第七章
しばらくして、ピタッと声が止まった。
「よしっ」
そして俺の腕から勢いよく出て立ち上がる。有理の泣き腫らした目は隠しようがないが、それでもその顔は、俺に安心感を与えてくれる、優しく明るくていい笑顔であった。
そんな笑顔を浮かべながら俺を見つめる有理を見つめ返す。
「ほら、いつまでそこに座ってるの! 死んじゃうぞ」
……いやいやいやいや。
「ん? どうした? その第一声おかしくねって顔」
「いやおかしいだろ? この展開はせめて一言ありがととかだろ!」
「そんなしおらしいのはうちではない」
「確かにそうだけれども……」
まあ、別に感謝されたいわけでもない。それに多分こいつなりの照れ隠しだろうと自分の中で納得する。
「ニヤニヤキモい」
「さっきお互い告白したのは夢じゃないよな?」
ひどい口撃で、つい少し前のやり取り全てが夢かと思ってしまった。若干落ち込んでいると、有理が俺から背を向け、
「でも、ほんとに……ありがと」
と一言。テンプレ展開なのに、この破壊力。俺は何も言えなくなる。
「あーもうこの微妙な雰囲気終わりね! わかった?」
半分やけくそ気味に言う彼女は本当に愛らしく、絶対守ろうと、改めて誓った。
俺もこのままでいいとは全く思っていないので、気持ちを切り替える。
「でも確かにそうだな、ここからまずどうしようか」
当たり前だが、今まで一度もない事態に、次のどういう行動が正しいのか分からない。
「できればここからは離れたい。こんなこと言ってる場合じゃないのは分かるけど……ごめん」
それは仕方がないことだと感じた。母が殺された場所に留まりたくないと思うのは当然のことだ。有理が俺に背をむけたのは、もちろん恥ずかしいということもあるのだろうけど、同時にドアの前で横たわっている母の遺体から目を背けようとしているのだろう。
「分かった。その前に少し時間をくれ」
それなら大切にすると誓った女の子のために、自分ができることをしようと考え、立ち上がって有理の母の遺体へ近づく。
「何をしようとしてるの、モモタロー」
それに気付き当然の疑問を投げかける有理。
「このまま放っておくのは間違っているだろう? ソファーにでも寝かせてくる」
「それなら……私も手伝う」
「俺がやるからいい」
「でも!」
「無理するな。今、遺体を見ることができるかできないかと、お前のお母さんへの想いとは全く関係無い。やっと前に進めるくらいの気持ちの整理ができたんだ。有理は胸の中で感謝の言葉でも唱えてろ」
「……ごめん」
「しおらしいのは、お前っぽく無いんだろう? やめとけって」
有理の母の顔を上に向け遺体を持ち上げる。慣れないものを見て、有理の母相手なのに吐き気が込み上げてきてしまった。
「……ふぅ」
なんとか抑え込む。心の中で失礼をした謝罪をし、開きっぱなしのドアから家に入る。
入ってすぐの部屋にソファーがあったので、そこに寝かせる。母の前で俺は一礼した。
「すみません。有理を連れて行きます。文字通り、死ぬほど辛い日々になるかもしれないし、今ここで何もせず、お母さんの隣で死を待つだけの方が楽なのかもしれません。それでも連れて行きます。有理が好きなので。これは完全に俺のワガママです。代わりに俺が守ります。お母さんは愛する娘を見守っていてください」
それだけ言って、俺はその場から立ち去った。
「それじゃ行くぞ」
外に出て再び暗い顔になっている有理へ先に声をかけた。
「えーと、目的地は決まってるの?」
俺の気遣いに気付いたのか、俺の質問に対しての返事だけをする有理。
「ああ一つある。というか一つしか無い。でも……」
「でも?」
「また殺し合いが必要かもしれないけどな」