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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
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アリレリア 3

 そんな決意をしてから随分と時間が経ったと思う。時間が経ったと言っても、神に等しい力を目覚めさせた私は年齢を固定されてしまっている。今も鏡を見れば、決意した日の私がそのまま映っている。

 

 家を出てここに来たのは十六の時だったか。

 

 家族には「婚期を迎える前にヴェルガ国で成功してみせる」と豪語したけど、私も二十代の後半か。

 まずいわ、緊急事態よ。世間で言われる婚期はとうに過ぎたのに、私は未だヴェルガ国でベビーシッターをしているのだから。

 赤ん坊だったあの子と出会ってから、長い月日が経ったわ。なにせアウレリアはもう十三歳。早く大人になって実権を握ってほしいけど、十三歳ってまだまだ子供よね。


「ほら、アウレリア」


「うぐ、うぅ」


 現に今だって真夜中に私を部屋に呼び出しておいて、ベッドの上でべそをかいているからね。


「泣かないの」


 泣きじゃくるアウレリアの肩を抱き、頭を優しく撫でてあげる。こうしてあげるとこの子は落ち着いてくれる。そんなことがわかるくらいには、同じ時間を過ごしてきた。

 先刻、私の部屋に備え付けてある電話のベルが鳴った。皆が寝静まった深夜で、もちろん私も寝ていた。煩わしく思いつつ受話器を取ると、アウレリアの震えた声が聞こえて来た。

 何事かと飛んできたけど、アウレリアは布団をかぶって震えるだけで話をしようとしなかった。


『あんたまさか、おねしょ?』


『なっ!? なにを言い出しますの!? 侮辱ですわ!!』


 ちょっとした意地悪がアウレリアの逆鱗に触れた。やいのやいの、ぴーちくぱーちく、喚くものだから“力”を使って布団を引っぺがすと、シーツの上に赤い斑点があった。

 お腹に突っ張るような痛みがあって気分が悪い、とは言っていたけど。まさかその日が来たとはね。いくら知識はあるとはいえ最初は驚くものよね、それで恐くなって私を呼んだのか。体の変化に不安になるのはわかるのだけど、さっきからしくしく泣き通しで涙が枯れることがない。


「誰だって大人になればこうなるのよ。あんたのお母さんもお姉さんも、私だってそうだわ」


「うぅ、ふぐっ」


「・・・・・・」


 そろそろフォローの言葉が尽きてきたわ。っていうかめんどくさいわこいつ。


「何が不満なのよ。大人の階段上ったんだからおめでたいことなんだからね」


「めでたくなんて。嬉しくなんてありませんわ」


「お、っちょ! おっとと」


 衣擦れの音と共に、アウレリアが私に抱き着いてきた。押し倒さんばかりの勢いだ。別に踏みとどまることもできたけど、眠かったし力も抜けてたから、とりあえずされるがままに押し倒されてみた。


「なにすんのよあんたは」


 アウレリアは何も言わなかった。暗闇の中で、息遣いが感じられる。凍えているような小さな吐息が、空気を震わせていた。やがて太腿やら胸やら、密着した部分から、人肌の温度がじんわりと体に伝わって来た。


 頬に、何かが触れた。


 ほんの微かにかすめただけのそれがキスだと気づいたのは、しばらくしてからだった。これまでおふざけでキスをしてきたことはあったけど、それとは少し違う熱が込められていたのがわかる。


「アリスは、わたくしがこういうことをするの冗談だと思っていたのでしょう?」


「キスのこと?」


「ええ」


「まあ、おふざけ程度に思っていたけど」


「わたくし、冗談ではありませんのよ。ずっとあなたのことを――」


「やめなさい」


 唇に人差し指を当てて、それ以上の言葉を紡がせないようにする。それより先は言ってはいけない、私のためにもアウレリアのためにも。


「アウレリア、あんたは皇女で私はお目付け役。それが私たちの大切な関係よ、いいわね?」


 フルフルとアウレリアは首を振った。


「いや、いやです・・・・・・大人になったら、お嫁に行かなければならないの。好きでもない男に、体を差し出さなければならないの。そんなのいや、わたくしはアリスが好きだから」


「あんた・・・・・・」


「恐いですわ。ずっと、アリスと過ごせたらと思っていたけど。わたくしの体は、準備が整ってしまって、だから」

 

 そうだ、この子も私と一緒。女として生まれたらいずれは――


「あんた、私のこと好きすぎじゃない?」


 ぽんぽん、と背中を撫でてみる。


「好き。アリスが好き」


 えずきながら答えた。涙の粒が次々に落ちてきて、私の頬に当たって弾ける。


「私もアウレリアが好きだけど、ずっと一緒にはいられないでしょ? 女同士で一緒になるなんて無理なのよ」


「――え」


「今は不安かもしれないけど、素敵な王子様が見つかるかもしれないじゃない。悲観的なのは良くないわ」


 私はアウレリアの手を取って立ち上がった。


「さあ、着替えましょう。血の付いたシーツも取り換えるから」


「いやっ、待って、いつもみたいに、わたくしを助けてはくれませんの? アリスならきっと知恵が――」


「ないわ、一緒にはいられない」


 そう言った私の腰にしがみついて、アウレリアはずっと泣き続けた。これからも傍にいてほしいだとか、嫁いだ先にもついてきてほしいだとか、無理難題を延々と。空が白みを帯びるまで、ずっとそれが続いた。


 気持ちは痛いほどわかるけど、仕方ない。

 だって仕方ないじゃない。私は出世するためにここへ来て、あんたを育ててきた。

 あんたが皇女としての義務を捨てたら、私はどうなってしまうのよ。



次の日から、アウレリアは私を遠ざけるようになった。


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