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幸せの村  作者: かえで


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序章 -ハイイロオニグマの急襲ー

この作品も、とあるCDの曲からヒントを得たものです。この曲は歌詞はありませんでした。ただ、聞いた瞬間、「幸せだったんだな」と思ったんです。「幸せだな」とか、「幸せになりたかったんだな」とか、「幸せになりたいな」ではなく、「幸せ『だった』んだな」というあくまで過去形の印象を受けた曲でした。その印象を何とかイメージしてみました。

 これも昔の作品ですが、推敲に時間がかかってます。ゆっくり更新していきます。

 熱かった。

 寒かった。

 苦しかった。

 痛かった。

 それが、そのとき私が感じているすべてだった。

 使い古した登山靴の薄い靴底が、私に大地の様子を痛みで伝えてきた。

 背筋の凍るような寒さは、全身を濡らす汗が体を冷やしたためだけではないだろう。その一方で、体の奥で燃え盛る何かが、激しく外に飛び出そうとしていた。

 吐ける物はみな吐き、吐くべき胃液もすでに枯れた。ほぼ慢性的に続くものの、既に嘔吐吐瀉物を伴わぬ嘔吐感は、体中の痛み同様に、もうそれほど気にならなくなっていた。

 ただ、喉が渇き、そして、ただ眠かった。

 だが、私の体は休む事を許さなかった。

 痛みとなって喉を貫く渇きと、知らぬ間に積もっていく眠気とが、相反する存在であるかのように、どちらかの苦痛に屈しようとする体に鞭を打ち続けた。

 もう私を襲おうとする者などいるはずもなかった。奴等は、当の昔に腹を満たしたはずだったからだ。

 だが、私は振り返る事ができなかった。耳まで裂けた血だらけの口を大きく開いた幾つもの巨体が、私のすぐ背後に迫っている気がしたからだ。

 ハイイロオニグマ。

 奴等は、クマでありながら、十頭前後の群れを作って行動する。立ち上がれば、成人男性の頭部が奴らの股下に来るぐらいの巨体は、全身灰色というよりは白銀に近い毛並みで覆われている。そして、その巨体に違わぬ巨大な前足の一撃は、同じ地域に生息するヒグマの四肢を粉砕するという。

 実際、ハイイロオニグマに襲われた都市では、城壁のような堅固な壁を持つ家ですらクマの屋内への侵入を許している。その都市の南の一角は壊滅した。三十人の死亡者のうち、三分の一は食い殺されたが、残りは頭を潰されたり四肢を引き裂かれたりしただけで、食われた形跡はなかったという。奴等は、思いのほか小食らしかった。その一角に居を構えていた人々が全滅したのは、ハイイロオニグマの持つ、動くものを片っ端から攻撃するという習性のためだ。

 我々は、四百年ぶりに火山活動を開始したレヴァン山の調査のため、山の麓で宿営の準備をしていたところを、飢えたハイイロオニグマの群れに襲われたのだ。

 食用に連れていた鶏たちが興奮したのが、奴等の攻撃的な習性に火をつけたのかもしれない。最初遠巻きに我々を見ているだけだったクマの群れは、たき火をまったく恐れる事もせずに、我々の宿営地を急襲した。

 四十人いた調査隊のメンバーは最初、戦闘の意思を見せたが、襲ってきたのがハイイロオニグマである事を知るや否や、一目散に逃げだした。彼らも、奴等の恐ろしさを知っていたからだ。

 夜営をするに当たって、少々の装備は持ち合わせている。だが、種の個体が非常に少ないハイイロオニグマに出会い、戦闘をすることを想定した装備ではなかった。

 いや、奴等との戦闘を想定する必要はないといって過言ではない。ハイイロオニグマに出会ったならば、逃げるしか生き延びる手はない。戦って勝てる相手ではないからだ。だからといって、逃げられる相手でもない。奴らの群れに遭遇するということは、すなわち死を意味した。

 他の仲間がどうなったのかはわからない。だが、私と共に逃げた親友のセルビスの悲鳴を背後で聞いた。他の仲間が全滅していたとしてもおかしくないだろう。

 一体何時間走りつづけたのだろうか。いや、何分、何秒ほど……。

 いや、実はまだ全然逃げていないのかもしれない。逃げたつもりになってこそいるが、本当は竦んで、その場に立ち尽くしてしまっているのかもしれない。

 どこかで奴等の吠え声を聞いた。遠いのか近いのかさえもまったく分からない。もはや音としては聞こえていない。奴等が吠えた。ただそれだけの事実。

 突然、慢性的な痛みのほかに体の前面に激しい痛みを覚えた。


 ―やられた!


 今までとは種類の違う衝撃を受けたその瞬間、今までやさしく積もってきているだけだったはずの眠気が、突然荒れ狂ったように押し寄せてきた。まるで台風の影響で増水した河川の水が、堤防を決壊させ、その先にある居住区を一気に襲うかのように。

 走っているのか倒れているのか、はたまた死んでいるのかさえも分からぬまま、襲いくる眠気に弄ばれた。死に瀕する動物を弄ぶハイエナ宜しく、抗う私を嬉々として犯す睡魔。

 私を包んだその不思議な感覚が、果たして眠気だったのかは分からない。ただ単に、奴等の攻撃によって、私が人間として生きていく形状を取れなくなっただけなのかもしれない。


 ―もう、どうなっても構わない。やるなら一思いにやってくれ。私を楽にしてくれ


 私の意識は、手のひらに落ちた雪のようにスッと消えた。

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