ソニピア 5
信じられないことが次々と起こった。
奴隷から解放され、再びソニアの部屋に連れてきてもらえた。
電話で両親に連絡することもできた。電話口で涙声のお父さんとお母さんの声を聞いたら、涙が溢れた。一週間もあれば家に帰ることができる。
もうそれだけで十分であったから、モーテンセンから渡された10000万ガルドは受け取らなかった。ソニアの勧めで家に帰るための旅費と一年分の給料はもらうことにして、残りは孤児院や病院に寄付した。
こんなに嬉しいことが起こっていいのだろうか。
そして夜になった今、ソニアに抱かれながらベッドの中に入っている。
「良かったねピアちゃん、おうちに帰れるよ」
「ん、んう。苦しい」
「あ、ごめんね」
えへへ、と笑うソニア。
顔が近すぎて恥ずかしくなったピアは、ソニアの腕の中で俯く。
「ソニアさんてめちゃくちゃな人ですね」
「あ、褒めてる?」
「・・・・・・はい」
「あ!」
「え!?」
「ピアちゃんが笑った」
ソニアがピアの頬をむにむにといじって笑う。
「うんうん、いいよいいよ。ピアちゃんは笑顔が素敵」
「――恥ずかしいこと言わないでください」
上ずった声で訴えると、やはりソニアは笑った。
「ありがとうございます」
「んー?」
「お礼、きちんと言えていませんでした」
「――うん!」
頭を撫でられる。
ピアの胸がドキン、と跳ねる。撫でてくれる手も、微笑みも何もかもがものすごく温かくて――
その時、思った。
幸せだと。
だから結んでいた唇が解けて、もう随分とできていなかった笑顔が浮かんだ。
うまく笑えているかな、変な顔になってたら嫌だな。
「あの」
「なあに?」
「私、変な顔、なっていませんか? こんなふうに笑うなんて久しぶりで」
ソニアの服をぎゅっと摘まんで問いかける。
ちゅっ、と額に口づけられる。
「ひゃ、ひゃあっ!? ソニアさ」
「可愛く笑えてるよ」
ポヒーポヒーと真っ赤になったピアの顔から煙が出る。
心臓がドキンドキンとうるさく鳴る。胸が締め付けられるのに、苦痛ではない。凄く嬉しくてどんな顔をしていいのかわからない。感覚が追いつかない。
「私ってさ触れたモノのことがわかるのね」
「はい?」
「普段は人の心まではわからないんだ・・・・・・でも、ピアちゃんのことはわかる。それはね、私に心を開いてくれたからなんだよ。昼間に抱きしめた時、私のこと信頼してくれたでしょ? だからピアちゃんのことが分かったんだよ」
「私のことがわかるんですか?」
「うん、おかげで助けに行けたよ。ねえピアちゃん、これからは好きなことしていいんだよ。辛い目に遭った分、幸せにならないと駄目」
真剣な表情でソニアは言った。
ソニアに柔らかく包まれながらピアは考える。
これまで色々なことがあったけど、ずっと変わらない思いもあった。
「この国で学んで、立派なお医者さんになりたいと思っています。ずっと勉強もしてきました・・・・・・お父さんとお母さんに挨拶を済ませたら、またこの国に戻ってきたいと思っています」
「それじゃあさ、その時は私の部屋で一緒に暮らそうよ。ピアちゃんがどこかで酷い目にあってたらって思うと落ち着かないし」
「ソニアさんには恩返しがしたいと思ってます、これ以上頼りになるわけにはいけませーー」
「一緒にいてくれることが恩返しだよ」
ソニアはピアの頭をもう一度撫でる。
頬を染めているピアから子供特有のミルクのような香りがした。
「ピアちゃんと一緒にいたいよ」
ソニアはその特異な能力故に、懸命に励むことができない。一度触れ、或いは目にすれば、あらゆるものを修得することが可能である。
その力はいつしか人々を遠ざけた。
住む場所の違う人間である、と敬遠され。
あまりにもふざけた力だ、と妬まれ。
ソニアに心を許す人はいなかった。
だからこそ、ピアの心が読めた時は鮮烈な印象が刻み込まれた。
生まれた場所も肌の色も関係ない。ピアと一緒にいたかった。
「ソニアさん」
ピアはソニアの顔を見ていた。
この一年、主人の顔色を窺う日々だった。
些細な顔色の変化で、胸のうちで何を思っているのか汲み取らなければならなかった。そういう力を身に付けてきた。
ソニアは微笑んでいるけれど、とても寂しそうに見えた。
「ここで、暮らしてもいいんですか?」
ピアが言った。




