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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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戦士達の忘年会

その夜は真冬らしい木枯らしが吹き荒れていたが、ヴェルガ城のとある一室では外気を防ぐ厚いカーテンがかかっており、暖炉には黄昏時のような色をした火が焚かれていた。


三人の戦士達が丸い机を取り囲んでおり、その中心には洋風の部屋に不釣り合いな土鍋が置かれている。


「で、なんで鍋なの?」


赤髪の騎士、ソニアが尋ねる。


「私がアヤメに食べてみたいって言ったのよ。桜花国の料理って食べたことないし」


銀髪の魔女、アリスが興味津々といったふうに鍋を見ながら答える。


「桜花では冬は鍋だ。もう少しでできる」


黒髪のサムライ、アヤメは責任感が強く、なんとしても二人が満足してくれるものを作ろうと余念がない。

以前、桜花国の料理が食べたいとソニアが言ったときは魚の刺身を振る舞ったが、生臭いと不評だった。今日はそのリベンジでもあるのだ。


コトコトと鍋が煮える音が聞こえていた。

会話はほぼなかった。


この三名、普段はほとんど関わりがない。ただ、互いに守護する者同士に繋がりがある程度。

せっかくだから三人で食事でもしてきたら? と言い出したのはクリステルであった。それはいい、と賛同したのはアウレリアとピア。

いつの時代も妻とは、夫同士を会わせて仲を取り持とうとするが今回も例外ではなかった。


そのようにして、大した段取りもなく、いきなり同じ篭に入れられた三名は、なにをどう話すかと思案している有り様であった。


「出来上がるまでのあいだお酒でも空ける?」


「待って、アリスって未成年じゃない?」


「見ためはそうだけど、それなりに年取ってるわよ私」


「あれ、そうなの? 私も20越えてるし。あ、アヤメちゃんは16だから駄目だよね」


「桜花では16は元服だ。酒も煙草も許可されている」


「あら、ならあなたも飲めるじゃない。飲む?」


アヤメはかぶりを振った。


「悪いがアリス、酒は控えてもらいたい。舌を濁さず、一口目は純粋に鍋を味わってはもらえないか?」


「うわぁ、でたー。アヤメちゃんのこだわりでたー」


聞いていたソニアは首を横に降り、面食らっているアリスを見て意味ありげなウインクをしてみせた。


「料理人がそう言ってるから、そうしましょー」


「ま、まあ私が食べたいと言い出したんだし、そう言うなら従うけど」


「すまない、恩に着る」


「いいのよ」


またコトコトと鍋が煮える音だけに戻った。

会話が途切れた。


「というか、お酒を提案した本意はもっと和気藹々とやれないのかってことよ。さっきから鍋がグツグツいってるだけで、私たちろくに話もしてないわよ? お葬式じゃないんだから」


「それもそうだね。う~ん、せっかくの忘年会だから三人に共通した話題でなにか話せたらいいよね」


机に頬杖をついたソニアはアヤメを見る。

アヤメはしばし天井に視線をやり、思いついたように言った。


「そういえば、ヴェルガ国騎士団はメルリスの他にもうひとつ組織を作ると聞いたが」


「お、アヤメちゃんも知ってたんだ。私も聞いたことあるけど、詳細は知らないなぁ。アリスは?」


「私は・・・・・・ちょっとなら知ってるけど」


「そうだ、思い出した。確かアリスって騎士選抜の試験官だったよね。どうだった? 優秀な子いた?」


「14歳くらいの優秀な女の子がいたわ」


「あは、それは将来有望だね」


「その子ね、まだ5才の頃に兵士だったお父さんが殺されて、それからずっとヴェルガの騎士団に入ることを夢見て鍛えてきたんですって。なかなかに衝撃な話だったわ」


「そうか、辛かっただろうな・・・・・・だが、その子には頑張ってほしいな」


「いえ、あの・・・・・・その子のお父さん殺したの私なのよね」


「「えっ!?」」


アヤメとソニアが思わず身を乗り出した。


「やっ、ちょっと待ってよ。ちゃんと理由があるのよ。殺したのは私であって、私でないみたいな部分もあるし」


アリスはうっかりとんでもない話をしてしまったと思ったが、今さら後に引けず。こんな時はひとまずウイスキーを喉に通したいが、グラスは空であった。


「いつだか城に侵入した賊が爆弾仕掛けてて。運悪く私がそれを見つけて、咄嗟に爆弾を城の大金庫に放り投げたのよ。ほら、金庫って鋼鉄でできてたから、爆弾の威力も無効になると思って。誰もいないと思ってたけど――その子のお父さんが金庫で横領していて」


「大金庫の金をくすねていた所に、爆弾が突っ込まれて鍵をかけられたのか」


「そう」


「その人は木端微塵ってこと?」


「ええ、盛大に吹っ飛んだわ。一応、名誉の死ということでお葬式には――って、本当にお葬式の話になってるじゃない」


「ここ笑うとこ? 泣くとこ?」


「笑っては駄目だと思うが・・・・・・アリス」


「わかる、あなたが何を言いたいのかわかるけどやめにしましょう。私だって思うところはあるのよ」


再び鍋が煮える音だけに戻った。


会話は途絶えた。


・・・・・・・・・・


「よし、できた」


ついにアヤメが鍋の蓋を開けた。

モワッと白い蒸気が飛び出し、極上の食材たちが完璧な調和を生み出す香りが立ち込めた。


「おお!」


「これで完成? 食べていいのかしら?」


ソニアとアリスが思わず身を乗り出す。

音をたてて煮える鍋を見て、興味津々といった様子である。


アヤメがお玉を使って小皿によそり、二人に差し出した。


「ありがとっ! ではでは!」


「そうね、いただくわ」


ハフハフ、と言いながら具を噛み締める二人をみて、アヤメは満足だった。

鍋は会心のできである。二人も満足そうに舌鼓を打っている。

この時のため、鍛練に鍛練を重ねた。料理とは正確さだ。寸分の狂いもなく調味料を投入し、完璧ともいえる時間配分で仕上げた。まるで長い戦いを終え、ようやく平穏を勝ち取ったかのような、得もいえぬ満足感がアヤメの心を満たし始め――


「これ、味が薄いわ」


アリスがバッサリと切り捨てた。あまりの衝撃に、アヤメは聞き違いではないかと思った。


「ああ、うん。桜花の料理ってこんなもんだよ? 基本薄味」


「マヨネーズかけたら駄目かしら?」


「それはアヤメちゃんが怒るんじゃないかな~」


「せめてもう少しコクがあれば」


「コクかあ。そいえば麦酒入れるとコクが出るって」


ソニアは麦酒の入った瓶を手に取り、急に鍋の中へ注ぎ始めた。


「なっ!? やめろ!」


アヤメは慌てた。箸の先で麦酒瓶の()()を掴み、惨劇を止めた。


「なな、なんてことをするんだソニア!? 正気か!」


「まあまあ、堅いこと言いっこなしよ」


アリスが箸の先で鍋の中をグルグルと回す。


「やめっ! 掻き回すな!」(涙目)


・・・・・・・・・・


やがて鍋会が終わった。

一番多く肉を振り分けてもらったことでどうにか機嫌を直したアヤメと、ウイスキーを三杯飲んで上機嫌なソニアとアリス。

お酒が進んでいくうち、ようやく三人の目は輝きはじめて舌も滑かになってきた。


「ま、悪くなかったわよ。鍋」


「あれだけ麦酒を注いでおいてよく言う。もはや違う国の食べ物になっていたぞ」


「まあまあ。お腹も膨れたところで女子トークしよ、女子トーク」


「女子トーク?」


「好きな子の話、とかどうよ」

 

「それ、わかりきったメンツでやって楽しい? 誰が誰を好きかとかわからないうちに話すのが楽しいんじゃないの?」


「クリステル様は大切な人だ」(ガチ)


「勝手に始めないでよ、まだ審議中でしょ」


「いやいや、ピアちゃんもなかなかのものだよー」(割とガチ)


「あなたたち、アウレリアの可愛さをなんにもわかってないのね」(なんだかんだガチ)


「アリスだってノリノリじゃん」


誰の彼女が一番可愛いのか、という火花が散りそうな話題であるが、酒で気分のよくなった彼女たちはキャッキャとはしゃいでいるので問題なかった。



「ではでは、そろそろゲームでもしようか」


ソニアがトランプを取り出した。


「面白いわね、ポーカーでもやる?」


「ぽーかーとはなんだ?」


「アヤメちゃん初めてか。ちゃんとルール教えてあげるね」


手際よくトランブを切ったソニアが言ったとき、何事か閃いたアリスが不適な笑みを浮かべる。


「ねえ、このゲームなにか賭けましょう」


「賭け、とは?」


「そうねえ。例えば負け犬は勝者の言うことを何でも聞くとか」


「いやいや、初心者のアヤメちゃんにいきなりハードじゃないかな?」


「いや、受けてたつぞ」


「ふふ、言ったわね」


「二言はない」


「それじゃ始めましょうか。その前に言っておくけど、能力を使うのはなしよ。いいわね?」


「おっけい」


「ふん、能力など使わないさ」



この約束を律儀に守ったのはアヤメだけであった。

心が読めるアリスと、触れたものの性質を見抜くソニア。人の心理を読む賭け事に、極めて使える能力を持つ二人。猫の能力が出現するだけのアヤメでは、どのみち能力を解放したとて勝ち目はなかった。


結果はアヤメの惨敗であった。



次回、アヤメの罰ゲーム

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