第九章の前に その三
その後も、できるだけ人を助けながら家に少しづつ近づいていく。かなりの数の人工知能を倒したので、銃の扱いにもだいぶ慣れてきた。
しかし、代償としてどうやら目をつけられることとなってしまった。
自宅まで走ってあと数分というところで人工知能に囲まれてしまう。
数は……十二体。
「動くな。無駄な抵抗をしなければ殺すつもりはない」
警察の服装をした人工知能が警告してくる。
「へえー、ずいぶん優しいのね?」
「私たちは君の武器に興味がある」
「そう。でも残念ね、これ造ったの私じゃないの」
「……そうか、それは残念だ」
じりじりと包囲網が狭まってくる。
私が有利な点は、遠距離攻撃の手段を持っているということ。だが全員で突っ込んでこられたら、さすがに対処しようがない。
何パターンもシミュレーションをしてみる。
薬を飲めば、このくらいの数何とかなる。けれど手元に薬はない。何とかして自宅に戻らなければ。
何とかしなければという焦りと、包囲が狭まっていく緊張感からなかなか頭は働いてくれない。
もうここ辺が限界だ。一か八かやってみるしかない。
何も持たない左手をゆっくり上げる。一瞬構えるように全体が止まった。
その隙を狙って、今度は銃を持った右手を素早く逆方向へ向け発砲する。
「なっ」
頭を吹き飛ばされ、一体沈んでいく。
そこの間を全力で駆け抜けた。
「追うんだ!」
後ろからいくつもの足音が続く。
だが、あの角を左に曲がれば私の家はすぐそばだ。動け、私の足。
何とか追いつかれずに曲がる。
だが私の家が目に入ったと同時に、数十体の人工知能が家の前に集まっているのもわかってしまった。
「……なんで」
「家に向かっているのが予想できたから、先回りしただけだ」
呆然と立ち止まっていた私の後方から声がかけられる。
振り返ると、振りかぶられた拳が私に向かって飛んでくるところだった。
「きゃっ」
思いっきり顔を殴られて吹っ飛ばされる。
「痛いわね……嫁入り前なんだけど?」
「関係ない。どうせここで死ぬのだから。だが、お前の命を懸けた作戦は成功だ。多くの戦力をお前に割く必要ができたからな。事前の予想以上に人間を殺し損ねている。それについては賛辞を贈ろう」
私にそんなつもりはなかったのだが、敵にはそう見えていたらしい。吉か凶か私に人工知能が集まってくることになった。こうなってしまったなら、家に向かうのは諦めるしかない。
だが、前には警察三人を含む人工知能十一体。後ろの自宅前にも数十体。左は壁で逃げることは不可能。だとしたら、あとは右だけなのだが、右はここまで追い込んだにしては不自然なほど何もない。
逆に策の可能性を考えたが、相手の様子を見るとそうではなかったようだ。
「おいっ。向こう側からも配置するように指示したはずだが」
「それが、先ほどから連絡が取れません」
「くそっ、何をやってるんだ」
なら、ここは右に一回逃げるしかない、そう考え始めたころ右側の通路に一つの影が現れた。
ゆっくり近づいてきて、顔が視認できるようになる。
「なんであんたがここに?」
「今大事なのは、理由ではなくてここにいるという事実だろ?」
そんなセリフを飄々と口にする男は、ハジメだった。
ゆっくりと私の隣まで歩いてくる。その手には日本刀が握られていた。
「それは?」
「家にあった」
「あっそ」
「冷たいなエミリーは。助けに来たのに」
「……頼んでないもの」
「さすがツンデレ。でも、素直にならないと桃には伝わんないよ」
「ちょっと! なにそれ!」
「向こうにいた部隊を壊滅させたのはお前か?」
私とハジメが場にふさわしくない会話をしていると、しびれを切らせたのかさっきの男が問いかけてきた。その声はいくらか怒気が含まれているように感じた。もちろんそんなはずはないのだが。
「そうだ。エミリーをいじめているのはお前か?」
「そんなの見れば分かるでしょ!」
「せっかく格好つけてるのに……」
「かっこよくないわよ!」
「……ふんっ。まぁ何でもいい。一人現れようと、所詮二人だ。一緒に死ぬがいい」
「ハジメと死ぬなんて嫌に決まってるじゃない!」
「誰ならいいの?」
「それは、桃に……あっ」
自分の失言に気づく。ハジメを見ると、こんな時には何も言わずにただにやにやしている。顔が赤くなるのを感じた。私が何も言えずにいると、ハジメがスッと私の家の方を向く。
「さて、エミリーはあの家に用があるの?」
「……そうだけど」
「その後は?」
「……心配だから、桃の家に」
「了解。じゃ、ここは受け持つから桃と有理をよろしくたのむよ」
「えっ? ハジメも一緒に」
「ごめん。僕には行かなきゃいけない場所があるんだ。だから、まだ桃の元へはいけない。そういう伝言を頼んでいいかな? あいつは馬鹿だから、ほっといたら僕を探そうとするだろうから」
ハジメの目は真剣そのものだった。何を言っても無駄なことを悟る。
「わかった、伝えとくわ。で、ここは一人で本当に平気なの?」
「当たり前」
「……絶対生きて、生き続けるのよ?」
「心配性だな。……ここで別れることを悲観しなくていいんですよ。この世界でもう一度出会えなくても、出会える世界も必ずあるんですから」
急に何を言い出したのかと不思議に思った。
だが、ハジメのにやけ顔を見て理解する。
一つため息をついた後、ハジメの芝居に乗ってやった。
「だめです。私はこの世界でもう一度会いたいのです」
「そうですか。それならば、この月が美しい満月に姿を変えたころに、再び会いに行くことを約束します。……エミリー、よくセリフ覚えてたじゃないか」
「……そのシーンお気に入りなのよ」
「わざわざ学校を遅刻してまで全話を見直すだけあるな」
「うるさい。それより、わざわざそのシーンを模倣したんだから」
「ああ、絶対会いに行く」
「まっしろに誓ってよね」
「誓うよ」
「じゃ、信じた」
唐突に銃を自宅方面にいる人工知能に向かって発砲する。
それを合図にして、ハジメが突撃していく。その後ろから私も続く。
虚を突かれた敵は慌ててしまい、うまく連携がとれず接近を許してしまった。
「そんな動きの奴は何人揃えても意味がないな」
あっという間に二体を切り伏せる。
「はやっ……」
「僕に見とれてないで早く行け!」
「別に見とれてないわよ!」
「数人ついていったらそれは処理しろ!」
「わかってる!」
ハジメが次々と切り伏せてできた道を全力で走っていく。
「追え! 追うんだ!」
「行かせない!」
後ろを振り返らずに、自分の家まで一直線に走る。
鍵を開けている暇はないと、窓ガラスを銃で割って中に飛び込む。
そのままの勢いで自分の部屋に移動する。
薬の瓶が数多く並んでいる中で、迷わず青い小瓶を一つ手に取った。
「そこまでだ!」
後ろには警察が二名ついてきていた。さすがに警察は能力が違って、ハジメも少し取りこぼしたようだ。だが……。
「もうあんたたちなんて相手にならないわよ」
瓶から取り出した薬を口に含んだ私には、もう何も怖くはなかった。