第三章
十八時時半
「汗も拭かずに寝てたら風邪ひくぞー?」
部活も終わり自主練の時間。追い込みすぎてグラウンドで立ち上がれなくなっていると、ジャージ姿の有理が近づいてきてタオルを投げてくれた。そのまま彼女は横に座る。
「サンキュ」
「ほいほい。よく一人でそこまで追い込めるなー。割と本気で尊敬」
「別に大したことねーよ。少しきついくらいの方が楽しいんだ」
いつも軽口を叩き合う俺たちの関係上、普通のテンションで褒められると照れくさい。俺が褒め言葉を受け流すと、話は思わぬ方へ。
「……マゾか」
「なんでそうなる」
「しっかり練習して、そのあとまた自分で倒れるくらい走って、マゾしかできないでしょ」
「ならお前もマゾだな」
「残念。どっちもマゾだとうまくいかないかも」
「すぐそういう話にもってくな」
「わかった。うちにSになれっていってるんだね。頑張るよ」
「その部活終わりの疲れたローテンションで俺をいじるのはやめてくれませんかね」
陸上の練習というのは、正直きつい。主に精神的な意味で。
よく他の部活の人に「走ってるだけで楽しいか?」と言われるが、何とも答えづらい。もちろん走るのが好きで陸上部に所属しているわけなのだが、それでもあまりに練習が厳しいときには、何で俺は今走っているんだろう、などと少し哲学的な思考に陥る時もままある。
また走る以外での筋トレ練習なんかもっと最悪だ。追い込みすぎると今の有理のように放心状態になってしまう。
それでもやめられないのだから、人というのは不思議なものだ。
「さて、俺らも帰ろうぜ」
このまま二人で夜のグラウンドに居ても有理が言ったように風邪をひくだけなので、重い体を必死に持ち上げる。
「ふっ。誰がお主と帰るといったか」
「そうか、じゃあ先に失礼するわ。おつかれーっす」
「ちょっと待って、ごめんなさい、一緒に帰ります。すぐ着替えてきます」