アヤクリ
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女の子たちが幸せに過ごす優しい世界を目指して書いていきます。
それでは開幕でございます。
雨の音が聞こえた気がした。音は小さいが、雨粒が窓ガラスを叩くのが聞こえる。静まり返った室内で水の音以外に聞こえるのは自分の呼吸。
――今、何時だろう
布団をかけ直してもうひと眠りしたいが、瞼に明るさが染みる。雨の日でも、朝は眩しい。
「おはよう」
その声に目を開けると、目の前にクリステル様がいた。
「・・・・・・クリステル様、おはようございます」
「うん」
彼女は微笑んで私の手を取る。
「いつから見ていたのですか?」
「アヤメさんが起きる少し前まで。可愛い寝顔だったよ」
私は慌てて顔に触れる。まさかとは思うがよだれなど垂らしていなかっただろうか、いびきをかいていたらどうしよう。
「大丈夫だよ、可愛かったって言ったでしょ」
クリステル様は私の首に腕を回して引き寄せた。サラサラした彼女の前髪が額に触れてこそばゆい。
「あ、あの、クリステルさ――んっ」
「ふむ」
口づけを交わす。
思いのほか室内は肌寒い。温かいのは布団の中にある彼女の体温。外気から身を護るように、抱きしめ合って唇で触れ合う。
シーツがこすれる音がして、彼女の太ももが私のものと重なった。胸がキュンと締め付けられて目が覚めてしまった。
「ふふ、あったかいね」
「はい、とても・・・・・・外は雨ですね」
「そうだね」
「もう少しこのままでよろしいでしょうか?」
「いいよ。私もこうしていたいから。さっきも抱きしめようとしたけど、それでアヤメさんが起きてしまったら寝顔が見れなくなっちゃうって我慢してたんだよ」
おでこを擦りつけ、私を抱く手の力が強くなる。
私は彼女の頬を包むと、もう一度だけ口づけを交わした。
「今度は絶対に早く起きて、あなたの寝顔を見ます」
「あはは、こんなものでよければいくらでもどうぞ」
私たちは抱きしめ合い、小さな笑い声をあげてベッドの上を転がった。
ヴェルガ皇国第一皇女、クリステル・シェファー様。
輝く金色の髪の下に整った顔立ち、そして紺碧の空が宿ったような瞳。彼女はしっとりと湖畔に咲く花のように美しい。容姿ばかりではない。その心もまた高貴さと慈愛を併せ持つ。優しく、誰にでも気遣いができる彼女は多くの人を魅了した。
それ故か、彼女は命を狙われている。
どういった因果なのか、ヴェルガ国から遥か東に位置する桜花国で暮らしていた私に護衛の任が下された。
クリステル様が光とすれば私は影。比喩ではない、黒い髪と鳶色の瞳だから本当に影を纏っているようなのだ。加えて妙な力まで持っているから、敵からも味方からも死神と蔑まれている。
だがクリステル様は、私に柔らかい瞳を向けてくれるのだ。
この方をお守りしたいと心から思った。




