇が離れた時、ちゅっ、という音がやけに大きく響いた。
囁くソニアの声。その吐息が唇に触れてくすぐったい。
「ほら、こんなにドキドキしてるでしょ?」
ソニアはピアの手を取り、そっと自らの胸に押し当てた。
ピアの手に、ふにっ、という感触が伝わる。ソニアの胸は大きい。そして、人を駄目にする柔らかさを有している。
ボボボン! と、ピアの思考回路がショートする。
「はうっ」
オーバーヒートを起こし、目を回したピアが失神した。
「わああ!? ピアちゃん! だから、もうちょっと大きくなるまで待とうと思ったのに」
これからは髪も、肌も、唇も、もっと綺麗にしよう。ソニアに触れてもらえるのだから、もっともっと綺麗になろう。
薄れゆく意識のなか、ピアはそう決意するのだった。




