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センコウハナビ  作者: 谷部紗枝利
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第十一章

まだ空が明るくなる前の朝ご飯。三人とも朝には弱い方で、箸が食器に当たる音だけが響く。

 結局二時間ほど寝れば十分なメグが、俺のあとの見張りを請け負ってくれたおかげで、かなり睡眠をとることができた。

 食事も終盤になり目が覚めてくるにつれて、ようやく会話が生まれ出す。

「朝はさ、太陽が出てないと起きた気がしないね」

「すごく分かるわ。寝れただけ幸せなのに、まだ寝たいもの」

「そんな時は野菜ジュースでも飲んだらどうです?」

「どういうことよ?」

「野菜ジュースって快適な目覚めを手助けするもので有名ですよ? まさかエミリーさん知らなかったんですか?」

「……もちろん知ってたわよ? そうね、野菜ジュースを飲んだら今日も心地よく始まるのに、残念だわ」

「そうですか。少しお待ちくださいね……はいどうぞ」

「……ありがとう。でもなんかこの野菜ジュース妙に濁ってないかしら?」

「えーそんなもんだよ。あっエミちゃん、いつも飲んでないのに嘘ついてたな?」

「いいえそんなことないわ。ええ、確かにこういう色だった」

「じゃイッキで」

「え?」

「イッキじゃないと目覚めませんよ?」

「そっそうよね……えいっ」

「おおおー」

「うっ。なにこれ、何か鼻がツーンてする」

「当たり前ですよ。わさびが大量に入ってますので」

「何を入れてんのよ! あーもう、涙出てきたじゃない」

「朝はわさび入れるのが普通なんだよ」

「そうね……ってさすがにそれは信じられないわよ!」

「でも目覚めましたよね?」

「それはそうだけれど」

 そして初めて起きた会話のやり取りがこんな感じである。緊張感が全く感じられず、こんなんでいいのかと少し思ってしまう。人類滅亡寸前とは思えない。

 でもただ塞ぎ込んでいるよりはましだと考え直した。明るくいようが、暗くいようが状況は変わらないのだから、どうせなら明るくいた方が良いように転んでくれる気がする。

しかし俺はみんなより一段と朝が弱くて、なかなか元気よく会話に参加できずに朝食の時間は過ぎてしまった。

「さて、ここからどうしようか」

 ようやく頭が働いてきた俺が、話を切り出す。

「俺たちの敗北条件は人類の全滅ってことは分かるけど、なら勝利条件ってなんだ? 人工知能の全滅だとしたら不可能過ぎないか?」

「いや、それはないわね。人を殺すようにプログラムされていたなら、何かしら停止のプログラムも組み込まれていてもおかしくないわ。あの画面に出てきた指導者的男に会えば、すべてを止めることは難しくても何かしら状況の変化は見込めると思う」

「そうですね。少なくとも新種については何かしらの対処が可能だと思います」

「まあ、そもそもどうやって相手の中枢に乗り込めるかって話だけどね」

 少し具体的な希望が見え始めたところだったが、有理がポツリと漏らした一言で空気が再び重さを取り戻す。

確かにそうなのだ。そもそもどうやってその場に辿り着くというのか。

「人を集めて皆で戦えばどうだ? どうせ何もしなくても死ぬんだからって呼び掛けたら、集まる人は多いんじゃないか?」

 その言葉にはエミリーが首を振る。

「呼びかければ少なくない人は集まるかもしれないけれど、無理よ。対抗できるほどの人を集める時間をくれるとは思えないし、たとえ集まっても中枢までは辿り着けないわ」

 俺がその理由を問いかける前にメグが説明を引き継ぐ。

「そうですね。地方やこの辺りの様な都市外れの場所なら戦闘用の人工知能は数えられるほどしかいませんが、中心部に近づけば近づくほどその数は多くなり、軍隊用の人工知能が出てきたら、人が十人束になっても一人も倒せませんよ」

 話せば話すほど明らかになるのは絶望的だということだけ。

 かといってこのまま何もせず、ただ出来るだけ寿命を延ばすというのは耐えられない。

 制御できているうちはただ生活を豊かにしてくれるものだった人工知能。それが人の手からするりと抜け出してしまった瞬間こうなってしまう。

こうなるなら初めから作るべきではなかったのではないか。どうしてもこう思うのが避けられない。

「作らなきゃ良かったのかな? でもそうやって言うのは人間の横暴かな。メグちゃんにも失礼だよね」

 有理も同じことを思ったのだろう。悲しそうな顔で呟く。

「いえ、この状況ではそう思うのも仕方がありませんよ。あの男は今回の襲撃はあくまで小手調べ。そもそも全滅を狙ったものではないでしょう。これからが本当の戦争ですね」

「戦争になればいいわね。一方的になる可能性のほうが高いけど」

「でも、ここからは人間もそう簡単には減らないんじゃないか?」

「昨夜ほどは減らないかもしれませんが、じきに軍隊や警察など戦闘担当が出てきますからね。徐々に……」

「そうね。もし中枢に行くならば、早い方がいい。生きている人間が多いうちは戦力が分散されるわ」

「だから……中枢にどうやっていくのさ。軍隊どころか、警察にだって勝てないよ」

「俺も、有理の言ってることが正しいと思うぞ。今の俺たちだけじゃどうしようもない」

「……怖くなったの?」

 そうだった。昨日は有理を助けなければという使命感から麻痺して恐怖が薄かったが、一晩寝て落ち着くと、恐怖が蘇ってしまった。

 死にたくない。

 どうしてもそう思う。

「桃」

「何だエミリー」

「勝つ手段があるって言ったら、戦える桃は戻ってくる?」

「……その手段がないから困ってるんだろ」

「昨日、私がどうやって帰ってきたか疑問に思わなかった?」

「思った」

「そういえばそうだよね。どうやって逃げ切ったの」

「私しか持ってない武器が二つあるの。一つはこれ」

 机に置かれたそれを俺は見たことがなかった。有理も同じようだ。

「これは?」

「銃ですか。ずいぶん前になくなったものだと思ってましたが?」

「さすがメイさんは物知りですね。そうです。昔銃と呼ばれていたものです。ですが、少しこれには改良されていて空気砲になっていますが」

「すっすご……」

「これがあったら勝てるんじゃないか?」

「そう簡単にいくわけないでしょう。まずこれは一つしかないしね」

 俺と有理は明らかにがっかりした顔をした。

「そんなにがっかりしないの。むしろこっちが本命よ」

 そう言って机に出されたのは、薬の小瓶だった。

「これが……人間に残された唯一の希望よ」

 エミリーの顔はなぜか得意げだった。


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