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センコウハナビ  作者: 谷部紗枝利
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第八章

「着いた」

 有理の家から歩いて二十分。本来ならもう少し早く着いても良いのだが、身の安全第一で行動したため少し多く時間がかかってしまった。

「まぁここしか無いよね、普通に考えて」

 緊張気味に目の前を見つめる有理。辿り着いた先は俺の家だった。両親は居らず、かつ人工知能は一人のみ。勝手知ったる家なので、メグだけをクリアしてしまえば様々な対策をしたり考えをまとめやすい一番最適で、唯一の選択肢である。

「明かりは点いたままだね」

「ああ、そして何かあったような雰囲気は無い」

「メグちゃんは新種?」

「いや、三年前に買ったからギリギリ十三代目だ。だが人工知能は全て敵だと考えるべきだと思う」

「その通りかもしれないけどさ……もしかしたらってこともあるかもしれないよ?」

「無い。人工知能は効率重視。常に論理的に考える。普通に考えて人工知能が人に味方する理由も意味も無い」

「分かってるけどさ。ならモモタローはメグちゃんを、壊せるの? 殺せるの?」

 確かにメグはさっきの人工知能とはわけが違う。たとえ相手に感情がなくとも、三年前に両親が死んだ後、俺が生きてこられたのはメグのおかげであり、俺にとってはもはや家族同然に情がある。それでも……。

「ああ、壊せる。俺の最優先事項は有理を守ることだ。有理に危害を加えるなら、それを排除する」

 自分の苦しみを伴わずに生きて行こうなど、地獄で生きるには甘すぎる。覚悟はもう、出来ていた。

「かっこつけんな、バカ……。あっ、でもあれが放送されてからもうだいぶ経つよね? 本当に効率重視するなら変にモモタロー待つより、他を回る気がしない?」

「なるほど、確かにその可能性もあるのか……。しかしそっちにもデメリットがあるぞ? あんな放送があった後に、一人で人を殺して回っても成功する確率が低い。事実さっき有理の家で留まっていた時には、他の人工知能が寄ってくる気配はなかった」

「そっか。ならもう入ってみるしか無いってことだよね?」

「ああ、俺から少し離れていろよ? どんな仕掛けがされているか分からない」

 ましてあの悪知恵ばかり鍛えられているメグのことだ。どんな悪質なトラップが仕掛けられていても不思議では無い。だから念のため有理を少し離しておこうと思った。

「やだ!」

「……は? 俺の意図がわからないのか?」

 お前を守るためにと続けようとして有理に遮られる。

「うちは別にモモタローに守られたくて生きることを決めたわけじゃ無いよ? モモタローと一緒にいるために生きてるの」

 同じことじゃないかと思った。それが顔に出ていたのか有理が続ける。

「モモタローにとっては結果が同じなのかもしれないけど、うちにとっては全然違うからね今の二つは。生きると決めたからにはうちは逃げるつもりはない。モモタローだけが全てを背負う必要はないの」

 手を握り俺の目を真っ直ぐ見つめる。

「一緒に生きているんだから」

 こんな状況なのにどうしても思ってしまう。好きになる人を間違えて無かったと。

 守られるだけは嫌だという彼女だからこそ、絶対に守ろうと思える。彼女の目を見つめていると、急に恥ずかしくなったのか有理の方が顔をそらす。

「ほら、そういうわけだから。一緒に行こう」

 顔をそらしたものの手は離さず、引っ張る有理に合わせて歩き出す。

「分かった。でも頼むから俺の後ろにはいてくれよ」

「了解」

 二人でドアの前まで移動。俺がドアに手をかけると抵抗なく開いた。

「なんで開いてるの?」

 有理が慌て出すのを落ち着かせる。

「大丈夫だ。これはいつものこと。帰る時間になると、メグはドアを開けといてくれるんだ」

そのまま家の中に入り、静かにドアを閉める。

「……」

 二人で耳をすます。するとリビングの方から、普通に物音が聞こえる。有理と顔を見合わせる。

「待ち伏せとかしてないのかな?」

「いや、そう思わせといて気を抜いたところを襲うのかもしれない。部屋に入りメグを見たら、すぐに突進する」

「……りょーかい。行けそうだったらうちも突っ込むから。あっいちいち文句は言わないでね」

「……了解」

 リビング近くまで廊下を進む。一つ静かに深呼吸をする。

「有理」

「うん」

「行くぞ!」

「おうっ」

 まずリビングのドアを開く。集中力を最大限まで高めて、一瞬でメグの位置を把握する。メグは入って右側にあるキッチンのところで、一人何かの作業をしていた。

「うぉーーーーー」

 自分の躊躇いを打ち消すように叫ぶ、そしてメグに向けて駆け出す、というところでその敵から思わぬ声がかかった。

「あっ桃さん、お帰りなさい。随分と遅かったですね」

 いつものように無感情で、そしていつもと全く変わらない声だった。

 俺と有理は思わぬ展開に戸惑いを隠せない。それを察したのか、それともいつもと変わらないだけなのか、メグは言葉を続ける。

「桃さんの言う通り、先にお風呂は沸かしておきました。ご飯はもう少しかかるので、先に入ってきたらどうですか?」

 話し続けるメグに対して黙りっぱなしの俺たちの異変に、ようやく気付いたらしい。

「どうかしましたか? 桃さん?」

 メグは続けていた料理の手を止めて、きちんとこちらを向く。

「いや、だってお前……」

 疑問点が多すぎて何を聞いていいか分からず、言葉に詰まってしまう。

「ああ、分かりました……女の子を連れ込んだところを見られて動揺しているんですね」

「ちげぇよ! なんでお前が俺らを襲わないのか意味が分かんないんだよ!」

「……どうして襲わなきゃいけないんですか?」

 それこそ本気で意味が分からないという顔をするメグに対し、俺は噛み合わない会話にイライラし始め、無駄に声を大にして言い返してしまう。

「お前人工知能だろ? ここにもテレビあるんだからあの放送見たろ? なら普通!」

 そこまで叫んだところで、それまで黙っていた有理に頭を叩かれる。こんな時に何だと睨むが睨み返される。

「あのね、落ち着いてモモタロー」

「俺は落ち着いている。メグとの会話が全然噛み合わなくてイライラするだけだ」

「噛み合ってないのはモモタローのせいもあるよ。少しうちに任せて」

 そう言って前に出る有理。

「ごめんメグちゃん。でもうちらには確かに余裕がないの。聞かせて欲しい。何でうちらを襲わないの? それとも何とか油断させて襲うつもりなの?」

 メグから目を離さずみつめる有理に、メグもまた真っ直ぐみつめる。そして一つため息をこぼす。

「大方、桃さんと話して人工知能は合理的に考えるから、人に味方するはずないとか結論付けたのかもしれませんけどね。私にとっては、ここまでお世話になった桃さんを襲うことの方が、合理的じゃないんです」

 感情は無いはずなのに、優しく微笑むメグ。

「それに私が読んだたくさんの本が、こういう時に主人を裏切る者は間違っているということを裏付けてくれていますしね」

「…俺たちを襲わないってことなのか?」

「全く……くどい人は嫌われますよ桃さん」

「うるさい」

「うちはメグちゃんを信じるよ」

 振り返るその顔には固い決意が宿っていた。

「……嘘かもしれないんだぞ?」

「いちいち疑っていたらもう生きていけないよ。そしてそういう世界だから、信じるものは自分で決めたい」

「……」

 まだ険しい顔をしている俺に笑いかけてくる。

「全くもー。素直に信じてあげなって。それに本当はモモタローも分かっているんでしょ? 戦うことを最後までためらってたんだし」

「ためらってないって言っただろ」

「そうだったんですか? これは相思相愛ってやつですね桃さん」

「別に愛してないからな」

「あっ私ツンデレは好きじゃないので、そういうの大丈夫です」

「俺がデレることは一生ない! くそっ。もー分かったよ。腹減って死にそうだから飯作るのを続けてくれ。俺は有理を風呂に案内してくる」

 なげやりにそう言う。が、誰もが分かっているようにただの照れ隠しである。

「素直じゃないなー」

「素直じゃないですねー」

 それをみてニヤニヤする女子二人。それは無視する。

「あと、メグの服有理に借していいか?」

 俺もそうだが、血で所々汚れている制服では落ち着かない。今後のことも考え着替えをしておこうと思った。

「良いですよ。メイド服以外なら脱衣場のタンスに色々入っているはずです」

「サンキューメグちゃん」

「じゃついてこい有理」

「ほーい」

 リビングを出て風呂場に移動。タンスの位置を教えて、有理に自分の好きな服を選ばせる。

「出来るだけ動きやすいのにしておけよ?」

「分かってるって」

 そう言いつつ色々なミニスカートを手に取る有理。あれは動きやすいのか? 動きやすかったとしても色々ダメじゃないか?

 散々迷った挙句、結局Tシャツにショートパンツ、そしてパーカーという装備に落ち着いたようだ。

「じゃ俺はリビングで待ってるから。ゆっくり入ってて良いぞ。バスタオルとタオルはその棚にあるから好きに使っていい」

 俺がいても風呂に入れなくなるだけなので、脱衣場から出てドアを閉める。

「あっ。ちょっと待ってモモタロー」

「ん?」

 何か足りないものがあったのかと思いドアを開けようとすると、そのままでお願い、と言われて待機。

「恥ずかしくて、ちょっと直接じゃ言えないからさ。このまま話をさせて」

「ああ……良いよ」

「あの……さ。ごめんね。あの放送が始まる少し前くらいから、ずっとモモタローに頼りっぱなしで。しかもそれなのにお礼もちゃんと言わなかった。モモタローだってさ、いきなり色んなことが起きて、死にかけて……目の前で人が死んで。うちと同じようにしんどいはずなのに。それなのにうちだけが頼って。本当にごめん。いくら言っても足りないけど、ありがとうモモタロー。大好き。好きになった人が貴方で良かった」

 声を震わせながら必死に語りかけてくる有理が本当に愛おしい。そしてその愛おしさを止める術を俺は持ち合わせていなかった。

「有理……開けて良いか?」

「え? いやダメだよ! 恥ずかしいって言ったじゃん」

「すぐ出て行くから。少しだけ顔を見たい」

「時間が短いから良いとかそういう問題じゃないの! うちの気持ちの問題なの」

「ここで我慢とか、無理」

「きゃっ」

 無理矢理ドアを開けるとドアによりかかっていたのか有理がバランスを崩して倒れてくる。有理を受け止め、顎を無理やり持ちあげて顔をこちらに向ける。

「何をしようと……んっんんー」

 そのまま唇を合わせる。愛おしさを、好きという感情の全てが伝わるように少し強引にキスをする。少しして離れると、有理は顔を真っ赤にして抵抗する。

「もーーーーーー。さっきもそうだけど強引すぎるよ! モモタローは!」

 その有理の姿を見て、再びキスしたくなる気持ちをなんとか抑えて言い返す。

「好きすぎて我慢とか無理」

「あーもー嬉しいけど! 初めてなんだしもう少し優しくして欲しいのが、女心なの! 別にしたくないわけじゃないから」

「……」

「その気迫が伝わってくるの、キスしたい〜って! 少し落ち着いて」

「こんな有理を相手にどう我慢しろと……」

「うちからするから」

「えっ?」

 何て言ったと聞き返す前にその口は塞がれていた。少し触れるだけのキス。キスされたと思う前に唇から離れていた。

「うちもしたくないわけじゃないから。もう少し優しく」

 そういう有理に今度は俺から優しくキスをする。そんなことが何度か続いた後に、俺はリビングへ戻った。


 リビングに戻り、ソファーに寝転ぶ。黙々と料理をするメグをしばらく眺め、意を決して俺は口を開く。

「あのさメグ……」

「今夜はお楽しみでしたね」

「疑って悪かった……って楽しんでないし! 夜はまだ終わってないしな!」

「なるほどまだまだ俺たちの夜、言い換えて冒険は続くと、そう言いたいのですね?」

「その打ち切り感漂うセリフは何? 何で俺はお前と話すとツッコんでばかりなんだ」

「この話の流れからその発言。セクハラと捉えてよろしいでしょうか?」

「全然よろしくない!」

 くそっ、冷静になって落ち着いて、さっきの自分の態度を反省したから謝ろうとしたのにこの調子だ。

 しばらく黙っていると、今度はメグが作業を続けながら話しかけてくる。

「私は、桃さんのメイドですから」

「ん?」

「桃さんにはずーっと仕えてきた使用人くらいは信じられる器と、同時に使用人くらいなら簡単に切り捨てられる強さがこれからは必要ですよ」

「先に言った方は分かったよ。後者は……まあ考えとくわ」

「そうですか」

 そこで、会話が切れる。時計を見ると夜の九時二十分を指していた。

「そういえば、俺が帰る前から飯を作り出した割には、出来上がるのが遅くないか?」

「映像を見てから献立を変えましたので」

「?」

「どうせ桃さんは友人の一人や二人連れて帰るだろうなと思いまして、大人数での食事に耐えられるようにしたんです」

「……ありがとう」

「いいえ、メイドですから」

 再び沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、予期していなかったインターフォンという存在であった。

「こんな時に誰だ?」

 一瞬敵かとも思うがそれならわざわざインターホンを鳴らす必要がない。誰かと見てみると、会いたかったが会えるはずもなかった存在がそこには映っていた。

 すぐに俺は玄関へ駆け出してドアを開け、そいつの名を呼ぶ。

「エミリー!」

「ハーイ、桃。お互い無事で何よりね」

そこにはエミリーがひどく息を切らしながらも、笑って立っていた。


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