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短編

現代日本の魔女の末裔と、何故現代日本魔法使いは上物のスーツを着るようになったのか。

作者: 伊藤大二郎

 魔法使いが杖を振うのは、もうそれはそういうものだからと言うしかない。

 原初の魔法使い達が延々と続けてきた研鑽と闘争の果てに辿りついたストロングスタイルは、ただそれだけで理由足りえる。

 長い年月の結果、ローブにとんがり帽子、それと手に棒状の物というのが、一番効率的だったのだろう。

 昔本棚にずらりと20数年分並んでいた魔法使い学会誌のどれかにその辺のことが面白おかしく書かれていたが、引越しの時に捨ててしまった。

 今になると、もったいないことをしてしまったと思う。

 

 すべての結果には原因があるということは、呪文を唱え使い魔を呼ばずとも真っ当に大人になれば誰でもわかる真理である。

 ただ、それは過程を解き明かせて初めて意味を持つ。

 それが学というものだ。

 私が魔法とは学問だと定義するのも、それ。


 私は学者になるつもりはなかったので、普通科高校を卒業し、他県の人文学科に無事入学し、四年間普通の女子大生らしい生活を送った後、地元の市役所に勤めることとなった。

 


 そんな私の目の前には、私のサイズで仕立て上げられた『男物の』スーツと、紳士用の傘がある。

 ……。これが、私が生まれる前に早逝した曽祖父が私に遺してくれた遺産である。



 ……。

 そう、すべての結果には原因があるのだ。

 まずは、ゆっくりと過程を追うのだ。

 追えば、ツッコミ所しかないこの状況でも、私は笑えるだろう。

 ……引き攣り笑いでもだ。




 ……。

 話は第二次世界大戦まで遡る。

 それまで日本には陰陽師と僧侶と無駄に多い民間信仰が犇めいていたので、魔法使いを信仰する土壌など欠片もなかった。

 金持ちの間で、ちょっとした暇つぶしに遊ぶ人がいたくらい。

 高度経済成長と共に、外国人旅行者が増え始めた頃だろうか。

 分母が増えたら、絶対数も増えるというやつである。

 魔法使いが日本に来るようになった。

 彼らから魔法を学ぶ者達が増えた。


 そうして、戦後魔術世代が誕生した。

 彼らは、魔法を秘匿せねばならなかった。しかし、高度な監視社会である日本で、ローブを着て杖をついて夜な夜な鍋で怪しげな色の液体をかきまわすわけにもいかないし、一台ウン千万する謎の装置を使って魔法の実験を行う魔法学者をやるだけの金もない。


 まず彼らは魔法行使装置である『杖』の偽装から始めた。

 日本人に、杖を持ってあるく習慣はない。

 だから、普段持ち歩いてもおかしくない、棒状の物を杖にすることにした。

 そういうわけで、まず杖の芯を削って紳士用雨傘に仕込むという作業が始まった。

 

 これはもう、日本人の精神というものかもしれない。

 あの人がやってたから、自分もやってみようか、というような。

 日本中の魔法使いが、傘を振り回して魔法を使うようになった。


 しかも最初にそれをやったのが、企業グループ会長の放蕩三男坊とかいう、金の使い方しか教えてもらってないようなクソみたいな奴で(まあ、私の遠戚なのだが)、無駄に高級で柄に使い魔のドーベルマンの顔を彫らせた意匠の凝ったものを作りやがった。

 で、その傘だけ持って歩いても絶対おかしいので、傘に合うスーツも一つ作ってしまった。

 それが絵になる美青年だったのが、世の歪の始原に違いない。


 日本中の魔法使い男性が、こぞって真似をした(実は、日本には魔女はほとんどいない。魔法がビジネスの延長から始まったからだろうか。男女雇用機会均等法の施行と前後して魔女が増えるのに、何かの符号を感じるべきか)。

 おかげで、魔法使い達は、一人立ちの際に、高級スーツと紳士用傘を一組揃えるのが慣例となる。

 かなり裕福な層と、見栄っ張りだけが魔術の深奥を探れるわけだ。……いや、でもそれは昔からそういうものなのかもしれない。


 さて、私の曽祖父は、金持ちで見栄っ張りで、魔法使いだった。

 魔法を使って財を成した、かなり珍しい成功者である。

 ただ、子宝に恵まれず、唯一の孫である私の父を溺愛しまくっていた。

 どこからか連れてきた血統書付きの魔女と添い遂げさせ、生まれてくるひ孫には英才教育を施して日本一の魔法使いにするつもりだったそうだ。

 結局、私が魔法使いにならなかったことを考えると、母が私を妊娠したことを知って幸せと少しの未練を残して逝くことができたのは、全ての人にとって幸せだったのかもしれない。


 ちなみに、私の祖父は、金持ちで見栄っ張りで、魔法使いだったが、これが魔法にのめり過ぎて家財のほとんどを学問に使い潰し、魔法の実験中にぽっくり逝った。

 与太話だが、いつまで経っても元気な曽祖父に業を煮やし、悪魔を召喚して契約殺人したんじゃないかとか、それで寿命を対価にしたが、日頃の不摂生が祟って寿命使いきったんじゃないか、なんて阿呆なことを真顔で私に相談してきた親戚もいる。笑ってごまかしておいた。

 ちなみに祖父が契約したと噂の悪魔曰く「いや、あの爺が望んだのは、金だったな。金を使い過ぎて、孫の出産費用まで使いこんだ実験に失敗してテンパったみたいだな。……いや、俺が寿命もらう前にもうとっくに余命50時間切ってたし、なんか不憫で対価もらい損ねたんだけどな」とのことである。

 ……、そりゃ私も血統書付きの魔女だから悪魔くらい呼べる。別に魔女になる気はない。



 ええとどこまで話したっけ。

 私の血縁の流れだ。

 うん、つまり曽祖父は自分が老い先長くないのは想像していたらしく、私が成人して一人前の魔女になった時のために、スーツと傘を作って銀行に預けて、私が20歳になった時に渡すようにと弁護士に頼んでいた。

 曽祖父は、未来を見る魔法が使えたので、それで私が大人になった時の体型を把握していたのだろう。前もって注文していた。


 ただ、曽祖父は、耄碌していた。



 私は女だよ。


 生物学上、女なんだよ!


 女だってば! 確かに、20歳の頃の私は短髪でラフな格好ばっかりしてたよ。


 出るとこ出てなかったよ! そりゃ今も出てないよ! 悪いか!


 でも、こう、なんか、雰囲気とかで、察しろよ!




 だから、私は成人式のために帰省した時に父母と弁護士立ち会いでその魔法使いセットを渡されても、もちろん固辞した。

 振袖をねだった。強請った。

 それで、二年クローゼットに閉じ込めていた。


 

 しかし、私が学校を卒業し、魔法の世界からきっぱりと足を洗い、携帯に登録していた悪魔の番号もLINEも削除して、人として生きようとした時。

 清算を求める声に呼びとめられた。



亜沙后アサゴ、一度でいいから、魔法使い服を着て大阪に行ってくれないか」

 大学から実家に戻り初日の晩、父はとても申し訳なさそうな顔で私に頼む。

「そのスーツを仕立ててくれた人はな、今の日本で唯一魔法使い用のスーツを縫うことができる最後の職人なんだ。人間国宝にもならんやという人で。その人がどうしても23年前にお爺様、つまり亜沙后のひいお爺さんに頼まれて作った服を着たお前を見たいと言うんだ」

 私が娘であることを伝えて断らなかったのか。

「それが、俺もスーツを縫ってもらった恩人で、色々とお世話になってて。それに、ほら。未来予知で知らされた情報で作ったから、実際の着心地とか微調整とか確かめたいらしくて」

 着ることないんだから、いいじゃん。

「頼むよ、その職人さん、もうこの仕事を辞めようかと考えているらしくて、お前の晴れ姿を見たらまたモチベーションが上がるかもしれない。今辞められると日本中の魔法使いが困るんだ」

 お父さん、赤の他人の事情と娘の気持ちを天秤にかけて、そっちに傾く人だったんだ。私に男物の服を着せて、楽しいんだ?

「だって、似合うし」

 おい、どこを見て言った。

「それに、お前よく男物の服を自作して市民ホールで友達と着てたじゃないか。お前が夜中見ていたアニメに出てくる服とか。カツラまでつくtt」

 おいちょっと待て、知ってたのか。

「記念に写真もある。カメラさんに適当な値段で譲ってもらった」

 金に物を言わせたのかこいつ。ちょ、まじやめてください。マジ引いてます。

「もし、お前が大阪に行ってくれないなら、仕方ないから一番最近の写真であるこの写真を送って元気に成長した姿を」

 娘の成長した姿をアニメコスで紹介することに、違和感とかないのだろうか。

「頼むよ、お前が欲しがってた軽自動車、買ってあげるから」

 金に物を言わせるなんて、なんて駄目な親なんだ。

 そりゃ、私も駄目な娘に育ちますよ。ええ、行きますよ。

 行けばいいんでしょう。



 そういうわけで、五月の連休。

 私は新幹線に乗って大阪に行く。

 父の説得にやむなく応じ、部屋に戻った私の目の前には、私のサイズで仕立て上げられた『男物の』スーツと、紳士用の傘がある。

 ああ、私の使える魔法が透明になるとか、砂粒程度の存在感になるとか、知らないところに行くとかだったらよかったのに。

 なんで、男に化ける魔法なのだろう。今まで、一回も使った事ないのに。


 こんな、私の趣味でない服と傘を着て、どうしろと。

 


 ……待てよ。

 今やってる深夜アニメに、こんな格好のダンディなおじさまいたよな。

 ……。

 設定集持ってるから、身長体重スリーサイズわかるし。

 ……。

 その職人さんとやらに、この服を仕立てなおしてもらって、ちょっとデザインを修正してもらえば、完璧なおじさまになれるんじゃないのか?


 ……。あ、これいけるかも。



 なんだか、魔法使いになんかなるものかと思ったけれど、これいけるんじゃないか?

 にやける。

 にやけて振り向くと。






 ドアを開けて、こっそりこっちを見ている母が、嘆息しながら呟いた。

「全く、業の深い血筋ねえ」

 それは違う。

 結果には、原因があるのだ。血筋などで決まるわけではない。

 私は完璧なコスプレがしたいだけで、魔女になりたいわけではない。

 決して、魔法に魅入られたりしない。

 しないもんね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔遊んだゲームを探していて「魔女 ゲーム 3DS」って打とうとしたら「魔女 現代日本」って打ち込んでしまってミスった〜と思ったらこの小説を見つけまして… もしかしたら魔法はあるのかも? すご…
[良い点] 最後、コロッといった主人公に笑いました。 魔法使いの家系は自分の欲望に忠実なのかな? 楽しく拝読させていただきました(^^) [一言] 今日から傘を持ったスーツの人を見たら、魔法使いだと思…
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