第四章
十八時四十八分
一緒に帰るといっても、もう一年以上続けている恒例行事。特に甘い展開が起こるわけではなく、いつも通りくだらない話をしながら帰宅する。
駅のホームに着くと、ちょうど電車が行ってしまったところだった。少しの間ホームで待つことになる。
「ねーモモタロー」
「どうした」
「電車に揺られるって表現があるけどさ」
「ああ。それが?」
「おかしいなって思って。電車揺れないじゃん」
「……」
いつもの有理の思い付きなのだが、確かにそうだなとも思ってしまった。今では電車が揺れることはない。騒音を立てることもなく、静かに移動していくものである。電車に揺られて、という言葉は現代ではおかしいのかもしれない。
「ということでその言葉は禁止します!」
虚ろな目で唐突に宣言する。
「その結論は意味が分からん」
「いや、うちあんまり伝統とか好きじゃないの」
「それで?」
「少しずつ伝統をつぶしていこうかなと思って」
「それは伝統なのか? そしてその踏み出したかもわからないような一歩に意味はあるのか?」
「あーいやだいやだ、意味があるのかないのかで生きていったら、人工知能になっちゃうぞ」
「今そのジョークはブラックすぎるし、話が急展開過ぎてついていけない」
「あっ電車きた」
「おい」
「座れるといいね」
「……そうだな」
いつもおふざけ気味の有理ではあるが、ここまで暴走気味なのはあまり見ることがない。ただ疲れているだけなのだろうか。
電車に乗ると割と空いていて無事座ることができ、横に座る有理の様子を覗ってみる。注意して見てみると、心なしか元気がないように見える。
「……どうかした?」
「あっいや」
じっと見つめられているのに気が付き、笑って問いかけてくる有理。気にし始めるとこの笑顔まで無理に作っているように見えてきてしまった。
この微妙な雰囲気のまま帰るのにも抵抗があり、思い切って聞いてみた。
「あのさ」
「ん?」
「何かあったのか?」
きょとんという擬音語がぴったり合うような顔をする有理。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「なんとなく元気なさそうだったから」
「むしろいつも以上に暴走していたと思うんだけど……」
「暴走しているって自覚はあったんだな……。なんていうんだろう、心ここにあらずっていうか、そんな感じがした」
「……モモタローって意外と周り見てるよね」
「意外と、は余計だ」
「あはは。気を遣わして嫌な思いさせてたらごめんね」
「大丈夫だ、それはいつもだから」
「そっちこそ一言余計」
俺はそれ以上無理に問いかけることはなく、話してくれるのを待つ態勢へと移行する。
話そうか迷っている様子だったが、話すことに決めてくれたらしい。
「じゃあ、名探偵のモモタロー君に少し聞いてもらおうかな」
まじめな話が恥ずかしいのだろうと思い、この茶化しに触れることなく有理の話へ耳を傾けた。
「何かね、嫌な予感がするの」
「嫌な予感?」
「うん。嫌な予感。自分でも漠然としているのはわかってるんだけどね。すごく怖いの。今日は学校を休もうって思ったくらい。でもお母さんに何とも言えなくて、結局行くことになっちゃったけどさ……。夜が近づくにつれてどんどんその怖さが増してきて。早く今日が終わってくれって。それしか考えられなくて」
漠然としているが有理が本当に怖がっているのは理解できた。横で顔をゆがませ本気で怖がっている彼女相手に、そんなもん気にするなと能天気に声をかけることはできなかった。
もしかしたら、大丈夫かと一言返してやればそれで十分なのかもしれない。しかし横で震える彼女を少しでも安心させたいと思った。
意を決して返事をする。
「……今日さ、有理の家いってもいいか?」
急な話の展開に驚いた顔をする有理。
「えっと……お母さんに連絡すれば平気だけど。急にどうしたの?」
「英語教えて」
「?」
ますます意味が分からないという顔をする。
俺は有理の方は向かずに、前を向きながら提案を続けた。
「今日はずーっと勉強したい気分だから、徹夜で勉強しようぜ」
そういって有理のほうを向くと、まだ分からないという顔をしたが、すぐにあっと合点がいった顔に変わり、それから泣きそうな顔へ。
「もー……明日も学校だよー?」
うれしそうにはにかみながらでは、そんな注意はただの形だけというのが分かる。
「勉強だからいいんだよ。だから……今日はずっと一緒にいよう」
「うんっ」
あまりの恥ずかしさに顔を見ることはできなかったが、声が弾んでいるのを聞き、喜んでいるのは伝わってきた。きっと今の光景をハジメに見られたら、またこう言われるのだろう。「リア充乙」と。
十八時五十八分
電車から降りて改札を抜ける。あの会話のあと、俺は恥ずかしさで戦闘不能状態だったが、有理は上機嫌にしゃべり続けていた。
駅から出てまず目に入ってくるのは大きなスクリーンだ。ビルに取り付けられている巨大なスクリーンに、今は国会の様子が中継されている。
「今日は、何の話し合いだっけ?」
「確か人工知能関連だった気がするぞ」
「あー人工知能の開発を中止しようっていう提案だった気がする」
「それだ。そんなの通るはずないのにな」
「ねー。そもそも一割くらいしか議席数がない野党からの提案だしね。話し合う以前の問題だと思うんだけど」
「でも通ったら大問題だから一応中継しているわけか」
ちょうど採決を行うところらしい。しかし中止に賛成で起立したのは数えられるほどの数人しかおらず、そんなものだろうなと思って目を離そうとした時、「それ」は始まった。