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センコウハナビ  作者: 谷部紗枝利
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第二章

十三時二十分

「脳科学という分野は今から百年ほど前の二千五十二年、脳が完全に解析されて急速に盛んになりました」

エミリーが空腹と眠気に耐えながら授業を行っている。

午前の授業をサボりながら、午後になって遅刻という形でわざわざ登校してきたのはこのためだ。

俺たち高校生は脳科学の授業を二、三年次に履修する必要がある。もちろん普通に大人の教師もいて、各クラスではその教師達が授業をしているのだが、脳科学の世界で天才と呼ばれる少女がいるクラスで授業をしたいという先生がいなかったため、エミリーが俺たちのクラスだけ直々に授業をすることになったのだ。

エミリーも「人に教えることで基礎の復習にもなるしね」と軽く依頼を受けたらしい。

「脳の解析が終わってから盛んになるというのは矛盾があるような気がしますが、そんなことはありません」

エミリーの授業は分かりやすい。天才と呼ばれる人は、自分の感覚でその物事を行ってしまい教えるのはあまり上手くない、という固定観念を持っていたがエミリーは全くそんなことはなかった。

自身の豊富な知識を使い、できるだけ俺たちが分かりやすいように、噛み砕いて丁寧に教えてくれる。その知識の豊富さからか、授業自体とても面白くなり、声も綺麗で聞きやすいことから彼女の授業はとても好評だ。

「矛盾が生じない理由は、脳の解析が終わったことにより人、工知能の開発が本当の意味で始まったからです」

 エミリーはそこで言葉を切り、急に俺の方を見た。彼女と目が合う。

「それでは桜井君、二千五十年を境にして人工知能は何が変わったのか分かりますか? それ以前にも人工知能と呼ばれるものはあったはずですよね?」

 目が合った時に感じた嫌な予感が的中した。笑顔でエミリー先生は問いかけてきたが、その目は笑っていない。お昼を食べられなかったことが相当頭にきているようだ。

「えーと、脳の解析が終わって、人と同じく自分で考えられる人工知能を作り出せるようになったんですよね? それまではこっちが全てプログラミングしなきゃいけなくて、発展したと言われる人工知能でも人からはまだ遠かった」

 自分なりに人に伝えるという前提でうまく話してみる。お互いに敬語なのはエミリーの要望だ。彼女なりにけじめをつけたいらしい。

 俺に恥をかかせたかったのか、きちんとした解答に不満そうな顔をしながらもエミリーは授業を進める。

「はい、その通りです。そして人工知能を搭載したロボットの開発も始まります。そして、それは脳科学分野の盛況とともに他の分野、というより人類全体に影響を及ぼしていきます。あまり時間がないので詳しくは話しませんが、大規模な戦争は無くなり、核兵器の撤廃すら人工知能のおかげです。ですが人工知能を作っていく最中に一つの大きな問題が生まれました」

 そこで再び言葉を切り、俺の方を向いた。しかし呼ばれたのは違う名前だった。

「それはなんですか、古村君。五十文字以上七十五文字以内で答えなさい」

 そして少し難しい注文になっていた。

「はい。問題とは感情についてです。それまで人の感情というものは脳が生み出すものだと考えられていました。しかし人工知能を作ってみると、確かに自分で考えられるようになり、人にこれまでになく近くなりましたが、感情というものが生まれなかった。脳の解析が終わったというのが間違えなのか、あるいは感情というものが脳とは関係なく存在しているのか、この辺りが今最もホットな議題です。そして、そんな少ない文字数で説明は無理ですエミリー先生」

 ハジメが答えると、エミリーはニコッと悪い笑みを浮かべる。

「はい、答えは完璧ですが文字数制限を超えたので授業終わるまで立ってなさい」

「えっ、それは横暴です!」

 当然ハジメは抗議する。だがエミリーは微笑みながら悪魔のように呟く。

「同級生に手錠をかけられて精神的な苦痛を受けたとでも言えば、退学くらいまではいけるのかしら」

「立たせていただきます」

 ハジメは素早く立った。実際手錠をかけたのは有理なのだが、これでエミリーの気がすむならハジメには我慢してもらおう。

 有理の方を見ると、エミリーと目を合わせないように下を向いていて、次は自分が当てられてしまうのではないかと怯えているようだった。

「それでは授業を進めます。人工知能にはなぜか感情が生まれませんでした。初めて脳の解析が終わってからすでに百年。人工知能搭載のロボットは五年前に作られたもので十三代目。一昨年には人工知能が自ら人工知能を作った、『新種』と呼ばれる人工知能が初めて作られました。それなのに未だ感情については結論が出ていません。先ほどハジメ君が言った通り、脳の解析に力を入れる科学者と、他の可能性を探る科学者の大きく二つに分かれています」

 人工知能は感情を持たない。メグは話すことすらまるで人のようなのに、それでも感情を持っていない。簡単には信じられないくらい今の人工知能は人に近くなっている。

「エミリー先生は、その問題についてどう思っているんですか?」

 一人の男子生徒が質問を投げかけた。確かに脳科学の専門家、それもとびきり優秀なのだから気になるのも当然だろう。

「私の意見ですか。それを話したいのは山々ですが、すみません。話し始めると期末テストの範囲が終わらなくなってしまうので、その話はまた今度でいいですか? ごめんなさい」

 そうやって謝って授業を続ける彼女は、本当に先生そのものに見えた。


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