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センコウハナビ  作者: 谷部紗枝利
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第一章

二一五一年 十月九日 朝 六時三十五分。

「朝です」

「……」

ゆっくりと目を開ける。最初に目に飛び込んできたのは、メイド服の女性だった。

「おはようございます」

俺を起こしてくれたその女性は、まるで機械のように無機質な声で挨拶をしてくる。

「……おはよう」

対して朝の眠気から、不機嫌さを含めて挨拶を返す。

「朝ご飯がもうすぐ出来ますよ」

「分かった。すぐに行くよ」

俺の返事を聞き、これまた機械のように文句のつけどころのない綺麗なお辞儀をして、部屋から出ていく。

女の子に起こされるのが男の夢であると言ってもいい。しかも今のメイドは美人である。申し分ないだろう。それでも何か足りない。

彼女の名前はメグ。背は一般的な女性より少し大きめ、それに比例するように胸も大きく、黒髪のロング、顔のパーツは可愛いというより美人の部類に入るように並んでいる。まるで俺の理想が具現化したような姿なのである。それなのに俺は何も感じない。

「うー」

悶々とした気持ちと朝の気だるさ、どちらも振り切るつもりで声を出しながら大きく伸びをして、朝の準備に向かった。


朝六時五十分。

「本日は何時頃に帰宅予定でしょうか?」

朝ごはんを食べていると、メグがもう何百回と繰り返したやり取りを始める。

「部活だ。帰宅は七時半くらいだと思う」

「分かりました。帰宅したらまずご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも」

そこで不自然に言葉を切るメグ。まさか、と考えてそんなわけがないと思い直す。彼女にそんな知識があるはずもない。

「わったっし?」

俺の常識的な考えはあっという間に打ち砕かれる。

先ほどと同じ無機質な声かつ棒読みで、現実世界で聞くはずのないことを聞いてきたメグを見つめる。二人の間に沈黙が流れた。

「……メグ」

「何でしょうか?」

「そんなのどこで覚えたんだ?」

「昨日読んでいた本です」

「そんなもの今すぐ捨ててこい!」

十代後半で思春期真っ最中の俺の怒鳴り声は、女性に対してなかなかの迫力があったはずなのだが、全く動じることなくメグは自然に言葉を返す。

「桃さんの私物ですがよろしいのですか?」

「……見逃してください」

何と俺のものだった。

ぺたりと机に額をつけながら見つかってしまった原因を考える。バレるようなへまをしているとは思えなかった。何重にも目をそらすトラップも仕掛けておき、細工は完璧だったはず。

そんなわけはないのだが、メグが俺を見下すように睨んでいる気がした。

「あんな執拗に一点を避けるようなトラップを仕掛けていたら、逆に怪しく思いますよ」

「なあ、どうしてお前はそんな無駄に賢くなっていくんだ」

「毎日読書していますので」

「メイドの仕事はしてるんだよな?」

「心外ですね。桃さん、なにか家のことで文句がありましたか?」

確かに……いつもどこが汚いとか、何の用意ができてないとか、そういう文句を言うような場面は一回もなかった。

「そうだよな。悪かった。確かにお前の仕事に文句はなかった」

そう言うと、メグはまるで嬉しいかのように顔をほころばせる。

「当たり前ですよ。桃さんの目につくとこだけはしっかり掃除していますから」

「だから何でそんな悪知恵だけ育つんだよ!」

「毎日読書していますので」

「そのドヤ顔むかつくな!」

最初のセリフに戻すというオチに持っていった自分に酔っているようだ。

もちろん本来ならこの表現もおかしいはずだが、俺にはそう見えた。

「なんだかどんどん信じられなくなってくな」

俺は残った朝ごはんを食べきり、ため息をつきながら呟く。

「大丈夫です。桃さんの方が悪知恵働きますから」

「悪知恵張り合ってないから! お前が人工知能だってことだよ!」

そう人工知能。メイドが増えたのも、これのおかげである。


七時四十五分

「んじゃ行ってくるわ」

カバンをつかんで玄関に向かう。靴を履いているとメグが見送りに来た。

「それで桃さん」

「なんだよ」

「帰ってきたらまず私って事でいいのでしょうか?」

「風呂の準備よろしく!」

叫びながら家を出た。


八時十五分

家から歩いて十分で駅、そこから一駅電車に揺られ、また五分歩いて学校。計二十分ちょっとで着くので通学も全然苦にならずありがたい。ちなみに俺が通っている学園は、何かで有名なわけでもなく学力も普通の中堅高校だ。

 席に着くと一人の女子生徒が近寄ってきた。

「おっはよーモモタロー」

……俺は陸上部に入っている。成績は、まぁ普通にいい方だろうか。

「えっちょっと待って。何でまだ自分の世界に入っているのですか? うちの声届いてますかー?」

特筆すべき特徴はなかなか見つからない。自分の良い点、悪い点を書いてくださいと言われたら答えに困ってしまうような人間である。現代では無個性こそ重視されるので、その点では良いのかもしれない。

「朝の挨拶は返そうよ!」

誰にしているのか分からない自己紹介を胸の中でしつつ、目の前で永遠騒いでいそうな女の子を見る。

「なんだよ?」

いかにもめんどくさそうに返すと、そんなのおかまいなしにつっこみをいれてくる。

「いや朝の挨拶! 返すの礼儀! オーケー?」

「そうかそうか。それは悪かった。だが相手が嫌がる呼び方で呼んでくるやつの礼儀はどうなのだろうか、とは思わないか?」

「あーだめだよ! そうやって自分の名前を卑下して! 大切にしなきゃ。あっむしろそれが親に対する礼儀を損なって―」

「はぁ、もう礼儀礼儀うるさいな。分かった分かった、おはよう有理」

「おっはよー」

根負けで俺が素直に挨拶すると、何が嬉しいのか笑顔で返事をする有理。目の前の女の子は倉有理。簡単にこいつのことを表すと完璧。まず顔。朝に目にしたメグの無機質で、冷たい印象を与える顔とは全く反対に、表情が豊かで見ていて元気が出てくるような明るい印象を与えてくれる。顔だけでなくプロポーションも抜群。真っ黒ではなく、少し茶髪よりのセミロング。元気で性格もよく、当たり前のように男女問わず人気がある。特に男子には絶大な人気を誇り、二年生でありながら三年生や一年生からも告白されているという。

そんな有理はつい最近までは敵なしの状態だった。が、彼氏なし。本人の言う理由は、「付き合ったら男子に触れられるってことでしょ? 無理無理。怖い、なんか汚い!」と笑いながら言っていた。それを聞いたらこの学校の男子の七割くらいは涙することになるだろう。

有理も陸上をしていて、出身中学は違うが地区は同じため、大会で何度か顔を合わせていた。高校が同じになった結果、長い付き合いになっている。

「相変わらず朝から元気だな」

有理と不毛な争いを繰り広げていると、後ろから声がかかる。振り向くと一人の男子生徒が席に着いたところだった。

「あっ、はじめっちもおはよー」

「おはようハジメ」

「ああ、おはよう」

こいつは古村一。平均的な高校生より細身の高身長。普段あまり感情を表に出さないためか、近寄るなオーラをまとっているように見える。しかし実際は全然そんなことはなく中身は好青年で、全体的にシュッとしたイケメンである。努力家であり成績優秀、中学時代は剣道も全国クラスの文武両道。俺とは中学時代からの同級生で、数少ない友人の一人である。今は帰宅部であり、高校に入って少しオタク成分が加わった。そのせいなのか、せいにしてはいけないのか分からないが、年々表情が乏しくなってきている気がする。

「何を騒いでいたんだ?」

「モモタローが自分の名前を嫌がるんだよ」

「ああまたいつものやつか」

呆れたように俺を見る。ハジメの言う通り、このやりとりは頻繁に行われている。

「ずっと言い続けてるけどな。僕は桃太郎って良い名前だと思うんだがな」

ハジメが、ニヤっと悪そうな笑みを浮かべる。

「……笑いが抑えきれてないぞ」

再び溜息を吐き出しながら俺は答える。自分の名前が嫌いな理由、それは俺の名前が桜井桃太郎という名前だからだ。桃太郎。この名前で俺が今日までにどれほどからかわれてきたか分かるだろうか? 高校に入ってまで桃太郎ネタでからかうやつは、それこそ有理くらいになったが、小学生の頃は本当にコンプレックスだった。そのため自分の名前に良い印象が無い。

「まあ有理一人くらいにモモタローと呼ばれるくらい良いじゃないか」

「他人事だと思って……。何だ? 随分と眠そうだな?」

「んっ? よくわかったな」

「そんなに大あくびをしてたら誰にでもわかる。徹夜でもしてたのか?」

「あぁアニメで忙しかった」

「……メガネを押し上げながら言っても、残念さは何も変わらんぞ?」

「好きなものは好きと言いたいんだ」

「かっこいいはずなのにかっこよくない」

有理が笑いながらツッコミを入れる。そのツッコミと同時に担任の先生が入ってきて、今日も長い一日が始まった。


十二時三十分

「モモタロー、はじめっちー。お昼にしよー!」

あっという間に時は進んで、昼食の時間。有理は弁当袋を片手に近づいてきた。

「もちろんそのつもりだけど、いいのか? たまには他の人と食べたらどうだ?」

有理はさっきも言った様に女子にも人気がある。しっかり周りに気を遣っているためか、男子にいくら人気があろうと大きな反感を受けたりはしていないみたいだ。だからお昼の相手もいくらでもいる。わざわざ俺たちに声をかけなくてもいいのだが……。

「お昼くらい気を遣わないで食べたいからさ」

そう笑顔を浮かべながら言い、近くの空いている椅子を持ってきて俺の机に弁当を広げだした。

「まあ良いじゃないか。僕らも食べよう」

そう言ってハジメも俺の後ろの席で弁当を広げ出す。いつもこの三人と、最近ではもう一人加わり四人でいることが多い。

「エミちゃんはどーしたのかなー? 欠席の連絡もないらしいし」

有理が今いないそのもう一人の名前を出す。

「実験で徹夜でもして、朝に寝たとかじゃないか?」

俺が一番ありそうな答えを言ってみる。

「まあ、きっとそうだよねー」

有理もそう思っていたのか頷いて返す。

単なる会話の入りのようなもので、ほかの会話に移っていくはずだったのだが、予想外にこの話題は伸びることになった。

「いや、それは違うな」

二人で正しいと思われる結論を出していたが、ハジメは何か確信を持った顔で反論してくる。

「はじめっち何か心当たりでもあるの?」

有理も俺と同様に他の理由が想像できなかったのだろう。不思議そうに尋ねる。

「エミリーはな……アニメのせいで学校に来ていないのだ!」

「……ああ、ハイハイ」

何かと思ったらいつもの戯言だった。ちょっと気になったこっちが損した気分だ。

「今、いつもの戯言だとか思っただろう? だが今日のは少し違う。これにはしっかりとした根拠がある!」

ハジメが急に立ち上がり熱く宣言する。その行動の意味が分からない。

「なら聞かせてもらうではないか、その君の……根拠というものを!」

しかしそこで有理が悪乗りしてしまい、どんどん話が進んでいく。

「そんなに聞きたいというならしょうがない。教えてやろう」

「いや、そんなに興味はないんだが」

「理由その一!」

無視だった。ここまできてみなさん気付いていただけだろうか。うまく言えないが、彼は少し残念なのである。

メガネをかけたイケメンで、文武両道であるが、だからこそ残念さが際立っているのかもしれない。こうなったハジメは止められないので大人しく聞くことにする。

「エミリーが以前、日本の一般的な文化について聞いてきた時のことを覚えているか?」

「覚えてるよー。結局はじめっちのアニメ語りで終わっちゃったやつだよね」

そんなことあったかと記憶を辿る。

「ほら初めて四人で遊びに行った日だよ」

「……あの日か。あー、そんなこともあったような」

ハジメが全力でエミリーにアニメの良さについて語っていたことを、うっすらと思い出す。

「その時に俺は気付いてしまった。彼女はすでにアニメに触れていた、と」

そこで初めて俺はこの話に興味が出だした。

「エミちゃんがアニメを見ていた……ですと?」

有理も半分は演技だが、もう半分くらいは本当に驚いているのだろう。

「僕も最初は信じられなかった。だから二人きりになった時に鎌をかけてみたんだ。彼女は正直な性格だからね。素直に引っかかってくれた」

「ちなみになんて言ったんだ?」

「恋剣面白かったね、と」

「そしたらなんて?」

「すっごい面白かった! あの七話で女装していたのが蓮にバレて、でも蓮がかばってあげるとことか最高。とここまで言ったあとにだな、へーそんなアニメがあるんだ見てみたいな。と誤魔化してくれたよ」

なんて正直なんだ……。そしてごまかし方がひどすぎる。

「さすがエミちゃんだね」

有理はお腹を抱えて笑っている。その状況を想像しているんだろう。ちなみになんでエミリーがアニメを見ていて驚くかというと……これはまた後で説明できると思う。

「なるほどな、確かにアニメを見ていたことは信じる。でもそれがどうして今日の遅刻になるんだ? いくらなんでもお昼まで来ないのは遅すぎるだろう」

以前もアニメを見ていたことを考えると、徹夜や夜更かしには慣れているはずだ。そうすると今日だけこんな遅くまで学校に来ないのはおかしい。

「まぁそれは本人が来てから話すよ」

「ん? それだとまるでそろそろ来るみたいな言い方だな?」

「その通り、きっとすぐ来るぞ……ほらみろ」

確かに教室のドアの所に、今の噂の当人であるエミリーが立っていた。人の出入りが激しいお昼休みのため、特に何も言われることなく教室までの侵入に成功したようだ。

ただ、嫌でも目立つ外見のおかげで教室に残っている生徒からの視線は集めているが、本人にそれを気にしている様子はない。

教室に入るとカバンを自分の席に置き、弁当を持ってまっすぐこちらに向かってくる。弁当を持ちながら笑顔で何か俺たちに言おうとして、

「エミリー。ついさっきまで、まっしろシンフォニアを見ていただろう」

とハジメに宣言された瞬間、固まってしまった。ギギギと音がしそうなほど、体が固まったままかろうじて言い返す。

「なっ何? そんなアニメ知らないけど?」

「ハジメはアニメとは言ってないんじゃないか?」

俺の横やりのせいでエミリーのロボット度が更に高まる。まあ確かにアニメっぽい名前ではあるけれども。

「なんではじめっちはそんなに確信があるの?」

ハジメはふっふっふと偉そうに笑いながら答える。

「今日の夜の零時から昼の十二時まで、十二時間ぶっ通しでまっしろの再放送だったんだ。それを見終わってどんなに早く身支度しても十分以上はかかる、エミリーの家から歩いて二十分ほどで学校だと言っていた。その他もろもろの時間を足すとだいたい四十分前後だ。まさに今十二時三十八分。計算が合う」

もちろん俺は録画してきたけどな、と最後に付け加え、ハジメは推理を語った。だが、まだ諦められないのかエミリーは言い返してくる。

「そんなのただの推測でしょ! たまたまこの時間になったのかもしれないじゃない!」

エミリー、その返しは完全に詰んでいる犯人の返し方だ。

そこでハジメが、鎌にもなっていない鎌をかける。

「俺は十二話まで見てきたんだが、あそこは伏線を張りまくったよな」

「そう! あの伏線が全部回収された時すっごいびっくりしたわ……あ」

「犯人自白です、はじめっち警部」

「逮捕しろ」

「ラジャ」

有理は席を立ち、どこから出したのかおもちゃ、であろう手錠をエミリーの腕かける。

「十二時三十九分、犯人逮捕っす」

「ちょっと。えっ?」

ものすごく戸惑っているが、観念したようにため息をつく。

「もーわかったわ。私の負け。確かにさっきまでまっしろを見ていたわ」

意外とあっさり口を割るエミリー。有理が気を利かせ、空いている椅子をもう一つ持ってきてエミリーを座らせる。

そこで俺は素直な感想をエミリーに述べた。

「それにしても驚いたな、エミリーがアニメか」

「そう言われると思ったからばれたくなかったのよ」

と自嘲気味に笑いながらいう彼女は、やはりアニメを見ているようには見えなかった。

謎であろうエミリーのプロフィールを紹介させてもらう。フルネームはエミリー・ハンセン。エミリーという名前から分かるように彼女は日本人ではない。確かノルウェー出身と言っていた。しかし祖母が日本人であり、いわゆるクォーターというやつだ。なので日本語に触れる機会は元々多かったという。

幼少の頃から非常に優秀であり、特に、父に憧れて学んだという脳科学の分野では天才と呼ばれるほどだった。13歳の頃には世界でその才能が認められ、脳科学で世界の先頭を走っている日本に留学してきた。それから三年間は学校に行くこともなく研究に没頭していたが、ある理由で今はこの学校に通っている。当たり前かのように金髪、碧眼で美人。身長は俺ほどもあり、出るとこが特徴になるほど出ているわけではないが、スレンダーでモデルのようだ。  

純日本人の有理と違ってエミリーは外国人の美女であり、以前までは有理一色だった学校にエミリーが転入してくることで二大勢力となったというわけだ。

少し常識に疎いところがあり、かつ正直なので基本的にはクールなのだが、抜けているところもある彼女の人気は日に日に上がっている。

そんな普段はクールで天才少女の彼女がアニメが好きだというのだから驚くのも当然だ。

「エミちゃん、エミちゃん。まっしろってどんなアニメなの?」

興味半分、居心地が悪そうな彼女に気を遣う気持ちをもう半分に有理が質問した。

「うっ……」

だがなぜかエミリーは言いにくそうだ。そこでハジメが代わりに答える。

「典型的な恋愛ものだぞ」

「えっ?」

「うぅ……」

再び驚く俺たちと顔を真っ赤にするエミリー。アニメ好きがバレて、しかも今日見ていたのが恋愛ものと発覚し、恥ずかしさが限界に達したのだろう。

「しかもその主人公、少し桃に似ているぞ」

「はっ?」

ハジメが変なことを付け足した。その発言は聞き捨てならなかったのかエミリーが更に顔を赤くしながら立ち上がって反抗する。

どうでもいいが、その赤さは人としてありえるのだろうか。

「はっ? ちょ、ちょっと待ちなさい。何を言ってるの? その言い方だと主人公が桃に似てるから私が熱中していたみたいになっちゃうでしょ! 違うから。私、桃のことどうも思ってないから! いやそりゃ良い人だとは思うけどさ……」

必死のエミリーの抵抗を見てハジメがボソッとつぶやく。

「ツンデレテンプレ、おつ」

「私はツンデレじゃないわ!」

「ダメだよ! モモタローはうちのだからね! いくらエミちゃんでも渡すわけにはいかない!」

「待て、聞き捨てならないぞ。俺はお前のものじゃない」

「えっ? そんなのうちが許さないよ?」

「こえーよ! なんでそんな発言を普通にできるんだよ!」

「おめでとう桃。晴れてリア充だな」

「これをリア充とは言わない」

「えっとえっと……死ね?」

「ボケを思いつかないからって暴言吐くのはやめろよエミリー!」

ちらっと有理を見ると、再びお腹を抱えて笑っている。その様子に嘆息しつつ、ほんの少しの間有理を見つめる。

俺が有理と普通に友達でいられるのは、有理のこのノリが理由だと思う。俺のそばでふざけることで、異性と言うのをなるたけ感じさせず、恋愛関係になるのを避けられている。

誤解されないように言っておくが、俺だって可愛い子は好きだし、有理ほどの女の子相手に中学の頃から一度も恋に近い感情を持たなかったとは言えない。けれどこういう扱いを受け、きっと有理の方は、そういう友達としての関係を望んでいるのだろうと思って受け入れた。逃げているのかもしれないが今が幸せだから良い。……そのはずだと思う。

「ところでさ」

ひとしきり笑ったところでエミリーが少し真剣な顔になった。

「どうしたエミリー?」

「この手錠外れるよね?」

昼休みの残りの時間は、手錠を外すのに使ったためここでは割愛。

残念ながら、この時間にエミリーの口へ食べ物が入ることは無かった。


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