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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
19/36

ソニピア 3

連れてきてもらったのはヴェルガ国城内にある騎士団専用の兵舎であった。

 シャワールームを使わせてもらった後、真っ白で肌触りの良いタオルを手渡された。


「これ使って」


 いつも使っているのは染みだらけのボロ雑巾のようなタオルだ。柔らかくて、香りのよいタオルを使うのは随分と久しぶりであった。ピアが思わずタオルを抱きしめていると――


「ピアちゃん先に私の部屋行ってて。ここの二階の一番右端の部屋ね、メイド服は今洗ってもらってるから乾いたら持ってくよ」


「あ、あの」


「ああ、下着はそこの籠に入ってるから。サイズの合うの使ってね」


「・・・・・・ありがとうございます。そうではなくて、私――」


「じゃ、私もシャワー浴びたら行くから」


 有無を言わさず、ソニアはシャワールームへ入ってしまった。

 


そうしてピアは今、ソニアの部屋にいる。

 メルリスはヴェルガ騎士団の中でも優秀な部隊であるから、贅沢な部屋で暮らしているのだろうと想像していたがそんなことはなかった。なんてことのない、普通の八畳部屋である。


 外は未だ雨が降り続けており、雨粒が(つぶて)のようにガラス窓を叩いていた。

 ガラス窓には下着の上にキャミソールを着た自分が映っている。使わせてもらったシャンプーのおかげで、髪がつやつやになった。触ってみると指通りも良い。

続いて人差し指で自分の頬をつついてみた。肌がもっちりと潤っている。こんなに綺麗になったのはいつぶりであろうか。

 

見ず知らずの人にここまで親切にしてもらえた。ピアの心の中で尊い感情が芽生えかけたが、それはすぐに溶けて消えてしまった。笑みがこぼれた瞬間、脳裏をよぎったのはヨセフだった。


『いいか、役人に攫われたとかなんとか余計なことを話してみろ。舌を焼いてやるからな』


 焼けた鉄をもって迫られた日を思い出す。

 そうだ、何をはしゃいでいるんだろう。私が帰る場所はあの屋敷。優しくされても張り詰めていた心を解いちゃダメ。だってそうしたら――あの屋敷へ戻った途端に気が狂ってしまう。


 きゅっと小さな唇を結んでいた時、ソニアが部屋にやって来た。


「あらら、どうしたの電気もつけないで」


 濡れた髪をタオルで押さえながら入って来たソニアもキャミソールを纏っている。

 ソニアはベッドに腰かけ、タオルでぱたぱたと髪の水気を取り始めた。


「ってピアちゃんもまだ髪濡れたままじゃない。おいで、拭いてあげるから」


「ソニアさん」


「ん、どうしたの?」


「――私帰らないと、主人が待っています」


「雨が上がるまではここにいたほうがいいと思うよ。それにメイド服まだ乾いてないし」


「お使いを、頼まれているんです。早く戻らないと怒られてしまう」


「お使いってあのクッキーのこと?」


 ピアはこくりと頷く。


「お金はあるの?」


「・・・・・・」


余分なお金は持たされていなかった。財布の中は空である。


「ピアちゃん?」


唇を結んで俯くピアに、ソニアは萎縮させない声で問いかける。人懐こい瞳が、ピアの心に刺さる。


「・・・・・・持っています。大丈夫です」


嘘をついた。

この人にこれ以上迷惑はかけたくないと思う気持ち。自分の不甲斐なさに苛立つ気持ち。そういった感情が絡み合う。口から出たのはピア自身も驚くような、意地を張った声色であった。


 うーん、と顎に指を当てて考えていたソニアは柔らかい表情を浮かべる。


「ねえ、クッキーを買うお金は私に出させてくれないかな?」


「な!? そんなの駄目です」


「そこをなんとかお願い」


 ソニアは両手を合わせて頼み込んだ。


「助けてもらった上に、お金を出してもらうなんて駄目です」


「うん、だからさ。お金は今日じゃなくて、今度返しに来てよ。せっかく会えたのに、これっきりなんて寂しいよ。私がまたピアちゃんと会いたいからさ。ね? お願い」


 ピアは驚いた。


 どうして初めて会った自分にここまで言ってくれるのだろう。

 恐らくこの(ひと)は私の嘘に気づいている。親切を素直に受け入れられず、嫌な態度をとってしまっているのに。そんな私を助けようとしてくれている。


「どうしてです」


「ん?」


「どうしてそこまでしてくれるんですか、私はただの奴隷です。優しくてもらう価値なんて――」


「ピアちゃん、そうゆうこと言っちゃだめ」


ソニアの声が強くなる。


「だ、だって私はシャシール人で。あなたたちにとって私は醜い」


 言葉を紡ぎかけて、うっ、と口をつぐんだ。

涙の粒が浮かんだ時、あぁそうかと思った。


口ではあんなふうに言ったけど、本当は否定してほしかったんだ。生れた場所も肌の色も関係ないよ、と言ってほしかった。


だって優しくしてくれたから。縋ってしまう。


ソニアはピアをひょいと抱き上げ、自分の膝に座らせる。


「あっ、ちょっと」


「ごめんね、ヴェルガ人はひどいことを言う人もいる。でも、私のことは嫌いにならないでほしいな。今度また会ってほしいよ」


 そう言ったソニアはおでこをピアの頭に擦りつけた。


「えうっ」


 思わず悲鳴が出てしまう。この国に連れてこられてから、こんなに優しく触れてもらったことがないし、おでこを寄せ付けられたこともない。


「ソニアさっ、恥ずかしいです、やめて」


「ピアちゃんが許してくれるまでやめな~い」


 ごしごしと髪が触れ合う。きゅっと胸が締まる気がした。肌と肌が触れ合うという親しみが、とても懐かしかった。


「やめてと言っているのに、あはは、くすぐったいです」


あれ? とピアは思う。否定の言葉を告げたはずの自分の声が弾んでいる。


「うりうり」

「ひゃあ」


ソニアが囁くたびに吐息が首や頬に当たった。

あまりに距離が近すぎて、恥ずかしさから顔が真っ赤なのがわかる。


――ソニアさんは恥ずかしくないんでしょうか?


そう思って、顔をあげると目と目が合った。


あっ、とピアが瞳を大きくして俯く。ソニアは微笑みながら、頬を擦り合わせた。


「ね? このままお別れは寂しいよ。また会いに来て欲しいな~」


「わかりました! わかりましたから」


「うふ、やったぁ」


 体をぎゅうっと包まれる。

 ソニアの肌の温もりが直に伝わり、ピアはドギマギして体を硬直させた。それでも、胸の奥にあった重たいものが消え去った気がした。綺麗な人に触れてもらえて緊張するけど、どこか満たされて心地よい。


「あ、あの」


「なに?」


「嫌じゃないんですか」


「嫌ってなにが?」


「私シャシール人です、肌の色も白くないですし」


 ちゅっ

 と、ソニアはピアの首に口づける。


「どうしてそんなこと言うの。ピアちゃんはピアちゃんだよ」


 頭を撫でてくれる。よしよし、と動く手はとても温かかった。生命の息吹を誘う春のような、そういう大きな温もりであった。

 数々の差別を受け、シャシール人であるということを呪った日もあった。けれど、そういう色々なものが解けた。ソニアが嫌じゃないと言ってくれるなら、それで十分だと思えた。


「また私に会いに来るんだよー。絶対の約束なんだよー」


 ソニアはピアの頭を撫でつつ、ゆらゆらと肩を揺らした。ひざに乗っているピアにとっては揺りかごのようであった。

 この雨がいつまでも降り続けばいいのに。

 ソニアの体に包まれながら、ピアはそう思った。


・・・・・・・・・・


 雨が上がった。 


 乾いたメイド服を纏い、ソニアと共に街へ出る。と、ふいに掌が柔らかいものに包み込まれた。見ればソニアが手を握っている。


「手を繋がないと迷子になっちゃうよ」


「私は子供ではありませんよ」


 唇を尖らせて言う。


 むくれた表情をしていたけれど、不思議と嫌ではなかった。ソニアに手を繋いでもらえることが嬉しくてたまらなかった――のは、最初の五分間だけだった。


「あ、あのキャンディショップ美味しいんだよ」と言ったソニアが立ち止まり、物欲しそうにショウウィンドウを見る。ソニアは少し歩けば何かに釣られて、右に曲がったり左に曲がったり、かと思えば立ち止まって引き返したりした。ピアはその度に手を引かれていた。


「ソニアさん、そろそろお店に行きましょう」


「もうそんな時間?」


「クッキーを売っているお店から大分遠のいてしまいましたよぅ」


 最初はされるがままであったが、なんとかソニアの背中を押して進むことを覚えた。このままでは本当に帰りが遅くなってしまう。


「ごめんごめん、あれ。ここどこだっけ?」


「右です、そっちの道へ入って」


「はーい」


 ソニアはふわふわとした表情で微笑んだ。

 やっとのことでお店にたどり着き、完売寸前であったクッキーを買うことができた。安心したらどっと疲れが出た。ソニアは少し焦って、


「ごめんねピアちゃん、私方向音痴だから」


「ソニアさんのは方向音痴とはまた違う気がします」


「え、そう? あはは」


「フォローしたわけではありません――いつもあんなふうに。気ままに歩いているんですか?」


「うん、だいたいあんな感じかな」


「・・・・・・」


 あの雨の中、この人と出会えたことは奇跡だと確信する。

 

・・・・・・・・・・


 やがて街外れまで来て、ソニアとピアは握っていた手を放した。


「ありがとうございます、後は歩いて帰れますので」


「そっかそっか。じゃあ、また会えるの楽しみにしてるね」


「はい、必ず会いに来ます」


 ピアはもう一度だけ頭を下げ、雨で湿った道を歩き始めた。陽が傾きかけた空は黄金色に輝いていた。先刻の名残で道路や草に残る滴までキラキラと輝いていた。雨上がり特有の、熟れた果実のような香りが漂っている。その中で、まだ微かにソニアの香りが残っていることにピアは気づいた。


 振り返ると、ソニアはまだこちらを見て手を振っている。

 ピアも手を振り返してまた歩き出す。


 街が見えなくなるまで、ピアは何度も振り返った。ソニアはそのたびに手を振ってくれた。

 バスケットにはソニアが買ってくれたクッキーが入っている。その重みが嬉しくもあり、悲しくもあった。


「また会えるの楽しみにしてるね」


 ソニアがくれた言葉を、なんとなく呟いてみる。

 そうすると足取りが軽くなり、胸がキュンと締め付けられた。

 くふふ、なんて微笑みもこぼれてしまう。


 ふと、ソニアの表情を思い出してピアは微笑んだ。握ってもらった掌を見つめる。


「手を繋がないと迷子になっちゃうよ、だなんて。ソニアさんの方がよっぽど手を繋いでないと駄目です」


 ピアは微笑んだ。


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