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身体に力が戻ってきているのが分かる。いや、それ以上に力が有り余っていく。珠からの光を浴びる麟騎の指に指輪が右の胸に変な紋章がスッと浮き出る。
「うわ、何だこれ...」
困惑している麟騎だが、光はずっと止まず気づいたら肩の傷はなおり髪の襟足が腰まで長くなっていて、服も着物のような服に変わっていた。額に紋章が浮き出ると光は止んだ。
「す、すげえ...」
よく分からないが服装も髪型も変わっていた。
「麟騎、ボーっとしている暇はないぞ」
ニーネの言葉にハッとすると目の前の化物を見つめながら何歩か距離を取る。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「斬れ」
「...おい斬れって言われてもなにで斬るんだよ。手刀か?」
「指輪を変形させるんだよ。こうやって」
ニーネが胸の前で手をかざす。それを真似して手をかざすと指輪が光り始めた。光は刀の形に変形し始める。麟騎は柄をそっと握る。ぶわっと何かが頭の中を走った。
分かる! 刀なんて、ましてや竹刀さえも授業で少ししか触ったことのなかったのに、使い方が【分かる】。どう身体を動かしていいのか分かる。
「基本的な刀の使い方はソレに任せておけ。それ以上は自力だ」
「なるほど...」
化物がこちらに全速力で走ってくる。臨機はひらりと躱すと後ろにまわり刀を振る。グチュリという何とも言えない感触に思わず眉間に皺がよる。
『ぐがァァ!!』
片足が斬れたのに何事もなかったかのように襲い続ける化物。
「強すぎ...だろ!!」
キンッと弾いて体勢を整えるためにもう一度距離を取る。
『タベル...喰う...ハラ...へった』
「うぇ...」
さらにヨダレを垂らしていく。さて、どうすれば倒せるのかと考える。斬っても痛みを感じないなら一体どうすればいいのか。ニーネはは考えながら戦っている麟騎に遅いと呟く。
「刀に力を込めて斬れ!!」
「力...うぉぉおおおおおおおお!!」
身体にある力を刀に込めて斬る。ザンッという音ともに化物は悲鳴のような叫び声を上げて消えた。息を切らしながら刀を指輪に戻すと服装もいつもの制服にボロボロではあるが戻った。
「お前の仲間は僕が傷を治して家に移動させておいた」
「ああ、すまない」
「すまない? 言う事が違うだろ。感謝の気持ちは何て言うんだ?」
いちいちイラつかせる言い方に少し投げやりにありがとうという。
「全くだ。あれくらいの傷だったから僕にも治せたんだ。色々と感謝しろ」
感謝の気持ちよりイラ立ちの方が上回りそうになる。麟騎は深呼吸をし、落ち着かせる。ニーネに聞きたいことがたくさんあるのだ。ここで時間を長びかせたくない。
「で、これは一体何なのかそろそろ教えてほしいんだが...」
「...それもそうだな。だが長い話になる。どこかいい所はないのか?」
「俺の家でよければ」
「汚い気がする...がまあいい」
「汚くねえよ! で、この血の跡とかどうするんだ? 騒ぎになるだろ」
化物の死体とチンピラの死体もまだ残っている。
「こちらの世界では欲望に干渉したものは欲望が死ぬことによって全てがなかったことになるから大丈夫だ」
「そうか...」
ニーネが大丈夫というなら、まあ信じよう。麟騎はニーネを連れて早歩きで自分の家に向かう。思わずよそよそしくなるのは仕方がない。血がついてボロボロの制服を着ているのだから。近所の人に見られたら面倒事のなる。
「ついたぞ」
「予想通りの外装だな」
ニーネを家に入れると適当に飲み物を出す。話を聞こうと麟騎は向かい側の席に座り問いかける。
「それで、教えてくれるんだろう?」
「うむ。まず何から聞きたい?」
もちろん決まっている。化物についてだ。いや、違う。まずはニーネは、
「お前は何者だ」
「僕は『守護者』だ。あの化物達から世界を守る者...みたいなところだ」
「どこから来たんだ」
「この世界とは別の世界、つまり異世界といったところからだ」
今更、異世界から来たと言われても全く驚かない。むしろ納得してしまう。
「こことあちらは似ているがあちらには魔法や魔物がいる」
RPGみたいだなとコップを口につける。
「じゃあさっきのは魔物か?」
「いや、アレは少し違う。今までは魔物と動物...そう世界は成り立っていた。だがある封印が解けて古来のケダモノがでてきた、それが欲望だ。魔法を使わないかわりに質が悪い」
「封印?古来?」
ふむ、と頷くニーネ。
「...僕達の世界では昔、欲望に支配されたことがあった。ある巫女と精霊が鏡を使って封印し、世界を救ったのだが...」
一度言葉を切り眉間に皺を寄せる。
「十年前、鏡が何者かによって奪われた。僕はそれを探していたのだが見つからなかった。そして気づいた。こちらにないならあちらにあるのではないのか、と。僕が空間を渡ることができるのは二回のみ。往復だ。賭けに出てきてみると【ビンゴ】というわけだ」
ニーネ曰く、鏡と空間の歪みによってこちらに欲望がでてきてしまったらしい。
「で、鏡は見つかったのか?」
「ああ、ここだ」
ニーネが麟騎の部屋にある鏡を指さす。
「はあ?!!」
「これだ。お前、これをどこで手に入れた」
キッと睨みつけられる。麟騎がこれをもらったのは十年前。おもえば一致する。
「十年前、いつも通り外の公園で遊んでると知らない人に声をかけられたんだ。君、これあげるってな」
「知らない人にモノをもらうなと習わなかったのか? バカが」
「悪かったな! 人を疑う事を知らない純粋な子だったんだよ!」
「言い訳だな。で、顔は?」
「覚えてない...」
何故か覚えてないのだ。しっかり見たはずなのに次の日には全て忘れていた。鏡も元から自分のモノだったかのように使っていた。今日、ニーネに言われてそういえばと思い出したのだ。。
「記憶を少し弄られてるのかもな。...チッ」
一から見つけなければならない。面倒だと舌打ちする。
「鏡にガラス珠がついていただろ。どこに行った」
鏡には八つ珠が埋め込まれていたような形がある。麟騎はガラス珠...と考えるとハッとしたように口を開いた。
「昔、鏡を落とした時に一瞬光って消えたんだ...。このことも俺の中ではなかっことになってたみたいだ...」
麟騎に鏡を渡した者は用心深いらしい。やっかいだ。
「やっぱり落としたのか...。そのおかげでこっちの封印は外れた。完全ではないがな。...最悪だ」
「俺のせいだよな...」
「まあ、渡してきた奴の企みだったんだろう。ちょうどいいところに人を疑う事を知らなそうな子供がいたから渡したんだろう。鏡を【壊せる】別の世界の【人間】なら誰でもいいのだから」
鏡はニーネの世界の住民には壊すことができない。だから麟騎に渡したのだろう。
「にしても、空間を行き来できる奴とはな。きっと、いや確実にやっかいな奴だ」
そうでなくても、封印にヒビを入れた奴なのに...。
「お前達の世界の事は分かった。で、俺はどうすればいいんだ?」
これだけ関わって、力を受け取ってどうしたらいいのか。
「何を言っているんだ。決まっているだろう。お前は、今日を持って守護者になったんだ。僕について来てもらう。これは強制だ」
何を言っているんだという顔で麟騎を見る。
「は? も、もし仮に俺が行ったとして、生きて帰れる保証は?」
「ない」
きっぱり言い切る。ここまではっきり言われると逆に気持ちがいい...訳もなく。最悪だ。
「大体、お前が受け取り壊したからこうなった。そのせいで人が多く死ぬ、世界が滅びる。僕は力を与えお前は守護者になった。それは同意だったろう?」
正論だ。言い方は悪いが麟騎が受け取らなかったら人は死ななかった。麟騎は一気に自分がしたことに後悔し重みを感じる。簡単な話ではないのだ、そんな簡単に全てが丸く収まる話ではないのだ。
「だが、決心をつけることはいいことだ」
コトッとカラのコップを置く。
「麟騎、この鏡がこちらにあるからアイツラはこちらに来る。僕が一人で持ち帰ったらこちらは平和だ。何ヶ月、あるいは何年かはな。封印が完全に解けるまではな...。解けたらすべての世界が終わると思ってもいい。僕達守護者はそれを止めるために必要なのだ。...一日、お前に時間をやる。よく考えるんだな」
人生で初めての重たい選択に麟騎の頭は思考を止めた。