第十三章
机に置かれた黄色の小瓶から二粒取り出す。
「はい。一粒ずつ飲んで」
「メグの分は?」
「人工知能用は完成する前だったの」
「そっか……」
なかなか薬の手を伸ばせずにいると、エミリーに無理やり掴まされた。
「飲め!」
すごい形相で詰め寄ってくる。エミリーの顔と薬を交互に見て、ごくりと唾をのむ。
そこから二人同時に薬を飲みこんだ。
「ん? 何にも起こらないよ?」
「ああ、体に変化……も」
変化もないと言おうとしたところで、突然体の力が抜ける。
そのあと、強烈な痛みが頭と胸に走った。
「いたーーーー」
「いたいいたいたい」
倒れこんでのたうち回っていると、エミリー笑いながら声をかけてきた。
「ああ、この薬飲むと頭に激痛が走るけど、我慢してね」
「「言うのが遅い!」」
そこから五分してようやく痛みが治まってきた。
まだ痛む頭をさすりながら、二人でエミリーを睨む。
そこに込められた深い怒りを察したのか、エミリーが必死に目を合わせないように顔をそらす。
「エミリー……」
「なっなによ?」
「エミちゃん?」
「私も同じ痛み味わったんだからいいでしょ?」
「頭どころか胸も痛かったんだが」
「……個人差ね」
「うちも痛かったんだけど?」
「個人差よ」
「うるさい! 一発殴らせろ!」
「女性に手をあげるなんて最低!」
「まぁまぁ。それより、痛みに見合った能力は得られたんですか?」
俺と有理対エミリーが無意味な争いをしていると、メグが仲介に入った。
「何か変わったような気はしないな」
その場でジャンプしたり手を握ってみたりするが、何も変化はない。
「んー、うちは何か変なんだけどうまく言い表せない」
「たぶん有理は運動神経に特化しているはず」
「どういうこと?」
「いくよ」
「え?」
エミリーがいきなり有利に殴り掛かる。しかし、確実に当たるように思われた拳を、有理は何故か避けきっていた。
自分の動きに当の本人の有理も驚いている。
「……あれ?」
「やっぱりね」
だが、エミリーは納得しているようだった。
「エミちゃん? うちに何が?」
「異常な伝達速度ってところかしら? 普通なら考えてから行動するまでにかかるわずかな時間が、圧倒的に短くなる。反射の連続になるって思えばわかりやすいかもね。動きも早くなるし」
「おお。なんかよくわからないけど強くなった?」
「……うん」
「で? 俺は?」
「多分見た方が早いわね。 そこの壁殴ってみなさい?」
「は? それで何が分かるんだよ?」
「いいから殴りなさい。本気で力を入れて殴って」
「……わかったよ」
冗談を言っているようではなかったので、しぶしぶ壁に近づいてみる。
一度大きく息を吸うと、そのまま全力で壁を殴る。
「うおらっ」
すると、大砲でも持ってこない限り貫通するはずのない壁に、ぽっかり大きな穴が開いていた。
「えっ?」
「すごっ……」
「やっぱりね」
ここでも俺よりエミリーのほうが納得しているようだった。
「……どういうことなんだ?」
「陸上で短距離だっけ? 向いているわけよ。これだけの瞬発力だもの」
「どういうことなんだよ……」
「もう一度壁を殴ってみなさい」
「はぁ? これ以上穴を増やしたくないんだが」
「大丈夫。もう増えないから」
「はぁ……」
もう一度穴の隣の壁を殴る。
だが、今度は自分の拳にひどい痛みが走った。
「いってぇーな」
「でしょうね」
「一発限りってことか?」
「ええ」
「でも瞬発力の向上ってサヴァン症候群との関係はあるのですか?」
「そのあたりが胸が痛かったのと何か関係あるのかもね」
「曖昧だな」
「仕方ないでしょ? サンプルが少ないのだから。個人差よ個人差」
それで全部済ますつもりだろうか。
だが、俺は一発限りだが、壁に大穴を開けるほどの瞬発力を出すことができて、有理は五分ほど運動神経が特化することが分かった。
戦う能力としてはかなり有用だろう。