第九章
「んー」
シャワーから出る温かいお湯で有理の緊張が徐々にほぐされていき、それと同時に頭の方は冷静さを取り戻していく。
時間が無限にあるわけでもないのでシャンプーに手を伸ばし髪から洗い出す。女の子にしては割と短い方だが丁寧に洗うため、すぐに終わりとはいかない。
髪をしっかり洗いつつ冴えてきた頭で考えることは、ここまでの状況整理だ。
朝から嫌な予感はしていた。虫の知らせというのだろうか、そういうのにうちは人一倍縁があったのだと思う。こういう時は大小さまざまであるが、たいてい良くないことが起こった。
小さいのだと大会前に怪我をしたり、大きいのでは父が死ぬ朝にも予感が起こっていた。
その中でも今日の朝はぶっちぎりだった。もちろん悪い意味で。学校へ行くのさえためらっていた。
帰宅まで何も起こらなかったけれど、時間がたつにつれ自分の中での緊張は増していった。このままで終わるはずがないと、どこかで分かっていたのだと思う。
国会での爆破が起こった瞬間に、みんなが状況把握に時間がかかっている中で私はすぐさま理解した。始まったんだと。
そこからは正直よく覚えてない。いや、覚えているけれど自分で思い出すことを避けているのだろう。鮮明に思い出したら受け入れられるショックの容量を超えて、もう動くことができなくなってしまうから。
負の感情が沸き上がってつぶされないように、小さな希望にすがってしまう。
うちにとっての希望。それはモモタロー。
「……いやいやいや顔を赤くしている場合じゃないよ」
ほんの十分前まで、初めて私の唇に違う唇が乗っていたことを思い出し、鏡に映る顔があっという間に赤くなる。
「……好き」
なんとなく呟いてみる。自分で分かる、これは重症だ。すべての希望を、生きる意味さえも彼にすがっている状態のため、今のうちの依存度はとてつもないことになっているだろう。確か、死の危機に面した人は子孫を残そうと本能が訴えるらしいので、うちの気持ちに色々なものがかけられて、好きという気持ちが抑え切れなくなっているようだ。
「でも、こうなる前から好きだったんだよ?」
誰に言い訳しているのかは分からない。ただ、今の状況だから好きだということにはしたくなかったのだ。
こうなると次は永遠にモモタローのことで思考のループに陥ってしまいそうなので、無理やり他のことを考えるようにする。
生きていて欲しいと多くの人を思い浮かべるけれど、今会いたいと思う人が二人。
エミちゃん、はじめっち。
二人にもう一度会いたい。
「よしっ」
モモタローも早くシャワーを浴びたいに決まっているので、そろそろ出ることにする。
下着を身につけ、私には若干大きめのTシャツやショートパンツを着る。時間がないとはいえさすがに女の子。髪は乾かしておく。
私のドライヤーの音が止まると同時に、モモタローが叫ぶ声が響く。
「エミリー!」
それを聞いた瞬間私は飛び出していた。