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ひとりで暮らすのに必要最低限の物しか置いていない部屋。その部屋ではもう10分も前からずっと目覚まし時計が鳴っていた。
「ん…んあ?」
やっと目覚まし時計の音に気がついた麟騎は時計の針が刺す数字を見て絶句する。
「8時?!」
学校は8時半からホームルームがあるためそれまでには教室いなければならない。家から学校までは約25分今から走れば間に合う。麟騎は急いでパジャマを脱ぎ制服に着替え、歯ブラシを口にくわえながら髪をセットする。
「んああったく、この一部分だけいつも時間がかかるんだよなっ!」
麟騎はハネてる一部分をワックスのついた指でいじりながら靴を履くと玄関のドアに手をかける。
その時だった。ちょうどインターホンが鳴ったのだ。ドアを開けるとそこにいたのは深夜だった。深夜はムッとした顔で言う。
「遅いよ麟騎!! ここまで迎えに来ちゃったじゃん」
「いや、ある意味いいタイミングだろ」
「意味がわからん! まあいいや、とりあえずおはよう麟騎」
「おう、おは…ぐはっ!!」
ドンと押した深夜は麟騎の声となにかにめり込む音を無視してスタスタと歩き始める。
「本当、麟騎はあたしが来なかったら遅刻してたかもよ」
深夜は気づいていない。
「あ、でもあたしが来る前には起きてたんだからいいのかな。ちょっと聞いてるの麟……騎」
何も言わない麟騎に気が付き後ろを振り返る。麟騎は壁に顔面からめり込んでいた。
「あ……えと、大丈夫?」
深夜の言葉に勢いよく顔を上げる麟騎。おでこからは血が出ている。
「おい深夜、お前に毎日言ってるよな! お前は普通の人の何倍もの力がある怪力なんだから気をつけろってよ!!」
スパンと音を立てて深夜の頭を叩く。
「ッ?!」
地味に痛いそれに声にならない悲鳴を上げる。
「麟騎だって力強いじゃん」
「俺は男子校生の平均、お前はそれを大きく上回る怪力女子だ」
麟騎の言葉に文句を言いながら時間が無いので少し早歩きで学校に向かう深夜。麟騎もペースを上げる。これはほぼ毎朝の恒例なのだがそろそろ学校に早くついてゆっくり出来る時間が欲しいものだ。
2人はいつも通り近道をする。この道を通るのは朝だけ。時間が無い時の唯一の近道だが夜は街灯がなく、人通りが少ないからだ。それに帰りはあと3人一緒に帰る子が増えるためゆっくり帰りたいからというのもある。
いつも人がいないに等しいのに今日は違った。チンピラの男共4人がパーカーのフードをかぶった子供を囲んで脅していたのだ。2人はそれを見て何なのかと会話に耳を傾ける。
二人はそれを見てそっと会話に耳を傾ける。
「おいてめえ俺らに口答えする気か?」
「僕は道の真ん中で座っているバカなお前らに邪魔だと言っただけだが」
子供はハンッと鼻で嗤う。それにさらにキレたチンピラ。
「子供が調子に乗んなよ!」
「明らかに自分が悪いのに注意され、勝手にキレてこんな僕みたいな子供を男4人で囲んでリンチしているお前らの方が充分に子供だと思うぞ」
子供が危ないと思っていた麟騎だが思わず子供の方がチンピラを攻めているように見えてしまった。チンピラは額に青筋を浮かべ今にも殴りかかろうとしていた。
「麟騎、私行ってくる」
「は、おい深夜!!」
深夜はこれ以上と子供の前に出る。
「ちょっとアンタ達、子供相手に何してんの。というか子供相手じゃなくてもやってること最低」
「んだよお前」
チンピラの敵意が突然入ってきた深夜に向く。それを見た麟騎は頭を抱えながら同じく子供の前に出る。
「そうだぞ、話を聞く限り明らかにお前らが悪い」
子供だけではなく突然入ってきた男女の高校生に言われたチンピラはとうとうブチギレた。
「うるせんだよ!! 死ね!」
リーダー的な奴の言葉を合図に一斉に襲い掛かってくる。麟騎は深夜に子供のことは任せ、パンチを避けるとアッパーを喰らわす。
―あと3人
「ほらかかってこいよ」
煽っていく。その煽りに乗った男がさらに襲い掛かる。麟騎は避けながらも殴ってきた男の腕をを跳ね上げ、がら空きになった腹に重い拳を喰らわせる。そして、すぐさま両腕を顔の前に上げて別の奴の蹴りを防ぎ、よろめいたところを足を掴んで投げ飛ばす。
―あと1人
「きゃっ!!」
あとはリーダー1人だと後ろを振り返ろうとした瞬間、深夜が悲鳴を上げる。何かと見ると残りの1人がナイフを取り出して深夜たちを拘束していた。
「おい、マジでお前ら調子に乗んなよ。大人を怒らせたらどうなるか思い知らせてやる!!」
「やめとけって」
「うるせえ!! 俺は誰の指図もうけねえ!! 俺は...オレハ!!!」
段々おかしくなる言動に子供がピクッと反応する。麟騎はというと、うるさいのはお前だと呟いている。
「おい深夜、スーパーボンバーハイキックだ」
突然の言葉に意味が分かっていない深夜。ポケ●ンかと一瞬思ってしまう。
「え、あ、キック? キックすればいいんだよね?!」
とりあえずキック! と深夜は回し蹴りをする。格闘系に縁がなくても何となくしとけば深夜の場合は通る。怪力があるのだから。
「ぐがあ...!!」
深夜の会心の蹴りをモロに喰らった男は先ほどの麟騎同様壁にめり込んだ。
「あ、あれ? やりすぎた?」
「いや、うん...よくやった」
オドオドしている深夜をよそに麟騎はチンピラ共に話しかける。
「で、どうする?」
チンピラ共は、冷や汗を垂らしてリーダーを壁から助けると一目散に逃げていく。
「ふう、で、大丈夫か?」
「ケガはない?」
2人の声で子供は顔を上げる。さっきはフードで顔が隠れていて見えなかったが、美少女だった。
「助けてくれとは一言も言ってはいないがとりあえず感謝はする」
子供の言い方にイラッとする麟騎。それを察した深夜が急いでフォローする。
「き、君は家に帰らなくても大丈夫? あと、ここは危ないから通っちゃだめだよ」
「僕がどうしようと僕の勝手だ。それにお前たちは言ってることがおかしい、ここが危ないならなぜお前たちはここにいる」
言い方はかなりむかつくが言ってることは本当のことだし、子供だし...だがやはりイラついてしまう。頬が引き攣る。
「僕は本当のことを言ったまでだ」
ブチンッと麟騎の何かがキレた。
「子供だからって我慢してたらその言い方...!!」
「子供かお前は先ほどの男と同じでバカだな」
止めの一言。
「てめ...」
「あー!! もうこんな時間だ、早くいかないと遅れるよ麟騎!!」
「あ、おい!」
腕をつかみ走り出す。子供はそんな様子を見ながらサッとフードをおろし、ポケットの中から虹色のガラス珠を取り出す。ガラス球はうっすら光っていた。
子供の口角が上がる。
「見つけた」
時計の針が8時26分を指す。
「やばいって麟騎!」
「お前があの子供助けるって言ったんだろ!」
「だって見て見ぬふりはできないでしょ!」
「そうだけど...」
走りながら早口で会話をする。門をくぐると担任の先生が立っていた。担任は生徒指導部の先生だから朝、門にいるのは当たり前である。
「教室まで残り1分13秒だぞー」
先生は自分の腕時計を見ながら大声を出す。
「間に合う!」
体育ぼ短距離走の時よりも数倍速く走っている2人。
『3、2、1...』
「「おはよう!!」」
針が0を指し、チャイムが鳴る。と同時に息を切らして教室のドアを開けた2人。ぜえぜえ言いながら自分の席に着く。
「おはよう2人とも、今日はいつにもましてギリギリだったわね」
「何してたんだよ」
「僕たちは部活動や委員会があるから先に行ってるけど、麟騎達も一緒に行く? そうしたら遅れないだろ」
最初から瑠魅、蒼空、楽。幼馴染である。。。
「仕方がなかったんだって今日は」
「そうそう美少女がチンピラに囲まれていたんだもん」
また面倒事に巻き込まれたのかと3人は呆れる。
「お?神木、音波、間に合ったんだな」
先生はガラガラとドアを開け教室を見渡していた。
「なん、とか」
その言葉にははっと笑うと先生は出席簿を確認する。
「んじゃ、朝のホームルームを始めるぞ」