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望郷の渡り人  作者: 白神リリス
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第一話



「ついにこの時がきた」



 そこは世界の叡知が結集した宇宙科学研究所。この時を待ち望んでいた研究者や国の重役達が一同に集まっている。彼らが固唾を飲んで見守っているのは、強化ガラスで隔てられた白い空間。研究室の向こう側にあるその空間には、何人かの男女がいた。



「全クルー……準備はいいか」



ガラス越しに白い衣装の老人が問いかける。研究者も各国の重役達も、その人の言葉を神妙な面持ちで聞いていた。



「今後1000年、我々人類が生き残れるかは君達にかかっている。君達がすべきことは分かるね?」



「はい。私達はこれから行く世界に溢れている未知のエネルギーを、この『グラヴィティス』によって回収し、それを地球に持ち帰ります」



「そうだ。正直、回収目標を達成するまでに何年かかるかは分からない。これは人類にとっても大きな賭けなのだ」



「ご安心下さい。私達はたとえ何世代かかったとしても、必ずこの『グラヴィティス』を持ち帰り地球の未来を救ってみせます」



「うむ……期待しておるぞ……そろそろ時間だ」



 老人が手元の赤いボタンを押す。するとその刹那、ガラスの向こう側がにわかに光輝いた。光に包まれたクルー達の口が動く。



「必ずやもう一度地球へ」





 澄みわたる群青の空。盆地には転々と石造りの家が立ち並び、どこからかルルルと鳥の歌声がこだまする。お昼時なのか、家の窓からは色々の光が漏れだし、虹色の煙が立ち上がっている。子供達がわいわいと広場から自分の家へと戻っていく。その中で、小さな子供達に手を振っている少年がいた。

「また遊ぼうね~!テラのおにぃちゃん!」

「おーう!前みて走らないと転ぶぞ~!」

子供達にテラと呼ばれる少年は、ほんの少し黄色味がかった肌に、耳辺りまである黒髪を風になびかせながら、黒の瞳を優しげに細めていた。

「さて…と…俺も帰るかな」

テラは石で補填された村の中心道を歩く。テラの家は村の中でも外れの方にあり、よく村の中心にある広場で子供達と遊んだ後には、一人でこの道を歩いていた。小さな村には補填された道など少ない。だからなのか、テラは足の裏に伝わるこの石の硬い感触が好きだった。



「ただいま」

テラが扉を開けると、人の訪れを告げる瑠璃色のガラス玉がカランカランと音をたてる。キッチンからは慣れ親しんだ柔らかなアルトの声が聞こえてきた。

「お帰り。お昼御飯、出来てるわよ」



 テラとその妙齢の女性は、一緒に小さな木製のテーブルについた。

「テラ……今日は何かあったの?」

「別に、いつも通り。オミヤさん家のリリィがふざけて困惑の魔法を使って、パニックになったロイが火花を散らして、クラウドが水の魔法でそれを消した」

「うふふふふ。相変わらず皆元気ねぇ」

「はぁ……元気過ぎて困っちゃうよ。あのくらいの子供達ってほんとやんちゃで……」

「ふふ……テラも同じ年頃の子達と魔法学校に行けたら良いのにね」

「それはもう仕方ないよ。俺、魔法使えないし」

「でも、それはあなたが特別だからでしょう?」

「……それは……そう……だけど」

「テラがこの家に来た日が懐かしいわ~ほんとびっくりしたのよ。……もう6年も前になるのね……」

「……」

テラは伏せ目がちにそう語る彼女を見て、自身もスープを飲みながら目を閉じた。とりとめもなく、過去の記憶が瞼の裏に流れていく。





 テラの一族は、代々王国の王室に使えてきた一族だった。生活の基盤に魔法があるこの世界において、魔法を使えないことは命に関わることである。しかし、その一族は魔法を誰一人として使うことが出来なかった。その代わりに彼等は、彼ら以外には知り得ない膨大な知識を有していた。そして、魔法は使えずとも一族の長には「重力を操る」能力があった。その特異な一族に興味をもち、未知の知識を必要とした過去の王は、その一族をある契約のもとに王室付きの側近とした。テラはその一族の中に生まれた、次世代の長であった。



「ねぇねぇ、おかあさん」

「なあに?テラ」

「なんで僕はまほーつかえないの?」

「それはね……テラ……もう少し大きくなったらちゃんと教えてあげるけど。そうね~ちゃんと秘密を守れる?」

「うん!ぼくヒミツ守るよ!」

「ふふふふ、じゃあ教えてあげるわ。あのね、テラ。……私たちのご先祖様はね、違う世界から来たのよ」

「ええ~!?なにそれ!違う世界!?」

「ビックリしたでしょ~!!でもこれは本当の話なのよ。ご先祖様がもと住んでいた世界には魔法なんてものは無くて、代わりに科学というものが発達していたの。私達一族が色んな知識を持っているのはね、その当時の知識を代々受け継いでいるからなのよ」

「うへ~あの変な勉強ってそれだったんだ……スーガクとかブツリとかセーブツとか。……そっか……だからまほー使えないんだ……」

「何も落ち込むことはないのよテラ。……確かに、私達はこの世界の人間ではないから魔法は使えないわ。昔からの伝統で一族の血を守ってきたしね。それでも、私達には独自の知識が沢山あるし、それに!長になればあのペンダントを使って重力操作といことも出来るようになるのよ!」

「それっておとーさんのペンダント!?」

「そうそう!あのペンダントにはね、私達一族が契約によって代々王家の皆さんから頂いてきた魔力が込められているの。あれはね、もといた世界の技術の結晶なのよ。そして集めてきた膨大な魔力をエネルギー源として『重力』というものを自在に操ることが出来るの。それに遺伝子認証システムが備わっているから、一族の者にしか使えないのよ」

「んー……ん?よくわかんない……」

「あははは!だから!もう少し大きくなったらちゃんと説明してあげるわよ~」

「うん!でもさ、なんでお母さん達はずっとそんなこと続けてるの?」

「……それはね、テラ。私達の一族にはもといた世界の運命を左右する、大事な使命が与えられているからなの。そう、一族の本には私達のことがこう書いてあったわ……」



ーー「望郷の渡り人」とーー





「……ラ……ラ…テラ!」

懐かしい記憶に沈んでいたテラは、その声にはっとして顔をあげた。

「あ……セシル……さん」

「ふぅ……大丈夫?……もしかして……辛いこと思い出させちゃった?」

「あぁ、いや!その事じゃないよ!大丈夫大丈夫!……もうあれだって6年も前のことだし……いい加減落ち込んでなんかいられないよ」

「……テラ」

「大丈夫!……俺、あれからセシルさん家に拾ってもらって本当に良かったと思ってるんだ。俺、魔法も使えないし……一人じゃ今ごろ魔物の餌食だよ。ほんとに……俺」



「今が、幸せなんだ」



 夜、テラは真っ暗な部屋で星空を眺めるのが日課だった。暗闇に瞬く光の中に、昔母に教えてもらった『太陽』という星があるのだろうか。

「悠久の……光……何百光年か、離れた世界……」

テラはあの日、母から託された本とペンダントを握りしめた。この本の中には、代々伝えられてきたとされるもとの世界の知識がつまっている。本来は王室の図書館に何百冊もあったものだが、あの日炎に包まれた部屋のなかで母に手渡されたのはこの本一冊だけだった。その本にあった一節を口ずさむ。

「『地球』……青い海と空の星……」

テラは子供の時から母にその青い『地球』という星の話を聞かされてきた。その星には見たこともない文明が広がっていて、魔法は無いものの、こちらの世界よりもずっと発展しているらしい。そしてその星こそが自分達の故郷であり、使命を果たして帰るべき場所なのだと。小さい頃から地球についての様々な話を聞くたびに、テラの胸は高鳴った。子供ながらに、テラはこの世界で魔法が使えないことへの引け目を感じていたし、魔法がなくても繁栄している世界とやらを是非ともその目で見てみたかった。母は頑張ればテラの代で使命が果たせるかもしれないと言うので、なおのことテラは未だ見ぬ世界に憧れた。しかし毎日一族特有の勉強をして地球の話を聞く傍らで、まさかあんな危険が迫っていたなんて。





 勢力の拡大していた帝国に一族の使えていた国が倒されたのは、テラが九歳の時だった。王国も必死に抵抗したし、長であるテラの父も独自の能力をつかって応戦したが、一族が逃げることは叶わなかった。ただ一人……テラを除いては。テラはその時、どうやって自分があの燃えさかる炎の中を生き残ったのか覚えていない。ただ一つ思い出せるのは、炎の中で父の血で汚れたペンダントと一冊の本を自分に渡し、優しく微笑みかける母の姿だけだった。



 あの日から自分の居場所を失っていたテラにとって、心の拠り所は未だ見ぬ故郷への憧れと自分を助けてくれた人達の優しさだけだった。それは、母の言う「望郷の渡り人」としての血なのか……それは、家族も生まれ育った国も失ってしまった自分にとってまさに一筋の光だった。この空の何処かにある、この血の故郷。テラは静寂に目をつぶり、母の最後の言葉を思い出していた。



ー『グラヴィティス』に魔力を集めて、地球へ帰ってー





 次の日、テラはいつも通り本を読み勉強した後、子供達と会いに村の広場へいこうとしていた。その時、セシルに呼び止められた。

「テラ……今日はちょっと話があるの」

「え?何?」

「実は昨日、あの人と話し合ってね……」

「……」

「そこに座ってくれるかしら」

いつも食事を一緒にとっているテーブルにテラはセシルと向き合って座った。

「……テラ、あなたが来た日のこと、私達は今でもよく覚えてるわ。ぼろぼろの服を着て、所々火傷もしてて……何より絶望しきった顔をしていて……私達は放っておけなかった。最初は何か事情があるのだろうから、元気になるまで面倒をみるつもりだったの。でも、私達には子供もいないし、一日、また一日と面倒をみるうちに本当の子供のような気がしてきたわ。……あなたが元気になってから教えてくれた話は衝撃的だった。亡国の王室に使えていた一族の生まれだということ、帝国に国が攻められてあなただけが生き残って逃げてきたということ、そして何より……あなたは異世界から来た人間の子孫だということ……何もかもが衝撃的だった」

過去がこぼれ落ちるように言葉を紡ぐセシルを、テラは黙って見つめていた。

「……あなたの一族には使命があったんでしょう?その……テラが持ってるお母様からもらったって言うペンダント、あれには一族が代々王家から集めてきた魔力がこもっていて、その魔力をあなた達のいた世界に持ち帰らなければならない、そうよね?」

テラは昔母から教えてもらった自分の一族の話に、小さく頷いた。

「それに、一族の中でそのペンダントをもつ者だけは……『重力』?を操ることが出来るのよね。テラも、そうなのよね。……あなたは今年で15歳になるわ。本当ならとっくに魔法学校に通って魔法を身に付けてる頃だけれど、あなたはこの世界の人間じゃない。だから、魔法は使えないけれど、あなたには重力を操る力と一族の背負ってきた大切な使命がある」

テラはそこまで聞いて、セシルが言おうとしていることを察した。あの日、記憶は無いが命からがら生き延びてきた自分を保護してくれたセシル、そして旦那のカント……二人はテラにとって命の恩人であり、また新たな家族でもあった。

「私達は正直……テラとずっと一緒にいたい。家族だもの……でも、テラから聞いた一族の使命を考えると、テラ……あなたにはやるべきことがあるのかもしれない……。幸いテラには魔法はないけど特別な知識と力があるし、精神的にももう十分大人だわ。だから……」

そこまで聞いてテラは勢いよく立ち上がった。椅子を倒してしまったが、振り返ることもせずに家を飛び出した。

「テラ……!」



 後ろからセシルの絞り出すような声が聞こえた気がしたが、テラはそのまま走り続けた。



 無我夢中で走り続けると、テラはいつもの子供たちと遊ぶ広場に来ていた。もう何人か見知った顔が集まっている。息が切れて、肩が大きく上下した。テラは考える。今、自分の目の前に広がっている光景、それは間違いなく大切なものだと。あの日から、止まっていた心の時計を捨てることなくいられたのは、セシルやこの子供達のお陰だった。それは間違いなく……かけがえの無いものだと分かっている。テラは沈んでいく思考の中、あの日セシルに出会った日のことを思い出していた。





 炎の中、最後に微笑みかけた母に叫びながら手を伸ばすと、世界が歪み意識が途絶えた。次に目を覚ますとそこは、見たこともないない山中だった。横たわる自分、全身にはしる痛み、今しがた目の前で起きたこと、その全てがまるで自分のことではないような感覚だった。テラは仰向けになり、必死に思考を整理した。見上げた夜空はいつもと同じ、毎日母と二人で眺めたあの美しい星空。世界なんか、人なんかどうでもいいとばかりにきらきらと輝く星々が、その時ばかりは恨めしかった。星空を眺めているとテラは段々と落ち着いていき、そして理解した。今自分に起こっていること全てが現実なのだと。……そして自分は今、全てを失ったのだと。そう思うと静かに涙が流れた。そんな時に現れた、濃紺を切り裂く一筋の光。

「あぁ……流星だ……」

テラはその時やっと、自分が世界に戻ってきたと感じた。全身にはしる痛みを我慢して、なんとか山道らしき道を歩いた。魔法も使えず、光の玉すら作れないテラにとって、夜道を照らすのは遠い遠い彼方の星だけ。今にも途切れてしまいそうな意識の中、ただ星明かりだけを頼りに山道を進んでいくと盆地の中に村の灯りが見えてきた。テラはその村の入り口付近までは何とかたどり着いたが、もはやそこで力は限界を迎えていた。地面に倒れこみ、切れ切れに息をする。テラは宵闇の中に瞬く虹色の村灯りに手を伸ばした。

「……助けて……」

そう、呟いた。もう、自分はここで終わるんだ、使命を果たせずに憧れ続けてきた故郷にも行けないんだ、そう思うとテラの視界は悔しさで滲んだ。その時だったーー。



「大丈夫!?」



 それは流星が空を駆け抜けた夜のこと。濃紺の夜空を背に自分に手を差しのべるその人がどんな表情をしていたのかは分からない。それでもテラは薄れゆく意識の中で、その人がとても優しい顔をしていたような気がした。ーそれが、セシルとの出会いだったー





 テラはあの日の記憶の海から浮上した。そして全力で走った後の荒い呼吸の中、空を仰いだ。青い空、青い世界、きっとあの空の向こう側にある一族の悲願の星。自分だって昔から地球の話を聞くたびに、憧れ続けてきた。魔法の使えないテラにとって、話に聞くその青い世界は本当の故郷のような気がしていた。そう、これはーー



「……夢……だ」



 今しがた息を切らして走ってきたテラを、広場の子供たちは不思議そうに見つめた。テラは何も言わずに空を見上げている。そして小さな声で呟いた。

「地球は……俺の夢なんだ」

テラは込み上げてくる感情が視界に溢れだすのを感じた。皆……何もない、何一つ持っていなかった自分を助けてくれて、居場所をくれた……今日まで何もない自分の側にいてくれた……それでも抑えられない気持ちがある。テラは慣れ親しんだ世界に目を映し、はっきりと言葉を送った。



「皆……本当にありがとう」



ーー今まで、自分の一度終わった世界に色をくれた全ての人達へ。セシルさん、カントさん、魔法が使えない自分と一緒にいてくれた子供達。全員に心からの感謝と懺悔を込めてーー



「恩は痛いほど感じています。それでも青い星への憧憬を捨てきれない罪深い自分を許して下さい」





 日も沈み、紺色のカーテンが空を覆う。遠い星がひとつだけ、無償に輝いていた。カランカラン……。テラはあの日から自分の居場所だった家の扉をあける。耳を抜けるその音も、今となっては愛おしい。

「ただいま……」

「……お帰りなさい」

「…………」

部屋の中を魔法の光が照らす。テラはテーブルに座るセシルとカントに向き合った。二人はもうテラの心を知っているのか、しっかりと強い瞳で見つめていた。しばらくの沈黙が続き、七色の淡い光がガラス玉の中で揺れた。最初に沈黙を破ったのはカントだった。

「……テラ……お前は……自分の心に従って生きていいんだ。……私達には何も引け目を感じる必要はない。……私達は」

「テラ!あのね、私達は本当にあなたが何処にいても何をしていてもずっと……ずっと愛してるのよ!」

セシルはカントの言葉を遮り、身を乗り出して叫んだ。瞳には七色が反射して、一筋の光を作っている。

「……セシルさん……カントさん……俺、今日一日……一人になって考えてみたんだ。そしたら……あの日からの……思い出が溢れて……止まらないんだ……俺すごく、幸せで……」

段々と切れ切れになっていく言葉。それでもセシルとカントは何も言わずに、テラの言葉を待ってくれた。

「……でも、俺……何でだろう。やっぱり……どうしても……捨てられない……諦められないよ……だって……『地球』へ行くのは俺の…………夢なんだ……ごめん……」

テラはそう話し終えたあと堪えてきた涙が溢れだした。漏れそうになる嗚咽を下を向いて必死に堪えるテラに、カントはゆっくりと近づいていき、肩を引き寄せしっかりと抱き締めた。胸の中でテラは肩を震わせた。

「テラ……夢を追うことを謝るな。さっきも言ったな……私達はお前がどんな選択をしようともその心に従ってほしいと……私達のところに来てくれて……ありがとう」

咽び泣きながらカントにしがみつくテラを、セシルも背中から抱き締めた。三人は最後になるであろうお互いの温もりを確かめ合った。



「……息子の夢ですもの……私達にとっても夢よ」



 その日、三人は小さな村外れの家でいつもよりも少し豪華な夕食をとった。六年間、テラの心と体に染み付いた優しい味、それを一口飲み込むごとに日々の何気ない記憶の欠片が煌めく。テラは全身で噛み締めるように味わった。二度と食べることはないかもしれない、その味を。

 夕食の後、カントはテラがどんな選択をしてもいいように準備しておいたという旅の荷物を渡した。テラはそれを受け取って、しっかりとカントを見つめていった。



「ありがとう」



 いつものように見上げた星空は何故かとても遠く、大きく、輝いていた。テラは滲む星空の彼方に誓った、明日から始まる夢の旅路を、決して諦めないことを。





 次の日の朝、セシルとカントは家の前でテラを送りだした。

「……テラ、いってらっしゃい!」

「……うん……いってきます!」

「気を付けてな」

「はい!」

交わせたのは少ない言葉だけだったが、家族にとってはそれで十分だった。いや、もしかしたら言葉は溢れていたのかも知れない。それでもテラは二人に背を向けて歩きだした。一歩、二歩、歩くうちにテラは込み上げてくるものに耐えられなくなって走り出した。耳元で、風を切る音が聞こえる。日常が速度を上げて遠ざかっていく。すると後ろから、それを追いたてるような力強い声が聞こえてきた。



「テラーーーー!!頑張るんだぞーーーー!!」

「頑張れテラーーーー!!」



空の向こう側に抜けていく懐かしい声。テラはさらに速度を上げて駆けていった。零れた涙が頬にあたった気がしたけれど、テラは晴れやかな笑顔を浮かべていた。



 足の裏に伝わる、石の硬い感触。わけもなく好きだった、その懐かしい道。その力強い感触が、自分の足を押し上げていく。テラは空の彼方を目指して、思いきり地面を蹴った。この世界を照らす、白色の天体の光が瞳の奥を突く。







 テラはその日、自分の大切な者達に別れを告げ、望郷の夢へと旅立った。

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