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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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ソニピア 7

ソニアの仕事が終わったのは今日も夜だった。

 

ホッと気が抜けて時計を見ると、11時半を回っていた。


「うへぇ」


ため息と共に妙な声も出てしまった。

 

この時期はやたらと忙しい。


 部署の新設、新人の育成、異動などなど、様々な理由で若輩からベテランまでてんてこ舞いだ。おまけに新法案が可決され、それに伴いヴェルガ軍やメルリス騎士団はもろもろの調整を余儀なくされた。そんなわけで朝から晩まで右へ左へ北へ南へと大忙しである。


――やっと終わったよ、まだ起きててくれてるかな


 朝食以降、何も口にしていないためお腹がグーグー鳴っているが、それよりも気になるのはピアのこと。


 今日はどんなことをしたのだろう。どんな話をすれば喜んでくれるだろう。

いつも自分の帰りを待ってくれている小さな女の子のことを考えると、胸がワクワクする。お帰りなさい、と言って微笑むピアを見れば疲れも吹き飛ぶ。

だが、今日は遅くなりすぎた。

先に寝ていてくれてもいい、と言っても起きて待ってくれているピアのために急がねばならない。


宿舎の階段を掛け上がり、ピアの待つ部屋まで小走り。


  あと少しでドアノブに手がかかりそうという所で、


 ドゴッ! ドッタンバッタン! と室内から音が聞こえた。


「なにごと!? ピアちゃん!!」


慌てて扉を開けると、床に蹲っているピアがいた。どこにぶつけたのか、おでこが真っ赤に腫れている。両手でおっかなびっくり、額に触れている。


「あっ、ソニアさ、おかえりなさい」


目尻に涙を浮かべつつ、ピアは微笑んだ。

うん、可愛いーーじゃなかった


「あぁ、どうしよう大丈夫!? おでこ見してみ?」


しゃがみこんで手を伸ばすと、「やっ」と言われて身を引かれる。


「え?」


「あのーー大丈夫ですから」


「いやいや、そんな真っ赤に腫らして。痛くしないから見せてみ」


「・・・・・・」


手を伸ばすと、ズズズ、と身を引かれる。


「見せてーー」


ズズズ


「見せーー」


ズズズ


「なんでよぅ、なんで磁石みたいに反発するんだよぅ。これじゃぎゅってできないじゃん。ピアちゃん私にぎゅってしてくれないの?」


ぶぅー、と頬を膨らませてみる。

それを見たピアはどうしたら良いのかわからない、という具合に視線を泳がせていたが、やがて咳払いをひとつするといつもの落ち着きを取り戻した。


「で、ですから。大したことないのでいいんです。ソニアさんの手を煩わせるまでもなく。それに一日くらい抱擁しなくてもーー」


「あ、ゴキブリ」


「え!? どこに!? きゃああああ!!!」


ソニアが指差した先に黒い虫がいた。

退いた壁の真後ろに張り付いていたものを見たピアは飛び上がった。そのままシュポン、とソニアの胸に収まる。

すると、ソニアの中にピアの気持ち・・・・・・いや、記憶が流れ込んできた。



・・・・・・・・・・・・・



~今から10時間前の出来事~


アウレリアの部屋に借りていた本を返しに行った時の出来事である。

ノックをしても返事がなかったため、そっと扉を開けて見た。僅かに空けた扉から、部屋の様子を伺い見るとアリスとアウレリアがキスをしていた。


窓辺に腰掛け、爽やかな日差しと風を浴びながら、二人は唇を合わせていた。外からは鳥の鳴き声、背後からはいつも通りのヴェルガ城の喧騒。いつもの日常の中、二人だけが日常から切り取られたようだった。


サッと風が吹いて二人の髪が揺れた。それを合図とするように唇を離したので、慌てて扉を閉めた。


そこからは早足で廊下を歩いた。

見てはいけないものを見てしまった。扉は静かに閉めたはずだが、バレなかっただろうか。

ピアの胸に様々なものが浮き上がるが、この胸の鼓動がおさまらないのは単に好奇心や不安からではなかった。



ーー私もソニアさんと、してみたい


ポン、と頭にお花畑ができてしまう。


「うはっ! 何を考えているんですか私は!」


ポヒー、と頭から湯気を出して悶えつつ走った。



~今から10分前~


「キスとはどんなふうにするものでしょう」


夜、天井で煌々としている裸電球よりも、ピアの目はギラついていた。

可能なだけ集めた恋愛小説を読みふけり、それぞれのキスシーンを吟味している。顎に指を当て、首を捻りつつ悶々とこの難題に向き合って数時間が経過していた。


「抱きしめられた時にそっと瞳を閉じればいいんですね、なるほどーーでも反対の場合は。私からするときはどうすれば?」


実戦を想定してみようと、ベッドにあるソニアの枕を手にとって抱き締めてみる。


「ふふ、ソニアさんのにおいがします」


枕を抱きしめ、ベッドの上を転がった。顔をニマニマさせてひとしきり楽しんだ後、さて実戦の練習をしてみようと思ったところで、


ピアは我に返った。


「って何してるんですか私はっ! こんなことしてーーだってまだ、ソニアさんの気持ちも確かめてないのに」


と、そこでソニアが階段を掛け上がる音が聞こえた。


「あ!? ソニアさ! まずい! まずいです! 早く本を隠して、あっきゃああ!」


と、慌てふためいた結果。ピアはベッドから転げ落ちた。



・・・・・・・・・・・


【現在】


「oh・・・・・・」


視線をベッドに移す。

ベッドの下には慌てて隠したと思われる本がいくつもあった。


ソニアは言葉を失い、胸の中にいるピアを見つめる。


「ゴキ、ゴキブリ! 早くしないと隠れてしまいます。紙かなにかを丸めて叩けばーー」


ソニアの顔を見上げたピアがフリーズする。


「ソニアさん、まさか・・・・・・」


ごくり、とピアの喉が鳴る。


「み、見ました?」


「一応、弁解するとね。わざとじゃないんだよ。ピアちゃんのおでこの瘤がどんなものか確認しようとしてーー」


言っている間に、ピアの顔が電球の如くどんどん赤くなっていく。同時に、瞳が濡れたように輝き始める。触れている手を通して、ピアの恥ずかしさやら気まずさがグングン上昇していくのがわかった。


「見たんですね! 見てしまったんですね!」


ピアがいやいやをしながら、丸めた拳でポコポコとソニアを叩く。


「だから嫌だと言ったのに! 最低です!」


「ち、落ち着いて、くっ、あうっ」


「バカバカ! ソニアさんのバカぁ! うわぁぁあん」


「いたたた、ピアちゃ、落ち着いておくれ。あ、ゴキを先に倒そう」


「うわぁぁあん」


アリス(またピアに見られたわーーまあ、いいか。キスを見られるくらい。その度に記憶消すのもね)



このアリスの判断が、後の悲劇を生んだ


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